四人と一本
ふなぶし あやめ
四人と一本
明るい陽射しが差し込む、穏やかな場所だった。辺りには見渡す限り青々とした美しい草原が広がっている。そこに、ぽつぽつと感覚を空けて木々が植えられていた。
「いやぁ、それにしても、本当に歳を取ったねぇ」
一人の青年がケタケタと笑いながらそう言った。ふんわりと柔らかそうな金髪に、碧い瞳の白人青年。年齢は20代半ばといったとこだろうか。
金髪青年の後ろから、骨と皮しかないような5歳前後の黒人少女が顔を出す。小さな手が、金髪青年の擦れたジャケットを引っ張った。
「としをとるって?」
「んー、とねぇ……」
金髪青年が顎に手を当て視線を彷徨わせると、青年の横に胡坐をかいた無精髭の中年男が少女の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、代わりに答えた。中年男の肌は黄色だった。
「そりゃあ、『おばあちゃんになる』ってことよ」
がははは、と豪快に笑い声を足す。遠慮のない手から逃げたくて、少女は青年の前へと駆けだした。ちょっとだけ不機嫌になった声で、中年男を振り返りながら、また質問した。
「おばあちゃん?あたしもなるの?」
少女はそのまま、青年の向かい側に座る老婆の膝の上に乗った。その人こそが、金髪青年が「歳を取った」と笑った相手だった。
老婆は年の割に身体も大きく、真っ白になった髪をばっさりと肩で揃えていたせいか、若々しく見えた。老婆も黄色人種だった。
老婆は膝に乗った肌の色が違う少女を優しく撫でながら微笑んだ。
「ならないのよ、それが」
「どうしてー?」
きょとんとした少女を囲んで、金髪青年、中年男、老婆の三人が目を合わせる。そして、ふ、っと一斉に笑った。
「そりゃあ無理よ」
「だって僕たちもう死んじゃってるんだからさ」
悲しみや憂いは、そこには微塵も無い。ただ、『まだ知らないこと』を小さい子に教えてあげるこの瞬間を楽しむように。空気も日差しも穏やかなまま。
容姿も年齢もバラバラの四人が、草原の中で座っていた。
「おばあちゃんになるってすごいの?」
少女は無邪気にまた問いを投げる。「さぁ」と答えた老婆に対し、青年と中年男は「いやいや」とそれを否定した。
「すごいことだ。恵まれてたってことさ」
「そうだよ。だから僕たちは若いまま死んじゃってるし。あ、おじさんはおじさんまでいったけど」
「このひよっこがっ」
ひととき前の穏やかさは何処へやら、二人の男が仲良く取っ組み合う。良い歳して……老婆が呆れた視線を送って、膝の少女と目を合わせた。幼子の柔らかな頬を軽く突きながら提案した。
「じゃ、私たちはそろそろお仕事しましょうか」
「え、でもおばあちゃん、今来たばっかりなのに」
「……おばあちゃん呼びは悲しいわ。あなたのほうが『先輩』なのよ」
なんて会話をしながら男二人を放ったまま、老婆が少女の手を取り歩きだした。
暖かい陽気に包まれているはずなのに、空を見上げても太陽は無く、草木は風で揺れることもない。地平線まで続く草原の先なんて、考える人はここにはいない。
老婆と少女は数歩先の木までゆっくりと進み、先に少女が老婆の手から離れ、根元へ駆けて行った。その木は樹齢を重ねてどこか痩せたようにも見えるが、天に向かってまっすぐ伸びていた。
少女はそのまま、両手で優しく地面を触る。老婆は隣に屈むと、皺がたくさんの両手を少女の痩せた手に重ねた。
「せーのっ」
少女が軽快にそう合図を取ると、地面が淡く光りだす。地面の裏から溢れ出るような、でもまだ弱い光。
二人の手が一瞬だけ地に埋まり―――、四つの手が、地中から輝く一本の苗を引き上げた。
「きれい!」
「綺麗ね」
ふふ、と顔を見合わせて小さく微笑んでから、老婆は少女の両手に苗を任せた。
少女がゆっくりゆっくりと歩を進め、二人の男の元へ戻って行く。老婆は先に戻り、取っ組み合いを制止した。
「ほら、仕事仕事」
「おーよ」
「続きはまた今度な、おっさん」
色も形も違う軍服をそれぞれ着た金髪青年と中年男は、あっさりとじゃれ合いをやめた。老婆の言う仕事こそが、今日四人が集まった理由なのだ。
少女が三人と合流して、人種も歳も育った環境も全く異なる四人が、小さな輪を作る。男二人が地面を軽く掘り、苗が入るくらいの穴を作った。そこへ収まった苗に、老婆と少女は優しく土をかける。
「これでよしっ」
少女が小さく微笑んだ瞬間。
ぱあっと苗の光が強くなった。静かな広い草原の中、唯一のエネルギーが四人の輪の真ん中から溢れてくる。美しいが、時間が止まったような切ない草原では眩しいほどの光。
「―――あなたが死んだら、また会いましょう」
老婆が輝く苗にそう声を掛けた。苗の光は、周りの木々さえも明るくしたようだった。
人種も歳も育った環境も、生きた時代も全く異なる四人が、優しく笑んで新たな仲間を送り出す。四人と一本の共通点は、同じ魂ということ、ただそれだけ。
この四人で最初に生まれたのは金髪青年。その後の生まれ変わりが順に中年男、黒人少女、老婆だ。青年の前の人たちは、もう死後の役目も終えて、今はこの場を見守る木々となった。四人もまた、役目を終えたら自らの木だけの存在となる。でも、今はまだその時ではない。
こうしてひとつの魂は巡ってゆく。
今から目覚める新しい命は、いったい何年後に会えるだろう。
四人と一本 ふなぶし あやめ @funabushiayame
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