魔法をかけられて

T_K

愛する者のキスで目覚めたい!


「スノーもノーザンもほんと、うまくやるわね」


レイチェルは二人の王女から送られてきた結婚式の写真を見てそう呟いた。


「レイチェル様。別に御二方は上手くやったおつもりなんてないと思いますよ」


その隣で側近のロスは魔法の杖をくるりと回しながらレイチェルを諭した。


「スノー王女は実際に毒リンゴを召し上がられて死の淵に、

ノーザン王女は呪いによって深い眠りにつかされたのですから。

御二方とも、救われなかったとしても決しておかしくありませんよ」


「でも、結局二人とも愛する者のキスで目覚めて、結婚した事には変わりないでしょ!」


レイチェルは机をバンッ!と勢いよく叩いた。


「羨ましい!羨ましすぎる!私もキスされて目覚めたい!そして結婚したい!」


ロスはやれやれと言った表情で、手に持っていた魔導書を読み始めた。


「そうだ!良い事思いついた!」


そう言い残すと、レイチェルは自分の部屋へと駆け出し、

扉をパタンと締め切ってしまった。

やっと静かになった、そんな表情を浮かべるロス。

レイチェルの部屋の扉付近にはロス専用の椅子が置かれている。

ロスはいつもと変わらず、その椅子へと腰かけ、

先程読みかけた魔導書を読みだした。


読みかけの魔導書が間もなく半分を過ぎようとした頃、

レイチェルの部屋の扉が勢いよく開けられた。


「ねぇ!ロス!ちょっと頼み事があるんだけど」


この話の入り方は、恐らく厄介事を頼む時の感じだ。

ロスは魔導書をパタンと閉じ、レイチェルへと向き直った。


「頼み事とは何でしょうか」


「私を魔法で仮死状態にして欲しいの!」


「はい?」


「だ・か・ら、仮死状態にして欲しいの!」


「レイチェル王女様、冗談は程々になさってください」


「ねぇお願い!ロスだったら魔法で出来るでしょ?」


あまりにも真剣な表情で頼み込むレイチェルに、ロスは少しため息をついた。


「仮死状態になって、どうするおつもりですか?」


「決まってるじゃない!愛する者のキスで目覚めるのよ!」


「あのですね。魔法で仮死状態にする事は可能です。

術解をキスにする事も、一応は可能です」


「やった!流石ロス!」


「ですが、愛する者のキスと限定する事は無理です。

それは魔法ではなく、呪いになってしまいます。

私が出来るのはあくまで魔法です。呪いは習得しておりません」


「じゃぁ、誰にキスされても、私は目覚めちゃうって事?」


「その通りです」


「むぅ」


レイチェルは指を口元に当て、何やら考え始めている。

ロスは構わず話を続ける。


「それに、レイチェル様は一国の王女なのですよ?

もし仮死状態になってしまったら、それはそれは一大事です。

仮死状態とは言え、端から見れば死んだ様に見えるのと変わりません。

それはすぐに近隣諸国にも知れ渡る事でしょう。

勿論、王様も王妃様も心配なされます。

ただの遊びでした、では済まされないのですよ」


「そんなの、わかってるわよ」


「本当に判っていらっしゃいますか?

レイチェル様は自分をキスで目覚めさせた者と、結婚する事になるのですよ?」


「そう!だからやるんじゃない!」


「では、そのキスをした方が例えどんな方であっても結婚なさるんですね?」


ギロリとあまり見せない厳しい目線をロスはレイチェルへと向けた。


「う、うん。そのつもりよ」


「レイチェル様好みの顔でなくても?」


「うっ」


「レイチェル様に愛情を一切持っていない男でも?」


「うぅ」


「金目当てでレイチェル様に近付いてきた男でも?」


「わかった!ちょっと待ってて」


レイチェルは再び自室へと籠ってしまった。

ロスはもう一度ため息をつき、椅子へと腰かけた。

中からは何やらペンを走らせる音が聞こえてくる。

ロスは念の為、仮死状態にする魔法を頭の中で復習していた。

この辺の生真面目さがロスの良さでもある。


暫くすると、レイチェルがゆっくりと扉を開けて出てきた。

その手には何やら紙が握られている。


「あのね、ロスにはもう一つお願いがあるの」


「はい?」


もう一つ、その言葉に怪訝な表情を浮かべるロス。

レイチェルは手に持っていた紙をロスに差し出した。


「この条件に見合う男にだけキスさせて欲しいの」


① 私好みのハンサム!

② 私好みの優しい人!

③ 私好みの包容力がある人!

④ 私好みの・・・・


全て私好みの、と書いてあるのがいかにもレイチェルらしい。


「要するに、私にレイチェル様が理想とされる男性を選別して、

その者にキスさせろ。そういう事ですか?」


「そ、そう!そういう事!」


ロスはレイチェルから目線を外し、少しの時間思案した。

やがてゆっくりと目線をレイチェルへと戻した。


「かしこまりました。他ならぬ、貴女の為ならば」

ロスはレイチェルに予め棺に入ってもらい、仮死状態になる魔法をかけた。

勿論、キスによってその魔法が術解する様にも施した上で。


仮死状態とは言え、他者から見れば死んだ様に見えるも同然。

面倒な誤解を生んでは困る。

ロスは王や王妃に予めこう伝えたのだった。


「レイチェル王女は何者かに魔法を掛けられてしまった、

愛する者のキスでない限り目覚める事はない。

また、そのキスはたった一度しか許されない。

もし、キスした者が愛する者でなかった場合、

レイチェル王女は二度とこの世には戻ってこられないだろう」


そう王や王妃を説き伏せた。

王や王妃は無論、これには国中が大騒ぎとなった。

そしてその噂は、瞬く間に近隣諸国へと伝わっていった。


レイチェル王女の一大事だ。

近隣諸国の王子達は挙って、レイチェル王女への謁見を求めに王宮へと訪れた。

ロスは来る者全てを丁重にもてなし、魔法を使って男達の本質を見抜いた。

だが、レイチェルへの謁見は一人も許さなかった。

レイチェル好みの男ではないと、ロスがそう判断していたからだ。


また、良からぬ事を企てる者も少なくなかった。

しかし、それすらもロスは予期し、兵の手配や魔法の備えを怠らなかった。

レイチェル王女へみだりに近付こうとするものは、徹底的に排除された。

ロスは何時にも増して、片時もレイチェルの側から離れる事はなかった。


ある夜、ロスは棺に横たわるレイチェルを見つめ、少しため息を吐いた。

そして、普段は決して言わない独り言を思わず呟いた。


「レイチェル様。やっとレイチェル様好みの者が現れました。

隣国のクベルと言う王子です。

小国な為、名はそこまで轟いておりませんが、優しく、勇敢で、素敵な王子です。

私が言うのもなんですが、見た目もレイチェル様がお好みの方だと思います。

何より、クベル王子はレイチェル様を大切になさってくださるはずです」


ロスはレイチェルの手をそっと握りしめた。


そしてもう一言だけ、呟いた。


「これが、貴女が望んだ事ならば・・・」




レイチェルは意識が徐々に戻ってきている事を感じ始めていた。

しかし、中々その目を開ける事が出来なかった。

目を開けるのが怖かったのだ。

もし、そこに居るのが想像通りの男でなかったら・・・。


レイチェルは仮死状態の間もずっと願っていた。

人生で最高の瞬間が訪れる事を。

自国の王子として、

そして自分の夫として迎え入れるであろう男の顔を思い描きながら。


それは許されざる恋だった。

森で道に迷い、グレムベアに襲われた私を命からがら助けてくれた。

その男は優しく、強く、そして誰よりも私の事を愛してくれていた。

だが、一国の王女が得体も知れぬ異国民と結ばれる事は決して許されなかった。


だから、私はこうするしかなかった。


私の理想の男が。

私を深い愛情で包んでくれる。

いつも私の側にいてくれる。

そんな彼が目覚めさせてくれると信じて。


恐る恐る目を開ける。

目の前に飛び込んできたのは。

他ならぬロスの顔だった。


レイチェルは思わずロスに腕を絡め、改めてキスをした。

ロスはレイチェルをそっと起こし、優しく抱きしめた。

周りには王様や王妃様が涙を浮かべて喜んでいる。

レイチェルはロスの耳元に近付いた。


「ロスがキスしてくれるって信じてたよ」


「全く、レイチェル様は人が悪いです」


「ロスが良い人過ぎるから、私は悪いくらいが丁度良いの!」


全てはレイチェルの思惑通りだった。


「もし、私がキスしなければ、どうなさるおつもりだったんですか?」


「ロスが選んだ人なら、間違いないじゃん。絶対幸せにしてくれるはずだもん。

それに、その人と結婚する事になっても、

ロスはずっと私の側に居てくれるでしょ?」


ロスはこの人にはかなわないなという表情を浮かべ、思わず笑ってしまった。


そんなロスをレイチェルは悪戯な笑みでギュッと抱きしめた。

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