天界~輪廻転生~

森乃 梟

第1話

 私は疲れていた。毎朝の朝刊配達後、朝食と三人分のお弁当を作って出勤、そして残業。仕事が終ると歓楽街での呼び込みバイト。帰宅後、眠っている家族を起こさぬように一人で遅い夕食を済ませたら、溜まった食器類を洗い、入浴前に洗濯機を回し、浴室から出たら洗濯物を干す。

そして、数時間の睡眠を取ったら、新聞配達の為に体を起こす。

 土日、祝祭日も基本的には同じで、会社の部分が飲食店のパートと食品の買い出し、ごみの分別等にあてがっている。

 一体、いつからだろう? こんな生活になってしまったのは!


 仕事の虫で、気付けば四十才が近づいていた。二十代で係長になったが、万年係長のままだった。しかし、特に気にならなかった。仕事が伴侶だと思ってもいたからだ。

 会社の同僚や先輩達からは

「今のままではいけない! そうだ、お前、結婚しろ!」

と言われ、結婚相談所なるものに登録するよう指示された。

 言われるままに「お見合い」なるものに行き、やたらとよく喋る女と会い、飲むもの食べるもの全ておごりとされて

「また会いたいワ。二人で相談所を抜けて会いましょう」

と言われたので、その通りにして二度めも会った。今度も、またやたらと品数の多い注文の請求書だけを私に押し付け支払いを終えると、女は言った。

「私、貴方あなたと結婚したいワ」

そして続けざまにこう言った。

結納ゆいのうや式は要らないから、籍だけ入れてほしいの」

と。

 

 結婚なんて容易たやすいな。

私はそう思った。

 

 そうしてめでたく入籍し、家を見て二人で選びローンを組んだ。

 少し部屋数が多いな。

何となくそう感じていたが、

 子供部屋だろう。これから必要になるからな。

等と勝手に思い込んでしまった。 

 一足先に私は家に住み、やがて女が引っ越してきた。


 家具が多いな。

思いはしたが、体して気にしなかった。が、女が

「その箪笥たんすと荷物はそちらの部屋に」

と言った時、違和感が生じた。

そして女と暮らし始めて三日めの週末、それは現実のものとなった!

 女が子供を連れてきたのだ。いや、正確には子供と言える歳ではないだろう? と言える程の大きさだった。

「上から、十八、十六、十三歳、今日から貴方の子供です!」

と紹介された。道理で

「相談所を抜けて交際しよう」

とか、会って三回で

「結婚をしよう」

等と言うわけだ。

 だまされたような気持ちになりはしたが、これも運命だと思い諦めた。

 が、問題はそれだけではなかった。


 十八の息子は大学にも行かず、働きもせず、部屋に引きこもってゲームばかりをしている。

 十六の娘は高校生。髪を染め、短めの制服のスカートにおそらく校則違反であろう開襟かいきんにして胸元を強調し、耳にピアスを入れ化粧をしている。マトモに学校に行っていないのか、よく会社に学校からのTELが入る。

 十三の息子はスマホ依存。片時も手放さない。不登校気味でこれまた会社にTELが入る。

 肝心の女は、炊事、洗濯等の家事を一切しない。それどころか、買い物依存症であり、使いもしないモノや宅配から届いたままの箱がいくつも山積みになっていた。

二十年近く掛けて貯めた貯金はいつの間にかなくなっており、替わりにカードローン返済額だけが膨れ上がっていく。

 

 このままではいけない!

そう思った私は金策の為、働きに働いた。およそ三ヶ月、先に挙げた生活を続けていると、体に変調を来すようになった。しかし家族の誰も心配してはくれない。やがて昏々こんこんと眠り続ける日々を送るようになったが、誰も食べ物等を作ってくれる筈もなく、私は力無く衰え、やがてその生を終えた。


 

 目を開けると、初めはその明るさに耐えられず、はっきりとは見えなかったが、だんだんと目が慣れると、そこには美しい衣をまとった天女のような女達が私を心配しており、そして目を開けたことを喜び舞い踊ってくれた。

 彩錦あやにしきのように美しい世界、寒さも暑さも感じない、上等の衣をまとうことが許された常春とこはるの世界。働かずとも美味しいモノがあり(食べなくても平気だが)、何の心配も要らない世界。

 「貴方は、この天界に生まれ変わりました。ここでは寿命も長く、美しく楽しく過ごすことが出来る世界です。ここは、最早もはや、貴方の住む世界なのですよ。」


 こんな美しい世界で目覚めるなんて、なんて幸せなんだろう。

私は心からそう思った。

 「ここに来たのは、貴方の前世の功徳くどくですよ。」

天女は語った。

「私の功徳? 私は何を…?」 

「もう思い出さなくても良いのです。」

「こんな美しく、何の心配も要らない世界で目が覚めるなんて、私はなんて幸せなんだろう!」

私は何度も感激し喜んだ。



 しかし、天女はこうも続けた。

「この天界は輪廻転生りんねてんしょうの一つで、極楽へは後一歩の世界です。寿命も長く楽しく過ごせ、美しい衣も与えられますが、…死を迎える時には何千倍、何万倍もの苦しみが襲います。どうぞ精進しょうじんを怠らぬように。」

と。


         終わり



 


 

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