Dream escape
達見ゆう
他人の夢にはいろいろある
「あ、また迷い込んだな」
俺は感覚的に夢の中に迷い込んだことを悟った。体質なのかわからないが、よくこうやって夢から覚めなくなることがある。
『夢なら覚めないで欲しい』なんてセリフがあるが、あれはいい夢だから言えるのであって、悪夢はもちろん、微妙な夢だとうっとうしい。
体感的にすでに朝の起床時間を過ぎている。幸いというか休日なので会社から怒られることはないが、早く目覚めないと貴重な休日がどんどん無くなっていく。下手すると数日間は目覚めない。
「とにかく、ここから出ないと」
今回の夢は扉がとにかく多い。きっとどこかが正解なのだろう。とりあえず手近な扉を開けてみた。
「うわ……」
そこは趣味全開の夢らしく、パンケーキとメープルシロップ、生クリームの洪水だ。甘い匂いもする。これだけなら大抵の人はいい夢だと思うだろう。
「なんで、チリソースの匂いも混ざっているのさ……」
そう、パンケーキには何にでもチリソースがかかっている。唐辛子系の刺激臭もする。
「チリソース好きの人の部屋……田中の夢っぽいな。あいつ、パンケーキにもかけて食べてたのか」
そう、こうして時々知り合いっぽい他人の夢にも入ることがある。今回みたいのならまだいいが、性癖を知ってしまうこともあるので、現実に戻ると気まずい。今回は主はいなかったから鉢合わせを回避できたのが救いだ。まあ、会ってしまっても向こうは夢だと思うだけだが。
「うええ。早くこの部屋から出ないと」
チリソースパンケーキの中を突っ切って、別の扉に手をかける。扉を開けると草原が広がり、遠くでモンスターと戦っている勇者らしき姿が見える。その勇者には見覚えがあった。
「今度はなんだ?」
「ヒャッハー! チートで倒すぜ! その後はエルフっ娘と女奴隷とハーレムじゃー!」
あれは同僚の山田だ。あいつがいるということは、夢をまだ見ているということだ。こういう趣味だったのか。
「やべ……、気づかないふりしよう」
扉が見当たらないので、元来た扉から戻ることにした。
開けてみるとパンケーキは消滅して別の部屋になっていた。夢だからこういうところはいい加減だ。
星かきらめく、ロマンチックな部屋だ。真ん中にカップルが涙の別れをしている。
「いやだ、ヒロ君と別れたくない」
「わかってくれ、フミカちゃん。これは次のステップアップのために異動しなくてはならないんだ。離れてしまうけど僕たちはずっと一緒さ」
「あ、あれは本社へ異動する営業の山本と受付の矢野さん。そっか、別れたのか」
きっと矢野さんの輪郭がはっきりしているから彼女の夢だろう。
「そいつ、本社の総務課の良美ちゃんと二股してるよー。そっちと結納するって」
俺はちょっと意地悪な気分になって素早く大声をあげて扉を閉じた。矢野さんへ聞こえたか、現実に戻って覚えているかわからないが、修羅場になるといい。実際に二股していたからな。まあ、モテない俺には無関係な話だ。一生彼女なんてできないだろうから失恋しようもない。
さて、次の夢は誰だ。
そこは誰かの部屋であった。シンプルなインテリアから誰の部屋かわからない。
「あ、パソコンが起動している」
俺は好奇心もあってのぞいてみる。どうせ夢だ。プライバシーもへったくれもない。
『今日もあの人に会えた。やっぱりかっこいい。明日も会えますように』
どうやら日記のようだ。誰かを片思いしているようだ。いけないと思いつつ、スクロールしていく。
『今日は廊下ですれ違った。あの人と目が合ったような気がする。どうにか接点持てないかな』
なかなかシャイな人のようだ。この片思い相手とは直接の接点がないみたいだな。
『毎年、隣の課と合同で暑気払いしていたのに今年は中止だという。せっかくあの人とお話できるチャンスと思っていたのにどうして?!』
ふむ、隣の課で接点はない。そういえば前にいた課も数年前から暑気払い中止だったな。課長が飲めない人だからそういうの廃止にしたとか言ってたっけ。
『ああ、だめだ。私の方に異動内示が出てしまった。あの人と話すことなく異動なんて。かと言って、いきなり話しかけたらドン引きされるよね』
おお、告白できないままお別れ、かといって言うに言えない葛藤か。
そこでしばらく空白ができているので、さらにスクロールしていくと文章がまた見つかった。
『すごい偶然。転勤を繰り返していたら彼が異動してきた。まだ独身みたい。今度こそ彼とお話しよう。そうだ、料理教室にも行っているからお菓子も差し入れしよう。ああ、なんだか嬉しい』
そのまま、読み進めようとした時、後ろから大きな声と衝撃がした。
「人の日記を読みあげるなー!!」
「いってええ!!」
がばっと目覚めた時、戻ってこれたと気づいた。あの状態だとなかなか戻ってこれないはずなのになんで戻れたのだろう。
「起きた?」
目の前には妻が不機嫌な顔で立っていた。
「朝ご飯だから起こしにきたのに、ニヤニヤと寝言を言いやがって」
「ご、ごめん。だからやさぐれないで」
「日記、どこまで読んでたのよ」
俺はぎくりとした。夢の中のことをどうして知っている。
「なんのこと?」
「厳重に鍵をかけてしまっておいた日記の内容を寝言で暗唱していたわよ。人の日記を読むのは最低ね!」
俺は悟った。あれは彼女の部屋だったのか。そういえば昔は隣の課だったらしいが俺は覚えていなかったのを妻に拗ねられたことがある。一緒の課になってスイーツ責めにあったこともあった。そっか、モテない云々は過去の自分だった。一生彼女なんてできないと自虐的になっていた俺に妻が迫ってきたときは何か狙っているのかと疑った時期があったが、純粋に俺を気に入ってくれていたんだな。
「ご、ごめん」
いろいろと反省して俺は素直に謝る。
「詫びとして、豪華ディナー一回分。それで手を打つわ」
妻が階下へ降りて行ったのを見て、俺はなんで現実へ戻ってこれたのかわかった気がした。最高の目覚めとは言えるのかわからないが、夢の世界から引き戻してくれたのだな。
余談だが、山本は後日、修羅場となって総務課の人と破談になったと聞いた。ま、偶然だよな。
Dream escape 達見ゆう @tatsumi-12
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