11話 序章にすぎない
耳元で目覚まし時計が鳴り響いている。圭は虚ろな目を開けながら、その音の発信源のスイッチを押す。途端に音は静まり、部屋は朝の静寂を取り戻す。
時計の針は7時をさしている。どうやら二日目は遅刻せずに済みそうである。
支度を済ませ朝食をシークレットと二人でとる。寝起きが悪いのか、シークレットは黙々と朝食のパンを食べている。どこか元気もない様子である。圭は以前から気になっていたことをシークレットに尋ねる。
「なぁ、そういえばお前予言に従って俺に接触してきたって言ってたよな?」
「ええ、そうですね。」
それはこいつが初めて俺の家に来た時、と言ってもまだ一昨日の話であるが。その時に言われたことだった。
「予言に具体的に何をすべきかって書かれてないのか?人間とアニマが友好的な関係になるためにさ。俺と接触しただけじゃ、何も始まらないと思うんだが。何かする必要があるんじゃないのか?」
「それがですね。私にもわからないんですよ。予言にもアルバトリオンの末裔と巡り会う、としか書かれてませんし。」
要するにノープランである。とくにすることもわからないまま予言の言いなりとなって、シークレットは俺に接触してきたのだった。
「でも、多分やることは向こうからやってくると思いますよ。」
「なんの自信だよ、それ。」
「私たちが自ら行動を起こさなくても、運命は勝手に進んでくもんなんですよ。」
「・・・そうだといいけどな。」
シークレットは見た目は元気のないように見えるが、朝から食パンを五枚ほおばっている様子を見るといつも通り絶好調と言ったところであろうか。
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「おはようございます、出雲君。」
学園前の道をシークレットと歩いて登校をしていると、突然背後から声をかけられた。振り返るとそこには少しだけ見覚えのある生徒が立っていた。
「えーと、西園寺・・・さんだっけ?」
「あら、私のことをご存知で?」
「まぁ、うちのクラスの委員長だしな。」
この清楚ないかにもお嬢様という雰囲気を漂わせるこの女子は、クラスの委員長である西園寺薫である。
学校生活が始まり二日目の昨日のホームルームの時にクラスの長、委員長を決めることになった。立候補者が出ず、滞ると思った委員長決めだがこの西園寺が自ら立候補してくれたおかげでスムーズにクラス会議が進んだのだった。
「昨日は助かった。まさかあんなに早く委員長が決まるとは思ってもなかったよ。」
「いえいえ。私やってみたかったんです、委員長。」
「なんでまた。委員長なんてたしかにやりがいはあるかもしれないけど、それ以上に大変だろ。」
「圭さん、そういうのやらなそうですもんねー。」
藪から棒に少し前を歩くシークレットが何かを言ったような気もするが、西園寺にはこの声を聞き取ることが出来ない。俺もスルーすることにする。
「たしかに大変かもしれませんけど、社会勉強のためです。」
「社会勉強?」
思ってもいなかった言葉が西園寺の口から出てきたため、少し驚く圭。
「私、家族の反対を押し切ってこの学園に入学したんですよ。」
「西園寺さんの家って、王都でも有名な大富豪だよな?」
西園寺家。富裕層テーブルタウンの一等地に豪邸を構える王都でも有数の大富豪である。代々子孫は政治関連の職業についていたような。その子孫が政治とはあまり関係の無い王都国立召喚士育成学園にいることは変である。
「そうです。私の独断でこの学園に入学したのです。私をこれまでのように政治家にさせたい家族からは猛反発されましたけどね。」
「夢は、召喚士だったのか?」
「ええ。召喚士というよりはアニマについての仕事に就きたいと思ってたんです。昔からの伝統なんかで、夢を妨げられたくないですから。」
その目には強い彼女自信の意志を感じた。真っ直ぐと自分の夢に突き進む彼女の姿勢には感服するものがあった。
「それでまぁ、やれることはやってみようということで。委員長に立候補したという経緯です。」
「いいと思うよ。自分の気持ちに正直なのは大切だ。」
「出雲君は、夢。ないんですか?」
急に自分の話になったためたじろいだ。
少し考えるも思いつかなかった。今は将来のことを考える暇もない。
「夢か。考えたこと無かったな。」
「国家一級戦闘召喚士とかは目指さないんですか?」
「まさか。凡才じゃそんな大層なものなれないよ。」
「私はいいと思いますよ?凡才の国家一級戦闘召喚士。」
少し早足で前へ進み空を見上げる西園寺。空は青く澄み切っている。
「ま、気楽に考えるさ。俺には今夢を語ってる余裕がないからな。」
と言って圭はシークレットを睨みつける。まさか、私のことを言ってるんじゃないでしょうね、と詰め寄ってくるシークレットを手で払い除けながら進むとようやく学園の正門が見えてきた。
「あと、英樹君。悪い子じゃないので昨日のことは水に流してあげて欲しいんです。これからのクラスメイトですし。」
一瞬誰のことを言っているのか分からなかった。しかし、昨日のことと言われそれが寮王のことを指していると遅れて気が付いた。
「友達なのか?」
「はい。古くから家同士の付き合いもありましたから。昔からの幼なじみですよ。」
「昔からあれはあんな喧嘩っ早い性格なのか?」
「そうですね。昔からあんな感じでしたよ。ただいつも喧嘩には理由がありましたけどね。彼なりのポリシーみたいなものがあるんですかね?」
要するに、昨日の模擬戦も何か理由があっての事と西園寺は言いたいようだ。寮王は俺の実技の授業の態度が気に食わないと言っていたが、はたしてそんなしょうもない理由だったのだろうか。
「彼、昔から余裕が無いんですよ。」
「余裕?」
「家庭が厳しくて。とくにお父さん。しかも英樹君、要領が悪いから。かなりお父さんからも嫌われていたみたいですよ。」
「・・・まあ、それはなんとなく分かっていたような気もするが。でもそれと昨日のことになんの関係がある?」
「多分、すぐわかる事よ。」
西園寺はこちらを振り返り、何か含みのある言い方をした。すると校門前に一人の人影があることに圭は気が付いた。
「・・・随分お喋りだな薫。」
「あら、余計なお世話だった?」
「・・・。」
校門前に立っていたのは寮王だった。地面に置いていたバッグをとり圭の前に立つ。
「出雲、その、なんというか・・・。」
「英樹君声ちっちゃい。」
「ええい、やかましい!お前はさっさと行ってろよ!」
なにやら顔をあからめる寮王。なんだ、告白でもされるのだろうか。
「きっ、ききき昨日は、その、悪かった。少し我を失っていた。」
途中から声が小さくて何を言っているのか分からなかったが、どうやら昨日の態度について謝っているらしい。
「いや、別に。怒ってるつもりは無いが。」
「まー、出雲君も許してあげてください。英樹君にもいろいろあるみたいですから。」
「そうやって見透かしたように言うな薫!!」
俺は一体何を見せられているのだろうか。
「二人とも仲良くね。」
「余計なお世話だ。」
「では出雲君、また後で。」
と言って二人は揃って学園内へと進んでいく。本当になんだったのだろうか。
「彼、意外と可愛いところあるんですね。」
傍観していたシークレットが寮王をいじるようにそう言ってきた。
それにしても、なんだったのだろうか。怒ってるつもりは少しもないのだが。
登校中で既に今日一日分のエネルギーを使い果たした気分である。
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その後は特に何も無く、授業が進んで行った。今日から本格的に授業が始まった。主にアニマについての授業が大半だが、それ以外にも政治、経済といった社会知識も学んでいくようだ。
気づけばあっという間で、放課後になっていた。
「圭ー、帰ろうぜ。」
いつものように目の前の席に座る陽介が振り返りってくる。特に用事もないため帰ろうとしたその時だった。
担任の羽島が教室内へと入ってくる。そし圭を見るなり話し始める。
「出雲、呼び出しだ。」
「おいおい、圭。入学早々何かやらかしたのか?」
「冗談よせよ。何もやってない。」
・・・とは言いきれないのが現状である。シークレットのこともあるし、寮王との模擬戦のことも。色々と目をつけられていてもおかしくは無いはずだ。出来れば隠密に過ごしたいが、そうにも行かないらしい。
「誰からの呼び出しです?」
「学園長だ。」
・・・・・・。
「おい、圭。お前マジでなんかやったんじゃねぇのか?」
陽介が冗談抜きと真剣な表情でこっちを疑ってくる。やめろ、自分では何も無いと思っていてもなぜか不安になってくる。
圭は呼び出し主のいる学園長室前へと到着した。実際に一体一で会うのはこれが初めてである。
「失礼します。」
ノックをしてから室内へと入る。すると中で学園長、才賀響はなにやら体を動かしている。
「ああ、来たか。」
「・・・今のは?」
聞くべきでないのかもしれないが、あまりにも不可思議な動きをしていたため思わず尋ねてしまった。
「いやー、お恥ずかしい!素振りだよ。昔からゴルフが趣味でね。今でも暇があれば友人とするんだよ。」
どうやらその動きはゴルフのスイングの素振りだったようだ。
才賀響は圭に腰を下ろすよう言った。圭と才賀響は向き合う形で座る。
「すまない、本題に入ろうか。私が君を呼び出した理由は昨日の模擬戦のことについてだよ。」
そっちのことか、と素直に安心した圭。シークレットのことだったらどうしようかと不安だったが、そちらであれば問題は無い。
「寮王君との格闘技でも模擬戦。素晴らしかったよ。あの類稀なる技術はどこで?」
子供のように目を輝かせながら尋ねてくる才賀響。いつものような威厳のある風格とは打って変わった様子に驚きを隠せない。
「昔から、親から指導されていました。昔からやっていたことなので。」
「・・・そういえば、君は10歳のころ凡才を理由に出雲家を勘当になっていたね?それからはどうしたんだい?」
ここで圭は異変にいち早く気が付いた。最初、才賀響は昨日の模擬戦についての話だったはずだが話が逸れ始めている。誘導尋問?もしかしたらなにかこの男には狙いがあるのかもしれない。
深読みかもしれないが少し警戒するに越したことはない。
「特に、普通の家庭に拾われました。」
「その時も鍛錬は欠かさずやってきたという感じだね。あの動きはかなりの修行がないとなせないからね。」
本当は八海玄徳から習ったものだが、念の為事実は伏せておくことにした。
「失礼します。」
すると、背後の扉が開く。入ってきたのは中年の男性教師らしき人物である。見たことも無い先生のため、他の学年の授業を担当しているのだろうか。
「何か問題でもあったのか?」
その中年の男性教師の急いだ顔を見てそう判断する才賀響。
「いえ、大したことはないんですが、人手が欲しいんです。大量の荷物が学園に届いたんで管理室に運びたいんですけど、手伝ってくれるはずの先生が今日風邪で休んでしまっていて。僕一人じゃ運びきれないんですよ。」
アニマを使えば良いだろ、と少し疑問に思ったが口には出さないことにしておく。すると才賀響が思いもよらないことを言い始める。
「出雲君、悪いが片山先生を手伝ってやってくれ。」
・・・とんだ災難日である。朝からよくわからないものに付き合わされ、学園長に呼び出され、挙句の果てに使いっ走りである。
「悪いね、出雲君。」
しかし、こんなので最悪の一日は終わらなかった。むしろここまでは、ほんの序章に過ぎなかった。
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