9話 冗談じゃない

突然、圭に突き立てられた寮王の右手人差し指。実技堂は騒然としている。聞き間違えではない。たしかに寮王は自分に勝負を挑んできた。


「おい、勝手に話を進めるな。」

「いいじゃないか。」


藪から棒に、首を突っ込んできたのは総合武術格闘術の教師。柳伊三郎だった。

目をつぶって黙認していると思えば、急に簡易椅子から腰を上げこちらへと近づいてくる。


「私も、少し君に興味があるからね。それとも君は、この期に及んで言い訳でもするのかい?」

「そんな、横暴な!だいたい俺が寮王と勝負になるはずないですよ。俺は`凡才´ですよ。」

「弱者を言い訳にするな出雲。それにお前はたしかに凡才であっても、実力はそれと同様とは俺には思えないが?」


言い逃れは、既に不可能のようだ。圭はため息を一回つき同意の意味の頷きをする。


「模擬戦は放課後、実技堂で行う。規則は私が決めよう。」


いかにも、してやったりという顔でこちらを見てくる寮王。どうやら俺はまんまと罠にはめられたらしい。


授業終了を告げるチャイムが鳴り響き、波乱の初回の総合武術格闘術の授業が幕を閉じた。


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「・・・あいつ何が目的だ?圭にいきなりつっかかってきて。」

「だいたい、あんな雑魚が圭に勝てるわけないでしょ。また私の時みたいにかませ犬になりたいのかしら。」

「というか何故お前までいる漆原。」

「別にいいでしょ、いても。」


昼休み。一日の半分が終了し、教室内の圭の机周辺で三人は昼食をとっていた。

圭はコンビニ弁当。陽介と千夜は和風な手作り弁当だ。


「でも寮王って中学の時、空手の大会で王都の代表に選ばれてんだろ?クラスの他の奴らが言ってたぜ。」

「あれ?私が友達から聞いた話じゃ柔道と王都代表って言ってたけど。」

「・・・俺が聞いたのは剣術だな。」


三人は顔を見合わせる。意外にもあの男、かなりの実力者なのかもしれない。入学式早々千夜にアニマでの勝負を挑むも見事に返り討ちにされ少なからずや弱者のイメージがついてしまっていたが、本当はそうでも無いのかもしれない。


「でも圭だって昔から強かったわよ?負けることはないでしょ。」

「・・・さっき昔から漆原に負けてたって圭から聞いたけど。」

「・・・。」

「・・・そうだったかもしれないわね。たしかに私に負けていっつも道場の隅で泣いていたような。」

「・・・・・・・・・。」


圭は黙って立ち上がり教室を出ていく。


「ちょっと圭さん!!?黙って出てかないで!!」

「一応圭も気にしてたのかもね・・・。」


圭は教室から少し離れた位置にある自動販売機へと足を運ぶ。一人で歩いているとすっかり存在を忘れていたシークレットが空中からいきなり現れる。


「お前、俺から見えないようにしてたな。忘れるところだったぞ。」

「いや、邪魔かなぁと思いまして。」


圭は自販機に硬貨を数枚入れ、一番下の段のコーヒーの購入ボタンを押す。


「ところで圭さん。なぜさっきの申し込みを断らなかったのですか?」


さっきの申し込み、とは言わずもがな寮王に挑まれた模擬戦のことで間違いないだろう。


「あなたの性格から考えても、受け入れるとは思いませんでした。ましてやあなたはアルバトリオンの末裔として、様々な敵からマークされている。ここで実力を人前に出すことは得策でもない気もしますが。」

「もう断れる状況でもなかったろ。」

「私の能力を使ってでも?」


俺はコーヒーを飲みながら横に佇むシークレットの顔を見る。


「そういう手段も、あるにはあったな。」

「分かってたくせに。意外に圭さんにもプライドってものがあったんですね。」

「そんな大層なもんでもねーよ。」


ただ。寮王の言葉。


本当は実力があるのに、それを隠すのは愚か者のする行為だ。


「少し、気に食わなかっただけだ。」


━━━━━━━━━━━━━━━


五六時間目のアニマの生態学の授業も、特になりもなく終了し放課後となる。


帰りの支度をしていると、遠くの席にいる寮王はこちらを睨みつけてから教室を出ていく。それは逃げるなよ、という釘を刺すものであった。


「行こうぜ圭。まあ、なんだ。負けても大丈夫だ。」


陽介は圭の肩にぽんと手をおく。こいつ、端から負けること前提でいやがる。千夜も圭の近くへと来る。


「どーせこんなしょうもない試合、本気でやってもなんの得にもならないわよ。第一、いつどこにスパイがいるかって考えたらあんまり実力を出すのも良くないわよ。」

「・・・それもそうだな。」

「分かってねーなー、漆原さんよ。こういう男の勝負はプライドがつきもんなんだよ。わざと負けるなんて、圭がする訳ないだろ?」

「そんな精神論だけで片付けられないでしょ。ねぇシークレットちゃん?」

「私も、圭さんにそう言ったんですけどね。どうにもそうしない訳があるみたいですよ。」

「訳?なんだそれ。」

「・・・別に。面白いもんでもなんでもねーよ。それこそ男のプライドってやつだ。」


そう言って圭はバックを手に実技堂へと足を向かわせる。



更衣室で模擬戦専用の服装へと着替える。膝や肘などの関節部分には軽い合成素材の装甲が取り付けられている。全体的に化学繊維で出来たこの服は、実際の正式なアニマ同士での模擬戦にも使われる正式なものである。

着替えを済ませ実技堂へと入ると、既に寮王は模擬戦用の円形に象られたのフィールドの中に立っていた。目を閉じ集中している様子だ。雰囲気にはどこか殺気というものを感じる。


実技堂の二階の観戦のできる場所へと目をやると、そこには数十人のギャラリーが既に席へ座っていた。

クラスメイトや、他クラスの見たことの無い生徒。教師までもが観戦しに来ているようだ。

すると二階が騒然とし始める。そこに現れたのは才賀響学園長だった。まさかの人物にみな驚きの声をあげる。

さらにはその息子、才賀瑠斗率いる生徒会メンバーまでもが来ているようだ。


「・・・なぜこうなったんだ。」

「おいおい、とんでもねーギャラリーだな。ざっと数えても30人以上はいるぞ。」

「担任教師の羽島に生徒会長、学園長まで来てるなんて。これじゃ手を抜いてもすぐにバレそうね。」

「いやまあ、シークレットの能力を使えば全部なかったことにも出来るんだよな?」

陽介はシークレットの顔を覗き込む。しかしシークレットは首を横に振る。


「すいません。すこしさっき試してみたんですけど、さすがにこの量の人数を私が見えないようにするっていう命令以外にもう一つとなると、どうも能力が発動できないんです。」

「・・・つまり、能力のかさねがけは出来ないのか?」

「おかしいですね。普通ならそんな欠陥品な作りをしないはずなんですけど・・・。」

「どうやら、圭が望んだ形になりそうだな。」


四人で話していると時間になり柳が実技堂内へと入ってきたため、圭もそのフィールドの中に入る。柳が模擬戦の説明をしに寮王と圭の近くへと来る。


「これより、寮王対出雲の模擬戦を行う。審判は私、柳が取り仕切る。模擬戦と言っても正式な決闘だ。ルールは相手を回復不能に追い込む技、打撲以上の怪我をさせることは禁止とする。アニマでの使用は禁止。格闘術のみでの勝負とする。勝敗は一方が負けを認めるか、私が戦闘続行を不可と見た時とする。ルール違反は私が直々に制裁させてもらう。」


模擬戦であっても正式なもの。柳はこちらの目を見てはっきりとそう言った。再度手加減は無用ということを示されたようだ。


実技堂一階、入口周辺にいる陽介は腕も組み心配そうな表情でこちら見ている。


「アニマの使用は禁止、格闘術オンリーか。」

「そりゃ圭は凡才。寮王は曲がりなりにも天才よ。そんな勝負あいつが望むわけないもの。」


柳は円形のフィールドから出ていく。フィールドに取り残された二人は少し距離を開ける。


「会長、なぜこんな一年二人の模擬戦、しかも格闘術縛りなんてふざけたものを見る必要があるんです?」

「三上、不満でもあるのか?」

「いえ。しかし出雲の末裔といえど凡才と聞きましたから。既に校内でも有名ですよ。会長もそれはご存知でしょう。」

「じゃあ、そのイメージは今この時を持って打ち砕かれるだろうな。」


生徒会会長、才賀瑠斗は足を組みながら座り横に立っている生徒会副会長の三上樹を見てそう言った。


寮王は少し姿勢を低くし構える。構え方からも既に実力者の風格が漂っている。どうやらどの噂も正しいようだ。

それとは対照的に圭はそのまま直立の姿勢。素人目でも戦い慣れしていない様子な見て取れる。


・・・父上が言っていた言葉は嘘だったのか?こんな勝負すぐに蹴りをつけよう。


寮王はぐっと脚に力を溜める。


圭は依然、棒立ちのまま。


「はじめっ!!!」


柳が模擬戦開始の合図をした瞬間であった。寮王が脚に溜めていたエネルギーを一気に前方へと解放。その姿勢のまま圭の懐へと突進する。


・・・速い!!!


その驚きの速さに圭は咄嗟に身を翻そうとするも時すでに遅し。寮王の手はしっかりと圭の胸ぐらを掴む。もう一方の手も圭の腕を掴み、そのまま身体を反転させる。そしてその勢いのまま投げる姿勢になる。


「背負い投げか!?」

「まずいわね。一気に寮王が試合を決める流れよ。」


目にも止まらぬ速さで背負い投げの綺麗な型をつくる寮王。そのフォームは一切無駄なくエネルギーを使い果たしている。かなりのスピード。このまま地面に叩きつけられれば戦闘不能は間違いないだろう。

圭の目線は宙へ舞う。遠心力が身体全体にのしかかる。


誰もが勝敗を確信した、その時であった。


刹那。そのまま投げられ、地面に叩きつけられたはずの圭は二本の脚で全身を支える。身体は地面すれすれのところで止まり上空へと向いている。背筋は地面とほぼ平行。見事な体幹に場内から歓声が沸く。

そのまま圭は起き上がりつつ、右足で寮王の足を払おうとするも回避される。そして寮王が反撃のために一旦防御の姿勢を取ろうとした瞬間。圭は足払いしようと回した脚を軸として、左足を寮王の首の後ろまでぶん回す。弱点である首筋を左足の甲で穿とうとする。そして衝突する瞬間に勢いを殺す。

圧倒的な回し蹴りのスピードを前に場内の人間全員が硬直する。

それは寮王も同じであった。


「勝負あったな。」


才賀瑠斗は勝敗を確信する。

寮王の首の裏に向けられた圭の左足は僅か数センチ手前のところで完全に停止していた。その姿勢のまま、呆気にとられていた柳は急いで勝敗を言い渡す。


「勝者、出雲圭!!」


場内から歓声が上がり、拍手に包まれる。圭は足を下ろす。


「冗談じゃない。なんだよ、あの蹴りのスピード・・・!?まじで見えなかったぞ。」

「あーあ。圭さん、これでもう言い逃れは出来なくなっちゃいましたよ?」




一方、観戦していた生徒会長と副会長も同じく感嘆していた。


「あれは、ブラジリアン柔術ですかね・・・?」

「ああ。威力と勢いは普通の蹴りよりかは落ちるが、的確に相手の弱点を狙うことによって戦闘不能にさせる格闘術のはずだが。」

「あれのどこが威力、勢いが落ちていたって?」

「しかもあのスピードの蹴りを、いとも簡単に衝突する寸前で勢いを殺してやがった。当たったらあれはたまったもんじゃなかっただろうな。」

「彼は、凡才のはずでは?」

「三上、凡才と実力は比例しないぞ?」

「・・・どうやら、そのようですね。」


そして才賀瑠斗と三上樹の座っている位置の真反対に座る一人の男。才賀響である。腕を組み出雲を見つめる。


「あれが、アルバトリオンの末裔か。」


その笑みは、どこか不気味なものを感じた。

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