蒼い光の大きな鳥

彩霞

蒼い光の大きな鳥

 蒼い光の大きな鳥は、天高い空から優雅に羽ばたき、大地に立つ純白の服を纏った少女に向かって降りてくる。少女は鳥を恍惚なものを見るかのように眺めていた。

 蒼い光の大きな鳥が大地に降り立つと、小さな少女を見下ろしながら、まるで歌を歌うかのように、詩を紡ぐように、語りかけてきた。


「娘よ。大いなる力を秘めし娘よ。今はまだ、その力を知らなくてよい。

 ただ、これから、その力により、我を助けてほしい。娘、そなたが頼りである」


 娘は首を傾げ、蒼い光の大きな鳥に話かけた。


「あなたは、この大地の力の源なのではないのですか? 私たちは、あなた様から……『蒼い光の大きな鳥』から力を得ていると聞いております。私たちがこの地で生きていけるのも、あなた様のおかげなのではないのですか? それですのに、どうして、あなた様が私を頼るようなことをするのでしょう。私には力がないのです」


 蒼い光の大きな鳥は、少し顔をゆがめたようであったが、一度羽を広げ閉じると、再び娘に話しかけた。


「娘よ、我にはお前を救うほどの力など持ち合わせておらぬ。どんなにそなたが困っていようとも、我は助けることができない。我の世界と、そなたの世界がまるでベールのようなもので閉ざされ干渉できないのであれば、話は別であったが、もともと我はここに存在はしておらぬし、大いなる力も持ち合わせておらぬ。よって、そなたたちのような人を助けるような力は備わっておらぬ。しかも、それはどんな生き物にも当てはまる。もう一度言う。我は、大いなる力など持ち合わせておらぬ」


 娘は、蒼い光の大きいな鳥を見上げ、眉を寄せた。


「そんな証拠はどこにあるのですか。あなた様は私たち大地の人々に、潤いを与えてきたではありませんか。それなのにどうして、私はあなた様にお力がないと考え直さなければならぬのですか。人々はあなた様の言葉に感謝をし、これまで生きて、そしてこれからも生きていこうとしているのですよ。それに、あなた様はここに存在しておられる。どうして、存在がないと言えるのですか。私たちが、あなた様を知っております!」


 蒼い光の大きな鳥は、己に訴えかける娘を愛おしく思った。こんなに自分は、人々に存在を認めてもらっていたというのは何と素晴らしいことであろう。


「優しい娘よ。そなたは我の存在を人々が認めているといっておったが、確かに我は人々が思う心によって、ここに存在してきたのであると思う。しかし、我はここには存在していないのだよ。分かっておくれ。我がここにいたのは、ここの人々や生き物の象徴として姿が見えていただけである。我は、光であり、消えゆく者。我は、人々の暮らしに隔たりが起きぬように、その間に突っ立っていただけである。象徴といってもそれぐらいしかしておらぬ。ここに生きる人々が豊かであったのは、生きものたちが常にそなたたちと共存していたからである。我はそれらの声を聞くだけで、そなたたち人に話したことはない。そなたたちを守ったのは、そなたたちのそばにいた生きものたちである。たとえ、いつか食べられる存在になったとしても、陰ながら支えてくれていたのだ。食べていいもの、悪いものを教えてくれたのも、彼らであったであろう。

 そして、娘よ。我は、消えゆく日が刻々に近づいている。そのことで、そなたに頼みに来たのだ」


 娘は、目を大きく見開いた。大層驚いている。


「蒼い光の大きな鳥は、滅びぬと聞きました。嘘をおっしゃらないでください。本当のことを話して下さい。もし、あなた様が消えたなら、私たちは象徴を失うことになります。象徴を失うことは、統一がなくなります。私たちはこれから、どうなるのでしょう?」


 蒼い光の大きな鳥は、娘にほほ笑んだ。


「娘よ、案ずるな。象徴というのは、そなたたちを示していることである。我は今ただ、光の集まりでそなたの前にいるだけであるよ。消えたところで、何も変わるまい。元々、我はそなたたちの大地に手を出してはいない。そなたたちを助けた覚えもない。そなたたちはひとりひとりが生きている。そして、ひとつひとつの生命いのちに支えられているのだよ。そこに我はいない。そして、我はここから消えるのだよ」


 娘は問うた。


「蒼い光の大きな鳥よ! あなた様は矛盾しています! どうして、存在もないのに、ここにいることができるのですか? 消えるということは、ここにいたという証ではありませんか。存在がなければ、消えることさえもできはしません! 人々は、あなた様が思っている以上に、あなた様を知っているのです。あなた様を知っているということは、あなた様は生きておられる。そして、存在しておられるのです。そうでなければ、どうして、私の目の前にあなた様がいらっしゃるのですか? 私が見ているあなた様は、何なのですか」


 蒼い光の大きな鳥は、娘にその返答をした。


「そのようにいうのも、分らなくない。しかし、我を見たことがあるものはいくらいただろうか。確かに我は、時には姿を現すこともあったが、それを象徴としたのはそなたたち人間であるぞ。それに、なぜ、自分で見もせずに、我を崇めるのか。不思議でならぬ」


 娘は応える。


「あなた様は、特別なのです。そのようなお姿をしているのも、私たちにとっては、神秘的で、完全なる存在です。私たちを心からお支えになる存在なのです」


 蒼い光の大きな鳥は、ほほ笑んだ。


「それは、間違っているよ。心から支えとなっているのは人、一人ひとりだ。そして、そのほかに住んでいる生きものたちだ。いつ、誰が我に助けられたであろう。我は、象徴にすぎない。大いなる力を持つものは我ではない。人々は、その見えぬ大きな力を形どるために我を使ったにすぎない。我は、なんの力もない。大いなる力は常に人々に働きかけている。そして、我は象徴。そして、それは人々である」


 娘は俯く。


「では、私はどうしたらよいのですか。あなた様は、私に助けを命じられました。これから、あなた様が、あなた様の言ったとおりになり、それを私がどうこうしなければならぬのであれば、私は、精一杯あなた様の支えになりたいと存じます。

 私が、あなた様を見ることができるのは、大変光栄なことであると思います。きっと、何かしなくてはならないのでしょう。人々のために。あなた様のために」


 蒼い光の大きな鳥は、フゥ、と吐息を吐く仕草をすると、その目の前に光の渦が現れた。青のような、緑のような、黄色のような色が交わらず、しかし美しく渦を巻いていた。


「私が消えた後に、象徴がなくなったと嘆くものが出てくるだろう。本当は、我は存在しないし、いなくなったところで、人々に影響を及ぼすような存在ではない。我はただの光である。しかし、今回ばかりは、二度と見ることができなくなるであろう。そのときに再び象徴が欲しいとなったならば、次の光をこの世に存在させればよい。

 それは、我からの最初で最後の贈り物である。そしてそなたが、この子を将来解き放ってほしいのだ。その時間と場をわきまえてな。

 今度の光は、人々と大いにかかわれる存在となろう。今度こそ人々の役に立ち、存在し、共存していくことだろう。

 そして、この子を来る日まで面倒を見てほしい。それが、我からの頼みである」


 娘は言った。


「もはや、あなた様を止めることはできないのでしょうね。

 しかしいつか、あなた様がいったことの矛盾が解決する日が来ますか? それが私の唯一の問題です」


 蒼い光の大きな鳥は、頷いて見せた。


「いま、分からなければ、きっといつかわかる時が来るであろう」


 娘は言った。


「こんな状況になって私が何もできないことがもどかしいです。本来ならば、止めるべきです。人々の光を失うことになるのですから。私は、何も出来ぬ罪人です」


 蒼い光の大きな鳥は、首をふった。


「それは間違っている。そなたは、罪人ではなく、導く人だ。そして、これからの光となろう。我よりも価値のある力を使い、光を守れるのだから。

 それに、我の消滅を止めてはいけない。これから、人は新たな時代へと進むのだ。それを妨げるような行為をしてはいけない。

 我は、娘、そなたの心の中で光り続けるとしよう」


 蒼い光の大きな鳥は、美しい光を放ち、余韻を残しながら消えていった。娘の手の中にあったのは、小さな光だけであった。

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