最高の目覚め

PeaXe

目覚めに笑顔を


 目の前で、眩いほどの光が放たれる。

 勇者が、最後の力を振り絞り、魔王にトドメを刺そうとしているのだ。

 そうすれば、世界は平和になる。


 勇者の仲間は思う。

 ああ、コレで終わりか、と。


 魔王が倒されれば、この世界は平和になるし、攻撃魔法などという危険な力も衰退していくだろう。

 魔法使いの在り方が変わるのだ。

 賢者など、危険な魔法くらいしか覚えていない内は、危険視される未来さえ見えた。

 まぁそうでなくとも、勇者パーティは解散し、全員バラバラになる。


 何にせよ、賢者がこれからの未来にいない光景だけは確実だった。


 魔王の命が削りきれるまで、あと何秒か。あるいは一瞬か。

 賢者は、油断無く万が一のための究極攻撃魔法を構築しながら、考える。


「みんなが、大好きでした」


 過去形の言葉を、告げる。

 勇者の一撃は大音量だ。そんな呟きなど、誰にも聞こえないだろう。

 それでも、いや、だからこそ。


 誰にも見せた事の無いフードの下の素顔が見えないよう、深く被りなおす。

 それから、笑顔になる。


「たとえこれから何が起ころうと、きっと、みんなは大丈夫。

 だから、安心できます」


 賢者。

 またの名を、魔王の息子。

 勇者達にも隠してきた出自だ。


 人間からすれば顔色が悪いでは済まない、浅黒い肌。

 頭に生える細い角。

 魔王の眷属である証。魔族である証。


 賢者は、コレが嫌いだった。

 肌が露出しなくても良いよう、丈の長いローブと、肘まである手袋。

 どれだけ熱くとも、人間の前でも、魔族の前でも脱がなかった。


 人間と魔族で使う魔法が違う。

 しかし、互いに覚えようとしないだけで、使わないわけではない。

 人間が使う魔法を覚え、魔族が使う魔法を研究し打倒する。

 そうしていつしか、彼は賢者と呼ばれるようになった。


 魔王が勇者によって討たれれば、魔王の血を受け継ぐ者も共に消滅する。

 魔王が死に近付く度に感じた、自身の存在の揺らぎ……。

 徐々に消えていくそれが、平和に近付いている証なのだから、皮肉でしかない。


 世界を混沌へ導く魔王。

 その息子が勇者についている時点で、皮肉ではあるが。


「喰らいなさい、人間の究極ってやつを」


 巨大な炎の弾を生み出し、笑う。

 賢者は、魔族のやり方が気に食わない。

 だから、変える。

 だから、戦う。


 たとえ―― 己を犠牲にしてでも。


 *◆*


 おはよう、と声を掛ける。

 そうすれば、みんなからも返される。


 それはある意味当然の光景で、もう見る事の出来ない光景でもある。


 だから、ふと目が覚めて、泣いた。


 ふわふわと暖かな陽気が目に染みる。

 窓から差し込む光が眩しくて、優しくて。

 目覚めが良い事が、自分で分かった。


 たとえそれが夢の世界でも。


 夢の中でもなければ、こんな視界が晴れる事なんて無いだろうから。


 あの浅黒い肌を隠すためのローブも、手袋も、何もかも取り払った姿など、彼等に見せるわけが無い。

 自分の肌が、こんなに明るい色のわけが、無い。


「おはよ」

「おはよーさん。今日の朝飯何だー?」


 作る詩は楽しい物が多いのに、本人はとてもクールな吟遊詩人。

 ガタイが良く、硬くて太い力こぶを持つ、とても気さくな戦士。

 勇者パーティの男子勢だ。


「おはよー、はろー、やっはろー」

「ちょ、その挨拶やめて。朝から笑わせないでよ!」

「ふあぁ……はっ、このニオイは……?!」


 女子勢も遅れてやってくる。

 おかしな挨拶と変顔で入ってきた、見た目しっかりしたドクター。

 外ではおちゃらけてばっかりだけど、誰よりもしっかりしている道化師。

 身体の線は超細いのに、食欲まっしぐらの王女様……兼、シスター。


 攻守サポートのバランスが取れている、と思う横で、中々にユニークなメンバーが揃ったものだ。

 加えて、賢者が知るいつものメンバーよりも、声のトーンがやや低い。


 これはいつの夢だろう?

 賢者がそう考えていると、近くで「あっ」という声がした。


「起きた、のか?」


 最後に来たのは、勇者。

 戦闘している時の、凛とした空気はどこへやら。かなりゆったりしたキグルミパジャマを着ている姿は、仲間しか見られない。


 そんな彼が、賢者を見て驚いていた。


「起きた、起きたんだ!」

「「「「「えっ、あー!」」」」」


 全員の寝ぼけ眼が、賢者に向く。

 賢者は、こてん、と首を傾げた。

 一体何に驚いているのか。


「やっと起きた! やっと! 起きたー!」

「へぇ、案外早かったね」

「起きてくれたかー!」

「ちょ、アンタ大丈夫なの?!」

「ぅにゃ、からだ、おかしーとこなーい?」

「お腹減った。何か作って」

「あの、1人台詞おかしいのですが」


 賢者はますます首を傾げる。

 王女様が空気を読まないのもそうだが、はたしてこんな場面、あっただろうか。と。


 魔族は基本的に身体が丈夫で、魔王の息子ともなればあらゆる病気にかかる事がなかったのだ。

 それで、起きてきた時に心配してくれたような場面が起こるのか? と。


 夢は記憶の集合体だ。

 どこかにソースとなる記憶があるはず。

 と、そこまで考えて、あ、と声を漏らす。


「……そっか。これは、夢ですね」

「「「「「?」」」」」

「自分の願望がそのまま夢に、とか、ありえそうです。きっとそうですよ」

「うん?」


 1人で納得する賢者に、今度は勇者がこてん、と首を傾げてしまう。

 誰が見ても、会話がかみ合っていない。


「俺達もそうだけどさー……お前も寝ぼけているだろ。お前、正真正銘の人間になったんだぞ? もっと喜べー」

「?」

「そりゃ、アタシ達だって驚いたわよ。アンタが魔族だって知ってさ」

「?!」

「でねー、色々がんばってー、賢者ちゃんを魔族じゃなくする方法を考えたのでーす」

「!」

「その方法は案外早く見つかったが、完全な形にするには魔王を倒す必要があった。それまで姿はそのままでなぁ」

「……?」

「というか、何でさっきから声を出さないわけ。さっき普通に喋ったでしょうが」

「……あ、うん。うん?」


 賢者は、目をパチパチと瞬かせる。


 まだ、状況が飲み込めていない賢者に勇者は嬉しそうに顔を近づけた。

 それから、賢者の頬をむにむにとつまんだり引っ張ったりして遊ぶ。


「これ、夢じゃねぇぞ」


 イタイ。


「……いふぁぃ」


 いたい。


「だろ? 夢じゃない証拠だ!」


 痛い。


 じわり、と。

 賢者の目から熱いものが流れ、頬を伝って床へと落ちた。


「世界を救えても、仲間を救えないなんて、俺達にはバッドエンドでしかない」

「え……まさか、それだけで他人の種族まで変えたのですか?!」

「それだけって言うなー! まぁ、出来るかどうかは半々だったけど。でも、世界を救うなら、ハッピーエンド! これ以外は認めない、異論断固拒否!」


 にぱっ、と。

 向日葵のような、明るい笑顔を勇者は浮かべる。

 すると、賢者の目から更に涙が溢れ出す。それを見て、勇者は賢者を力強く抱きしめ、頭をポンポンと撫でた。


「なぁ、お前は、俺達が好きか?」

「……うん」

「これからは、ずっと一緒にいられるぞ!」

「うん」

「なぁ、俺達と一緒にいてくれるか?」

「うんっ」

「じゃあ、今度こそ、よろしく! だ!」

「うんっ!」


 世界から魔王が消えた。

 世界中から魔族が消えた。

 本当なら、勇者のパーティも欠けるはずだった。


 けれど、そうはならなかった。


「なぁ、賢者君よ。こういうのを、何て呼ぶか知っているか?」

「僕が答えるより先に、貴方が答えそうなので保留します」

「おぉふ、俺の事を分かっているな……まぁ答えたかったから言うけど!」

「というか、この際2人で言いませんか」

「お、いいね! じゃ、せーの!」


「「――奇跡」」


「ちょっと、何2人で抜け駆けしてんのさ」

「そうだぞー。俺達も混ぜろ!」

「ふんふふーん。おもしろそーぅ」

「ちょ、引っ張んないでよ、転ぶでしょ!」

「お団子あげるね」

「やっぱり1人だけ内容おかしい?!」

「やっぱ俺達はこんな感じが1番だろー」


 今日も世界は平和である。

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