金色の魔法少女

さる☆たま

金色の少女の夢

 はじめに、闇が無限に広がっていた――


 音も無い、真っ暗の世界。


 そこに僅かな光が生まれ……はじけて散った。

 再び闇だけが残った。


 また光が生まれて、そして消える。

 これが幾度となく繰り返された。

 幾重にも重なり混じる光と闇。そして、


 小さな魂の塊が、やがて一つの命を産み落とした。


「成功だ……」

 男は世紀の瞬間を目の当たりにして、歓喜に打ち震えた。

「ついに、ついにやったぞ! 長年の研究が、その成果がこれだ!」

 誰もいないハズのくらく湿った屋内で、しかし男は言葉に出さずにはいられなかった。


 熱したフラスコの中で芽吹いた命の誕生に――



「メリッサ、ご飯だよ」

 金色に輝く朝の光がシーツに包まる少女の頬をやさしく照らす。

「うーん……あと少しだけ……」

 つぶやきながら微睡に逃げ込もうとする彼女から、「父」は黙ってシーツを奪い取る。

「さむーい!」

「このお寝坊さんめ、もうお日様も起きてお仕事をしているぞ?」

「ぱぱ、いじわるー」

「そうだ、パパは意地悪だからいつまでも寝てたら食べちゃうぞ?」

「やだー、メルおきるー」

 そう言うと、メリッサはあわてて飛び起きた。

「良く起きれたね、いい子だ」

 やさしい眼差しで抱き上げてから、「父」は娘の額にキスをした。



 辺り一面を埋め尽くす麦の穂は、太陽の光を燦然と浴びながら風に揺れる。

 もうじき始まる収穫祭で刈り取られるのを待ちながら。

「麦はパンを作る。パンは血肉となり、人を育む。人は種をまき、種はやがて麦に変わる。すべては自然のサイクルによって成り立っている」

 メリッサを肩に乗せながら、金色に染まる麦畑を歩く。

「しぜんせつりのほーそくだね?」

「そうだよ、メリッサは賢いな」

「メルかしこい?」

「ああ、とてもね。メリッサはパパの自慢だよ」

「パパだいすきー!」

 少女が小さな腕を広げて「父」の頭に抱き着く。その拍子によろめいて、

 「こら、危ないだろ?」と優しい声音で「父」はしかった。



 今年も収穫祭がやって来た。


 それは、大地の恵みを祝い、神に感謝と次の豊作を祈る祭り。

 祭りとは元来がんらい、神と人の営みを結びつける儀式であり、神羅万象の中で神々の加護を得て災厄を打ち払うもの。


 即ち、最古の魔術である。


「ねえ、パパはすごい魔法使いなんでしょ?」

 青い瞳を輝かせてく娘に、しかし「父」は燃え盛る焚火たきびを眺めながら、

「さあ、どうだろうね」とはぐらかす。

「だって、パパは魔法でなんでも作ったり、お天気を当てたりできるじゃない?」

 笑ったまま「父」は答えず、代わりにこう返した。

「メリッサは今年でいくつになった?」

「もうすぐ十三歳だよ、わすれちゃったの?」

「そうか……もう、そんなに大きくなったんだな……」

「父」のつぶやきに瞬きしながら小首を傾げる少女。

「さてメリッサ、そろそろ時間だよ」

「うん……」と頷く彼女のほおはほんのりとあかく熱を帯びていた。



 冷たい石壁に囲まれた闇の中、小さなランタンの灯りがほのかにれる。

 床に敷き詰められた赤い絨毯じゅうたんには、金刺繍きんししゅうで描かれた何かの紋様。

 正円の外を囲むように零から十三までの数字が均等に並ぶそれを、魔術に精通した人間が見れば何であるかは想像つくだろう。


 そう、魔法陣だ。


 その中心に横たわるのは、一糸まとわぬ金髪の少女。

 その白く膨らみかけた胸の中心には、赤で彫られた六芒ろくぼうの魔法陣。

 それを彫った張本人が少女の胸に手をかざし、小さく呪文を唱える。

「あっ……」と小さくうめく少女。その時、六芒星がまばゆく光った。

 魔力の供給である。

「ああ……パパが中に入ってくる!」

「ごほん……そういうこと言わない」

「えへへっ」とメリッサは悪戯いたずらっぽく舌を出して笑う。

「いいかいメリッサ、この儀式もそろそろ自分でできる様にならないといけないよ」

「どうして?」

「それは……メリッサがそろそろ大人になる準備をしなくてはいけないからだよ」

 キョトンとする娘の問いに、少し言葉をにごすように「父」は答えた。

「大人になったら、自分で魔力を補給できるの?」

「やり方を教えてあげるよ」

「うん」と頷く少女の瞳は、どこか寂し気に見えた。



 ある日、空全体が燃えるような紅蓮ぐれんに染まった夕暮れ時のこと。

 北の空から漆黒しっこくの群れが近づいてくるのが見えた。

 村の青年が呆然と眺めていると、不意に何かが光り――


 コロンと――


 熟した果実の様に、その首から上が転げ落ちた。

 そこから赤黒い噴水が飛び跳ねる。

「きゃあああああああ!」

 泣き叫ぶ女子供は次々に黒い群れに連れ去られ、男や老人はその場で倒れ伏す。

 まさに悪夢のような一瞬が村を襲った。

「メリッサ、お前は隠れてなさい」

「嫌よ! パパ一人であんな大群相手にどう戦うの?」

「大丈夫、パパは世界で一番すごい魔法使いだよ」

 そう言って娘の頭をなでる。

 その時、突然ドアが吹き飛んだ。そこから黒い悪魔が押し寄せて来て――「父」の体を引き裂いた。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 宙を舞う「父」を銀の光が容赦なく貫く。

 床に背を叩きつけられて、「父」はわずかに痙攣けいれんしていた。

 黒い悪魔たちは、娘の金色に輝く長い髪に魅入みいられて舌をすする。

「いや……だ、だめ……」

 背徳の眼差しを美しく実った身体に浴び、恐怖に身をすくむ少女。

 そして、魔の手が少女の胸に触れた瞬間、混乱極まる彼女の思考が途切れ――


 閃光が漆黒をかき消した。


 一瞬の忘我ぼうがの後、メリッサは辺りを見渡して――足元に転がる「父」の姿を目に焼き付ける。

「パパっ!」

 崩れる様に「父」に抱き付く娘。

 わずかに漏れる吐息が少女に希望をもたらした。

「待っててパパ、すぐ助けるから!」

 彼女は優しく抱き寄せると、そっと唇を額に当てた。

 そしてまぶたを閉じ、小さく呪文をとなる。


 宙を漂う大気の精よ、我が手の中にある者へその恵みを分け与えよ


 暖かな光が少女の手のひらに宿る。それを「父」の胸へとかざす。

 するとどうだろう、瀕死の状態だったはずの「父」の血が止まり、傷口が瞬く間にふさがっていく。

「父」の口が開き、何かをつぶやき始めた刹那――漆黒が少女の目の前に現れた。

「え?」と思わず呻く彼女。

 よこしまに笑う悪魔。

 その手が娘の胸元へ触れようとしたその時、目の前で悪魔が四散した。

「私の娘に手を出すな!」

「パパ!」

 思わず歓喜の声を上げると、メリッサは嬉しさの余り「父」を抱きしめた。

「心配かけたね、もう大丈夫だよ。ありがとうメリッサ、!」

「パパの娘だもの、当然でしょ!」

 これまでとは打って変わり、強い光を宿した青い瞳で前を向く少女。

「父」はゆっくりと立ち上がり、迫り来る闇を睨み据えて言い放つ。

「我は命の輪の中にあり、不滅をもたらす者。真名まなはテオ=フラストス!」

 指先から光を灯し、「父」は手早く円を描き、その中心に五芒星を描いた。

「これより結界を成し、不順なるものを排除する!」

 宣言と共に空中で魔法陣が閃光を放った。

 悪魔がその光に飲まれていく。

「父」がドアの外へ足を踏み出す。一歩、また一歩と漆黒どもへと歩みを進める。

 その父へ三又の槍を一斉に放たれる。が、


 突如、宵口の空に金色のカーテンがかけられ、その行く手を阻む。


「我は深淵しんえんの闇より生まれ、金色こんじきをその身に宿す者。真名はメリッサ=フラストス!」

「父」を庇うように、金色の少女が前に躍り出る。

「闇に住まう者たちよ、我が金色こんじきの世界から消えよ!」

 大地から金の糸が稲穂のように伸び、漆黒の群れに絡みつく。

 それは触手のようにうねり、四肢をしばり、引き裂き、くびり、鋭利な刃となりて刺し貫く無慈悲な魔術。全てを蹂躙じゅうりんし、刑を執行し終えるまで続く。

「天のはかりよ、罪深きけがれし者たちに相応ふさわしき裁きを与えん!」

 少女の声が原野げんやに響き渡る。

 すると、金色に輝く数多の矢が紫に染まり始めた天空から降り注いだ。

 頭を焼かれ、胸を貫かれ、羽根をもがれ、腹をえぐられ、足を切り落とされ、次々に黒い群れがちていく。

 その下で、金色の野が灼熱の炎となって待ち構えていた。

 五体をバラバラにされ、灰になるまでその身を焼き尽くされた悪魔たちは、一匹残らず塵芥じんかいと化す。

 あとには、ただ血と焼け焦げた臭いが充満する小さな村と、二人の親子だけが残った。

「たった二人だけになってしまった……」

「何言ってんのよ。――でしょ?」

 そう言って、娘は思い切り笑って見せた。

 延々と広がる原野の中で。



 ふと、メルは目を覚ました。

 そこは、薬の匂いが充満した暗く冷たい石壁の部屋。

 小さなランタンの灯りだけが、仄かに照らしていた。


 なんだ……夢か……


 メルは、ほんの少しだけ寂しさを覚えてか、自ずと心の中でつぶやいていた。

「父」は、今はいない。どこかに出かけているようだ。


 仕方ない。また、この途方もない時を無為むいに過ごすか……

 


 そう心に決め、メルは「父」の帰りをただひたすらに待ち続けた。


 せま――

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金色の魔法少女 さる☆たま @sarutama2003

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