オルゴーダーダンス

快亭木魚

明けない夜に

俺はすこぶるいい気分で目覚めた。今日は最高の朝だ。こんなに気分よく目覚めたことはここ最近ではなかった。晴れた空に鳥が鳴く声が聞こえる。


この朝までたどり着くのが大変だった。


数日前のことだ。いや、数日たったように感じていたが、あれは一晩で見た長い夢だったのか?


夜更かしが大好きな俺は、くる日もくる日も夜更かしして朝起きるのが登校のぎりぎり直前になるという生活をおくっていた。


中学生活はまあまあ。もうすぐ卒業して高校に行くし、特にいい思い出も悪い思い出もねえくらいだ。


まあまあの生活がおくれていれば俺は満足だったんだよ。現状に対し特に不満はねえ。


その日の夜も呑気にYouTube動画やウェブ漫画見て眠ったんだよ。深夜3時過ぎてたかな。


朝7時にあ起きなきゃいけないんだけど、夜更かししちゃうのはしょうがないよね、って自分に言い聞かせてダラダラ夜遅くなるんだけど。


深夜3時に眠りについてさ。


普通に眠っていたんだけど、何時間かして、ふと目覚めたんだよ。


するとまだ深夜なんだ。窓の外は真っ暗で。


おかしいなと思ってさ。スマホで時間を確認しようとするんだが、電池がないのかいくら操作しても動かない。


部屋の電気をつけようと壁のスイッチを押す。でも、これも動かない。


あれ停電か?


ちょっとあせったよね。停電になると不便だから。まだ寒さが残るから暖房つかないとつらいし。


そんなことを考えてたら、ふと玄関から音が聞こえてきた。


ゴトッ。


何だ?何の音だ?


俺はおそるおそる玄関へ向かう。両親がパジャマ姿のままで玄関の扉を開けて外に出ようとしている。


俺はあわてて両親を呼び止める。


「ねえ、どうしたんだ?こんな夜中にどこ行くんだよ?」


すると、父も母も寝ぼけているのか、目をとじながらドアを開けて、ふらふらと歩きながら出て行ってしまう。俺はジャージのまま、あわてて追いかけたよね。


玄関から出た両親の腕をつかまえて問い掛けるよ。


「おい、どうしたんだ?父さん、母さん、寝ぼけているのか?」


俺は父と母の肩を叩いて揺らしたが、反応はない。寝ぼけているのか、目をつぶったまま歩き続けている。


通りに目をやると、他の家からも人が出てきていた。皆、眠っている顔のままで歩いている。


老若男女多くの人がなにかに導かれるように歩いているんだ。


どうなってるんだ?町内の電気は消えている。だが、公園のほうで何かが光ってるのが見える。音楽も聞こえてくる。


これはオルゴールの音のようだ。


軽快な『ラデッキー行進曲』が聞こえてくる。このオルゴールの音色に合わせるかのように、夢遊病のように人々が踊っている。両親も不格好に踊っているのだ。


音楽に合わせた動きではなく、壊れた操り人形のような、酔っ払いの千鳥足のような、不気味な動きだ。


夢遊病の人々が踊りながら向かう先の公園に走って向かう。


公園には巨大なオルゴールが置いてあった。


オルゴールというよりは、グランドオルガンと言うべきか。


修学旅行で行った浜名湖のオルゴールミュージアムにあった巨大なアンティークオルガンに似ている。


高さと幅が5メートルぐらいで巨大だ。サーカス小屋のような装飾がほどこしてあり、ボロボロに塗装がはげている。オルゴールに施された電飾が不気味にきらめき、深夜の真っ暗な公園をにぶく照らしていた。


6体ほど設置されている人形が音楽に合わせて動いている。人形は笑顔だがずいぶんと古く、手足がもげていたり、顔が半分溶けていたりする。


この巨大オルゴールは何なのだろうか?誰が何の為に公園に置いたんだ?


そして、この巨大オルゴールの周りで踊っている人達はどうしちまったんだ?


俺は踊りつづける両親の顔を叩いて、正気に戻そうと試みる。


「おい、父さんも母さんも起きてくれよ!」


必死で声をかけ、顔を叩いたり、体を揺らしたりするのだが、正気に戻る気配はない。


公園には30人ほどの人が無言で踊りつづけている。相互にコミュニケーションをとっている感じもない。皆、頭がおかしくなっているようだ。踊っている人の中には警官の格好をしている人までいる。


俺は絶望的な気分になる。そして急に眠気に襲われ、公園で眠り込んでしまった。


どれぐらい寝たのだろうか。


はっと目が覚めた。恐怖の為か、脂汗をかいている。


ここはどこだ?


俺は自分の部屋のベッドの上にいた。


外はずっと真っ暗なままだ。


公園からなおもオルゴールの音が聞こえる。


俺は急いで公園に向かった。


巨大オルゴールから流れる音楽は『花のワルツ』に変わっていた。


なんてことだ。オルゴールのについている人形が増えている。


警官の人形が音楽に合わせて警棒をふっているのだ。眠りに落ちる前に見かけた踊る警官に似ている。まさか、踊っているうちに人形になっちまったのか?


公園で踊っている人々は、なおもずっと不気味なダンスを続けている。


ふと思い出した。歴史の授業で教わったやつだ。ダンシングマニア。かつてヨーロッパで人々が突然死ぬまで踊り出すという現象が起きたらしい。これはそのダンシングマニアの日本版なのか?


俺は混乱していた。どうしていいのか分からず、とりあえず踊りつづける両親に対し、必死に声をかける。


「おい、踊るをやめてくれ!」


だが両親ともに踊るのをやめない。顔がやつれてきているように見える。他の人に話しかけても聞こえていないようだ。公園に集まる人々は無言のまま踊り続けている。


ふと、不気味な巨大オルゴールに目をやる。このオルゴールを止めれば、皆正気に戻るんじゃないか?


俺は巨大オルゴールに触ろうと近づく。だが、またもや強烈な睡魔に襲われて眠りに落ちてしまうのだった。


何時間経ったのだろう。


はっと、気付いて俺はまたベッドの上で起きた。


やはり外は真っ暗。夢から覚めそうで覚めない。


眠ったはずなのに疲れがとれず眠った気がしない。むしろ気力がそがれている気がする。


俺は、またも公園に向かう。巨大オルゴールから流れる曲は『美しき青きドナウ』に変わっていた。


オルゴールから流れる曲はどこかで聞いた覚えがある。


公園につき、まず目についたのは巨大オルゴールに増えていた人形の数だ。ざっと20体は増えている。それと反比例するかのように公園で踊る人々は減っている。


両親に似た人形が太鼓を叩いていた。


俺は心底恐ろしくなり、なんとかこの謎の巨大オルゴールを止めようと試みる。


オルゴール本体の後ろに扉があった。


無我夢中でガチャガチャとドアノブを回すがドアは開かない。ふと、ドアノブの下に目をやると妙に大きな鍵穴が見える。


俺はその鍵穴を見て何かを思い出し、急に家に向かって走り出した。


何を思い出したのか自分でもよく分からなかったが、体が自然と動く。自分の部屋に戻った俺は暗闇の中、引きだしを開けてアルトリコーダーを取り出す。


急いで巨大オルゴールに戻って、扉の鍵穴にアルトリコーダーを差し込んだんだ。


扉が開いた。


巨大オルゴールの中は狭い部屋になっており、中には朽ちた人形がたくさん並べられていた。部屋の真ん中に机があり、学ランを着た男が椅子に座って人形をいじっている。


学ランの男は暗くて顔がまったく見えない。だが、俺はこの男が誰なのか何となく分かった。


「君は、ひょっとして転校していった…」


学ランの男がゆっくりとこちらを振り向く。


そこでまたもや急激な睡魔に襲われ、俺は眠りに落ちてしまった。


はっと目覚める。


朝だ。


曇り空だが、確実に朝が来ていた。

携帯もちゃんと使える。


リビングに降りていったら両親も普通に起きていた。まったくおかしな様子はない。


変な夢を見ていたのだろうか?


土曜日で学校は休みだ。


俺は半年前に転校した彼のことを思い出していた。彼の名前は仮に佐藤君としておこう。


俺は佐藤君の番号に電話した。


修学旅行以来だ。佐藤君とは修学旅行で一緒の班になり、オルゴールミュージアムをまわったんだ。佐藤君は病弱でほとんど学校に来ていなかった。だから修学旅行の時も何をしゃべっていいか分からず、同じ班なのにほとんどしゃべった記憶がない。佐藤君は修学旅行のあと、ほどなくして転校していった。


あと、他に佐藤君との思い出といえば、1年の時の音楽の授業だ。たまたま同じ班になり、リコーダーアンサンブルの練習をしたんだ。その時に練習した曲が『花のワルツ』『美しき青きドナウ』そして『ラデッキー行進曲』だった。


電話がつながる。電話に出たのは女性だった。


女性は佐藤君の母だった。


俺はその日の午後、佐藤君の仏壇の前にいた。


「息子に友達がいたんですね」


友達と言えるほどではなかったのだが、佐藤君の母の嬉しそうな顔を見ると否定できない。


「小さい頃は踊るのが好きな子だったんです。町内の盆踊り大会を楽しみにしていました。中学の思い出はほとんどないんですけど、音楽の授業でリコーダー練習していたことを覚えてます。


あと、修学旅行が楽しかったと言っていたんです。オルゴールミュージアムの巨大なオルゴールが素敵だったと。病院の近くの学校に転校しましたが、結局息子は旅立ってしまいました」


俺は佐藤君の母が涙ぐむ顔を直視できない。


「息子が旅立ってからは、真っ暗な日々が続く思いで。でも、今日こうして会いに来てくれた同級生がいて。


息子のことを覚えてくれていた同級生がいたことを知れて気持ちが晴れました。息子は確かに誰かの心の中に生きていたんですね」


俺はほとんど無言で頷くことしかできなかった。


佐藤君はもっと生きたかったはずだ。だからその思いが俺に伝わり、あの奇妙な夢になったのだと思う。


その日は、部屋に帰ってから夜更かしもせずにあっという間に眠ってしまった。


夢は見なかった。


そして晴れた日曜の朝をむかえたんだ。


ああ、晴れた朝を迎えることができた。


窓から差し込む朝日を見て、俺は彼の分まで生きなきゃなと思ったんだ。


(終)

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