10話 悪くないな。
圭は寮王に対し手を差し出す。寮王は俯いたままの姿勢で同じように手を差し出し、圭と握手を済ませる。その後何も言わずに早足で実技堂を後にした。
圭は審判をしていた柳に少し会釈をしてからフィールドから降り、実技堂の入口周辺でみまもっていた3人の元へと向かう。
「勝ったぞ。期待通り。」
「皮肉か?そのセリフは。」
試合前にあまり期待されていなかったのが少し気になっていたため、圭は陽介に意地悪な物言いをする。
「ね、言ったでしょ?圭があんな噛ませ犬に負けるはずないわよ。」
「お前そんなこと言ってるけど、試合開始直後に圭が寮王に掴まれた時・・・」
「さすが圭!うんうん。」
陽介の言葉を遮るように少し食い気味に喋り出す千夜。こいつも期待してなかったな。
「その、圭さん。昨夜から思っていたのですが、その体術はどこで習得されたものなのですか?」
シークレットが疑問の表情でこちらを見ながら話してくる。昨夜とは、襲撃された時のことで間違いないだろう。
「別に、幼少期から習わされてただけだ。」
そう言って圭は更衣室へと戻り出す。
「随分と冷めてるな。さすがに疲れたんかな?」
「そうかもしれませんね。少し休ませてあげましょう。」
「・・・ところで、今、幼少期から体術を習ってたって言ってたよな?でも子供のころからあんなに強かったのか?」
陽介は昔から圭と関わりのある千夜に尋ねる。千夜は少しだけ考える。しかし回答はすぐに出た。
「・・・いや、私よりも弱かったはずよ。本来の実力を隠してる、なんて様子もなかったわ。」
「つまり、圭が急に失踪してから今の間までの時間でここまで強くなったのか?」
「・・・圭に何があったのかしら・・・?」
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夜。もう外は日も落ちて、辺りは暗闇に包まれている。
「・・・まさか、勝負に乗ってくるとは。所詮は子供といったところでしょうかね。」
「しかし心は子供でも、あの技量。アルバトリオンの末裔は伊達ではないようだな。君も、よくやってくれた。」
「いえ。我が恩師の頼みとあれば、なんなりと。・・・それでは。」
ガチャ、という音と共に部屋から出ていく。
足音が聞こえなくなったところで机の上に置いてあるモニターを起動させる。
「夜分遅くに申し訳ないね、同胞。」
「いいや、問題はない。」
「私もアルバトリオンの末裔を見させてもらったよ。まぁ、あれだけではなんとも言えないがね。」
机のわきに置いてあるグラスを手に取る。グラスの中には美しく透き通った紅色のワインが少量入っている。少しグラスを回した後、それを口へと運ぶ。
「君も、それが好きだね?私には分からないよ。」
「ああ。ワインはいいよ。ただ単純に味わいだけが良いとは訳が違う。深み、香り、見た目。もちろん味もね。そういった全ての観点を総合しワインは作られていく。美味だし、なにより面白い。」
「君も変わっているね。」
「貴方ほどではないよ。・・・ところで次はどうするんだい?」
「ああ。少ししたら手配するよ。君にも協力を願うよ。」
「・・・任せたまえ。同胞の頼みだ。」
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圭は帰宅した。
扉を開け玄関へ進む。一階のリビングの電気をつける。すこし周りを確認するものの、人の気配はしないようだ。しかし人以外の気配ならある。
「ふー!!!」
謎の掛け声とともにリビングの中央に置かれた白いソファはと飛び込むシークレット。
「おい、なに満喫してやがるこの居候。」
「いいじゃないですか。こんなに広い家なんですし。一人じゃ勿体ないですよー?」
「・・・まあ、そうだが。けど別に俺一人で住んでるわけじゃない。」
「そうなんですか?でもまあ今日も居ないみたいですし。実質一人暮らしでは?」
「・・・それもそうだが。」
圭は冷蔵庫を開け、帰宅前に寄ってきたスーパーで買ってきた食材などを入れていく。全く、昨日襲撃されて買ったものを全てなくしてしまったため、出費が二倍である。
「自炊するんですね?」
冷蔵庫につめられた野菜や肉などをみてシークレットが声をかける。
「まあな。同居人は全く家事をしない人だから。料理は昔から親に指導されてきた。それなりにはできる。」
「料理男子ですか。いいですね、今時モテますよー?」
「いつの時代の話だそれは。このご時世男子も料理出来なかったら恥だぞ。」
「はぁ、全く圭さんは固いですねー。そんなんじゃモテませんよー?」
「やかましい!」
いつもより高速で、力強くキャベツを千切りにしていく。夕飯は豚カツにしよう。シークレットもアニマのくせして食事が必要らしいので二人分を作る。食費がかさむ。
「おおー、すごい。まるで主婦ですね。」
食卓には豚カツ、白ご飯、味噌汁などが二人分置かれる。色鮮やかな夕飯にシークレットは目を輝かせる。
「ほら、食べるぞ。」
「いやー、居候の分際で申し訳ない。」
と言いながらガツガツとご飯を食べ出す。こいつ微塵も申し訳ないと思ってないな。
・・・しかし、こうして二人で夕飯を囲むのは久々である。
師匠はここ数ヶ月帰ってきていない。いつになったら帰ってくるのだろうか。そもそも今どこにいるのだろうか。
・・・父親はどうしているのだろうか。
本当にアニマの世界へ渡りシークレット開発の研究をしていたのだろうか。
様々な疑念が錯綜する。
「大丈夫ですよ。今は私がいますから。」
突然シークレットがこちらを向き、そんなことを言ってくる。
「お前、能力で読み取ったな?」
「いいえ。出歯亀なんてしてないですよ。」
シークレットは箸を止め。真っ直ぐと圭と目を合わせる。
「ただ、圭さんが寂しそうな顔をしていたので。」
「・・・顔だけでそんな具体的に分かるもんかよ。」
胡散臭いと思いながらテレビに目をやる。
・・・寂しそうな顔か。
一人じゃ意識したこともなかったな。
「ところで、圭さん。」
「ん?」
「おかわりで。」
シークレットは米一粒もない真っ白な茶碗をこちらへと差し出してくる。
「勝手に取ってこいよ。セルフサービスだ。」
「いえ。炊飯器からも無くなっちゃいました。」
「・・・・・・・・・。」
ん?
「お前、何杯食べたんだ?」
「5杯ですかね?次6杯目です。」
「食べすぎじゃボケェ!!!!」
こいつ、もしかして食いしん坊キャラなのかもしれない。そんな華奢な体のどこにそんなでかい胃袋があるのか。はたまたアニマだからなのか。分からないことだらけだ。
夕飯を済ませ、シークレットは風呂に入って行った。どこまであの居候は図々しいのだろうか。
食器洗い機に食器を入れ、ソファへと腰を下ろす。
さすがに疲れが溜まっていたのか、座った途端に一気に疲労感がした。昨夜から今まで、急な展開の嵐だ。襲撃され、勝負を挑まれ。久々に動いたためか、体が悲鳴をあげている。
おもむろに右腕の手首に付けられた新しいESSを見る。今日の寮王との勝負の後、羽島から新しく渡された物である。今度はちゃんと起動するよな・・・?
圭は試しに召喚してみることにした。圭は立ち上がる。そしてESSに左手を翳す。目を閉じESSに集中し、体の霊気を集める。そしてイメージ。
「召喚っ!!」
足元には電脳召喚の魔法陣が展開され、青く光り輝きながら高速で回転を始める。そして目の前にシルエットとして現れ始める。
「どうやら、今度は不良品じゃないようだな。」
目の前に現れたのは正真正銘のアニマ。近接戦闘型アニマNo.7〈ナンバーセブン〉。機械のような人型で光り輝く光沢のある青と銀をベースにした装甲。透き通った緑のバイザーを目元につけ、耳元からはアンテナのようなものが立っている。腰には鉄のような物質でできだ棒状のものが取り付けられている。これは近接戦闘型に標準装備されている光学ブレイドで戦闘時に起動することで武器になる。
それ以外はとくに語ることも無い平凡なアニマである。所詮は汎用型。ESSによって誰でも召喚できる代物である。
「おおー、それが汎用型アニマですか。私たちの世界では見たことありませんよそんなの。やっぱりヒュマ独自のアニマって感じですね。」
振り返るとシークレットが首からバスタオルをかけ体を拭きながらリビングへと入ってきていた。服は着ていない。全裸だ。
「服を着ろ、服を。」
少し焦ったが冷静に目を閉じまた正面を向く。
「あれ?もっとしどろもどろにしないんですかぁ?」
「お前、わざとか。別に、幼女の体見たってなんも思わねーよ。」
「よよよよ幼女ぉ!!?失礼ですね圭さん!私はもう立派なレディですよぉ!?」
「そんな貧相な体したレディがいてたまるか。」
「では、千夜さんみたいな方だったら?」
・・・千夜の、全裸・・・。
「悪くないな。」
「まー千夜さん巨乳ですからねー、って変態!!てかサイテー!!」
「別に良いだろ。想像するだけならタダだ。」
「何故この人はこんなにも清々しいのでしょうか・・・。」
圭はESSを操作し、アニマの召喚を解除する。目の前のアニマは消えた。
「さて、俺は風呂に入ってくるから。お前は好きにしてろ。寝るなら俺の部屋でも使っとけ。」
「了解!では、おやすみです。」
そう言ってドタドタと脱衣所から服を回収してから、二階の圭の部屋へと進んでいく。
シークレットには謙虚さというものを学んでもらいたい、と切実に思う圭であった。
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