12話 父の背中

あたりは既に夕暮れ時になっていた。放課後、学園長である才賀響にお呼び出しをくらったと思えば荷物運びの雑務を押し付けられてしまった。既に6時間目終了から1時間近く経ってしまっている。さすがに陽介も千夜も帰ってしまっただろう。


「すまないね、出雲君。お陰で助かったよ。」

「いえ。それでは、失礼します。」


新入生用の備品を一通り倉庫へ運び終わった圭は帰路につこうとしていた。すると一緒に備品整理をしていた片山に声をかけられる。


「ところで、ESSのことは悪かったね。整備不良だったよ。」

「ああ。いえ。問題ないです。」

「あれからESSの調子はどうかな?一応私も確認したけれど。」

「問題なかったです。」

「それは良かった。私はこれでもかつては電脳召喚技師だからね。ESSの調整なら任せてくれ。」


と片山は自慢げに語る。電脳召喚技師とは主にESSの開発、調整などを行っている国家資格でありこの学園の卒業生もこの職に就く者も多い。


「だけど、少し気になったことがあってね。あのESS、単純に整備不良で片付けられない気がするんだ。」

「・・・それは、どういうことですか?」


圭は少し食い気味にその真意を問いただす。それには圭にも少し心当たりがあったからである。シークレットと初めて出会ったあの夜、襲撃してきた集団の内の一人が言っていたことが気になっていた。


あちらの手引きは済んでいるようだ。


圭はずっとこのことが気になっていた。その言い方は、まるでESSが使えなかったのは・・・。


「君のESS、私にも詳しいことは分からないが何か加工された跡があったんだ。召喚時に強制的にシャットダウンする加工が。ただかなり複雑なコードでね。単なるバグとは思えないんだ。明らかに人為的なものと見ていい。」

「つまり、僕のESSに何者かが故意的に加工した・・・と?」

「恐らく。君を狙ったかどうかは定かでは無いけどね。そもそも新入生に配られるESSは当校が責任をもって厳重に保管している。そう簡単にコードの書き換えなんてできるものでは無いよ。」


少し、嫌な予感がした。何か自分の気づかないところで、大きな陰謀が揺れ動く、そんな気配を感じた。


「まぁ、とにかく気をつけてくれ。何か困ったことがあったらいつでも来なさい。ESSのことなら任せてくれ。」

「すいません、お気遣いありがとうございます。」


礼をして圭は自分の教室へと戻る。


「シークレット、今の話どう思う。」

「そうですね。少し気がかりではありますよね。襲撃してきた鏡の世界の連中の言っていたことと、このESSの人為的工作が一致するなら、既にこのヒュマの世界にも奴らの仲間がいるかもしれません。」

「しかも、最悪の場合それはこの学園に通ずる人かもしれないな。」


自分の近くが一番安全と思っていたが、シークレットを一番危険かもしれない学園に連れてきていたことになってしまう。警戒するならこの状況をどうにかした方が良さそうだ。


教室に入ると既に千夜も陽介も帰ってしまったのか、二人のカバンは無くなっていた。しかし、教室には一人の人影があった。


「・・・何してんだよ、こんな時間に。」

「課題だ。自宅でするのは気が散って集中出来ないからな。」


自分の席で黙々と作業をこなしているのは今朝、突然謎の謝罪をしてきた寮王だ。課題というのは恐らく、天才向けに作られた特別なワークのことだろう。天才は凡才よりも多くの努力をしなければならない、これもそのひとつだろう。


特に話すこともないので、自分の荷物を持った圭はそのまま教室を出ようとする。すると突然寮王が話しかけてくる。


「その、朝も言ったが昨日のことはすまなかった。」

「もういいだろ、その事は。俺は気にしてないし。」

「・・・それもそうなんだけどな。」


寮王はひたすらに文字を綴っていたその手を止める。そして立ち上がり教室のカーテンを開ける。時刻は5時をまわる。4月といえど、既に辺りは夕焼けに充ちている。


「・・・俺は焦っていたのかもな。」

「・・・焦ってた?」

「俺の父親は昔から厳しい人だった。俺の要領が悪いってこともあったんだが、父から出される課題に苦労していた俺はよく叱られていたよ。何度も追い出されたことがある。それでも俺は必死に食らいついた。父親に認められる存在になる、それだけが俺の唯一の目標だった。」


寮王の父、寮王正明。かつて学園長である才賀響と共に戦場の第一線で活躍した国家一級戦闘召喚士。


「そんな父親が、昔から唯一お前のことだけは褒めていたんだ。」

「・・・俺を?」


寮王正明のことは知っているが、面識は当然ない。褒められることをした覚えもない。


「彼は優秀だ。彼の召喚技術は出雲の歴史の中でも随一だ。将来は有望な召喚士になるだろうって。」


昔、とは恐らく幼少期のことを指しているのだろう。その頃はまだ召喚技能判定の適正年齢に達していないため、まだ自分が凡才だとは思ってもない頃だ。


「自分はこんなに努力しているのに、褒められるのはいつも出雲圭だった。俺は見たことも無い、そいつに追いつこうと必死にもがいた。足掻こうとした。だけど、現実は非常だ。昨日それを確信したよ。出雲が凡才だったことは正直驚いたが、そんなもの関係ない。お前は凡才でも天才だった。それだけは確かだ。少なくとも俺よりは優れていたんだ。」


窓の外の景色を見つめながら話す寮王。自分の思いを赤裸々に語る後ろ姿を、圭は黙って見つめていた。


「要するに、嫉妬、だろうな。俺にとって出雲圭は憧れで、希望で、それでまた妬ましいものだったんだ。だから総合武術格闘術の授業の時のお前を見て腹が立ったんだ。俺が目指していたのはこんなふざけたやつだったのかって。分かってる、悪いのは出雲じゃない。そんなことは分かってたんだけど・・・な。」

「それで、本当は実力があるのに、それを隠すのは愚か者のする行為だ、か。」


そう。寮王が俺に向かって言った言葉。


「あれも父親の受け売りだ。昔からそう言われて指導されてきたからな。そういう意味では、まだ俺は父親の呪縛から解放できてない。まだ自立できてないのかもな。」


天才の息子。絶対的な力が確約されているがための代償は計り知れない。厳しい指導、人一倍の努力、そして何より周囲からの期待。その全てに耐えなければならない。


「だけど、もうやめる。憧れるのはやめる。」


寮王は振り返り、こちらを見て真っ直ぐな目で見据える。


「最初は父親に認められたいからだったけど、それはただの依存だ。見つけたいんだ。俺自身のやりたい事、目標を。」

「・・・そう簡単に見つかるものか?」

「・・・見つけるよ。」


そう言うと寮王はクスリと笑い出す。それにつられて圭も笑い出す。

ここから始まる、寮王の人生の第一歩。人のためじゃない、自分のための目標。それを見つけるのは簡単なようで、難しいものだ。俺もその事はよく分かっている。


「さ、帰ろうぜ出雲。昨日見せた技術について聞きたいことがまだまだ山ほどあるんだ。」

「おいおい、課題はもういいのか?」

「課題なんかよりもまずはお前に追いつくことが目標だ。その為にもお前のことを完全に把握しなきゃ始まらない。」


これまでの暗かったイメージから一転、何か吹っ切れたように話し始める寮王。長年の心のおもしが消えた解放感からなのだろうか。これが、本来の寮王英樹という男なのかもしれない。



刹那━━━そんな暖かい雰囲気を打ち砕くような轟音。


「!!?なんだこの音と振動!地震って感じでもないな。」

「上からか?」


その振動は地面からではなく天井から、つまり屋上からのようだ。


・・・まさか!!!


「シークレットッ!!!!」


咄嗟に反応するも既に遅かった。廊下、そして窓ガラスを蹴破って教室内に侵入してくるのは黒い衣を纏った複数の人影。そう、あの時と同じ連中。鏡の世界からの襲撃者である。


「圭さんっ!!」

「おい!なんだこいつら!!?」

「48535、エヴィデンスとアルバトリオンの末裔ともう一人部外者と接触。アルバトリオンの末裔の関係者と見られる。」

「了解14365。ただちにアルバトリオンの末裔と部外者一名を撃退後、エヴィデンスをポイント360に回収せよ。」

「了解。」


圭とシークレットと寮王は教室の真ん中に追いやられる。襲撃してきたのは合計10体。完全に逃げ道は塞がれてしまった。


「シークレット、もう能力は解除だ。こうなったら仕方ない。」

「この状況はもう仕方ないですね。分かりました。」


シークレットは目を閉じ、全身を集中させ不可視の能力を解除する。その途端横にいる寮王が驚きの声を上げる。


「うっわ!なんだこいつ!?どっから湧いた!!?」

「落ち着け寮王、と言っても仕方ないか。こいつは味方、というか守るべき対象だ。安心しろ。」

「守る?こいつらこの子を狙ってるのか?」


ある程度の理解が早くて助かる。この人数、さすがに前回と同様にはいきそうもない。


「頼む寮王、こいつらを一緒に撃退してくれ!理由は、後で話す!!」

「・・・状況はわからないが、仕方ない。行くぞっ!!!」


全身の神経を一点に集中させる。想像するのは自身の身体のコピー。自分を媒体として新たなる生命を産み出す。


「召喚っ!!!」


魔法陣と共に現れるアニマ、近接戦闘型アニマNO.7〈ナンバーセブン〉。


「おいおい、高速詠唱かよ!?」

「敵アニマを確認。直ちに排除する。」

「俺がお前の召喚まで時間を稼ぐ!その間に頼む!!」

「あ、ああ!!」


腕を剣のような形に高速に変形させ、敵が四方八方から突進してくる。


躱せっ!!!


脳のイメージをそのままアニマに伝達する。アニマは自身の分身となって襲いかかってくる攻撃を全て回避する。

そのスピードは汎用型とされている電脳召喚によって産み出されるアニマとは思えない、群を抜いた速度だった。

その圧巻のスピードに寮王は息を呑む。


「なっ、なんて速さだ・・・!!」

「さすが圭さん、すごい操縦技術ですね!」

「みとれてないで、いいから早く召喚しろ!!」

「空間をも切り裂く銀の剣よ!その剣で一筋の勝利を私に示せ!」


右手を突き出し、全身の力を込める。足元に魔法陣が展開され、高速で回転を始める。


「今だっ!!!」


襲撃者の内の一体が左手を銃のような形状に変形させ寮王目掛けて発砲する。


その弾丸が直撃する寸前、鋼鉄の銀の剣がその弾を弾き返す。跳弾したその弾丸は窓を突破っていく。


「おせーよ、寮王。」

「はっ、うるせ。ここからだぜ。」


圭、シークレット、寮王の3人を取り囲むのはナンバーセブンと、寮王の近接戦闘型アニマ〈白狼〉だった。

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殺戮少女の召喚士 閑話休題 @kanwa-kyudai

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