『幸せな夢』

ぴけ

『幸せな夢』

 昔むかし、あるところに、とても貧しい暮らしをしている三兄弟がおりました。三兄弟は両親を幼い頃に亡くしていたので、その日を生き抜くために必要なお金を手に入れるべく、辛く苦しい仕事を毎日こなしておりました。しかし、三兄弟の生活が裕福になる兆しは見えません。それでも、三兄弟は働き続けました。


 ある日、空高くから三兄弟の生活ぶりを眺めて憐れんだ神様は、せめて夢の中では心が休まるようにと『幸せな夢』を三兄弟に贈ることにしました。そうと決めた神様は、夢を司るばくを呼ぶと、三兄弟に『幸せな夢』を毎晩届けるようにと命じました。その晩から、三兄弟は毎晩『幸せな夢』を見ることとなったのです。


 毎晩『幸せな夢』を見るようになった三兄弟は、はじめのうちは神様が願ったように『幸せな夢』のおかげで心が休まっておりました。しかし、ひと月が過ぎようとした頃でしょうか、三兄弟のうち長男と次男は眠る前にそれぞれ考え込むようになっておりました。


 長男は、毎晩『幸せな夢』を見ておりましたが、『幸せな夢』を見れば見るほど『不幸な現実』との差をひしひしと感じている自分がいることに気づきました。それからというもの、長男は眠ることが働くことよりも苦痛になってしまいました。しかし、毎日働き続けるためには寝なくてはなりません。悩んだ挙句、結局長男は眠ることにするのですが、毎朝が最悪の目覚めでした。


 次男は、毎晩『幸せな夢』を見ておりましたが、あまりにも『幸せな夢』を毎晩見続けているので、これは何か『悪いことが起こることの前兆の夢』ではないかと不安に感じている自分がいることに気づきました。それからというもの、次男は『幸せな夢』を見ても純粋に幸せを感じることができなくなり、毎朝が不安の目覚めでした。


 そして、毎晩『幸せな夢』を届けている獏も、長男と次男の様子を見て心配になっておりました。そしてある日、獏は神様におずおずと『幸せな夢』を受け取り続けている三兄弟の近況を伝えました。それを聞いた神様は「それならば今晩は『幸せな夢』は届けずに、代わりに夢の中で今後も『幸せな夢』が見たいかどうかを訊いて、それぞれの願い通りにしてやりなさい」と獏に言いました。


 そして日が沈み、三兄弟がそれぞれ眠りにつくと、まず獏は長男の夢の中に入りました。今まで『幸せな夢』を届けていたのは自分で、それは三兄弟を憐れんだ神様が願ったことだとこれまでの経緯を話しました。そして「明日からはどうしたいか?」と長男に尋ねました。すると「今まで自分が苦しんできたのはお前のせいだったのか!!」と怒り狂った長男は、獏をこれでもかとひどく痛めつけました。そして獏に「今後一切、夢という夢を見たくない」と吐き捨てました。「わかりました」と逃げるように獏は長男の夢から出ていきました。


 長男の夢から出てきた獏は、次は次男の夢の中に入りました。次男に獏は、さっきと同じ説明をしました。そして「明日からはどうしたいか?」と次男に尋ねました。すると次男は「今までの夢の理由が分かってよかった」と安堵の涙を流しました。そして獏に「良い夢でも悪い夢でも、結局自分は不安に思ってしまうだろうから、もう夢は見たくない」とすすり泣きながら告げました。「わかりました」と獏は次男の夢から出ていきました。


 次男の夢から出てきた獏は、最後に三男の夢の中に入りました。しかし三男の夢の中に入った途端、獏は驚きました。そこには持ってきていないはずの『幸せな夢』が広がっていたからです。そして夢の中で幸せそうな三男を見つけた獏は、やっぱり同じ説明をしました。そして「明日からはどうしたいか?」と三男に尋ねました。すると三男は「今まで『幸せな夢』を届けてくれてありがとう。毎日が最高の目覚めだったよ」と獏にお礼を言いました。それから獏に「今後は幸せな夢は自分で見るし、幸せな夢は自分で叶えるよ」と笑いながら言いました。「わかりました」と獏は手を振る三男に見送られながら夢から出ていきました。


 神様に『三兄弟の願い』を伝え、それを『一字一句違わず』叶えた獏は、久しぶりにゆっくりと眠ることができました。


 獏が三兄弟の夢に現れてから、どれほどの月日が経ったでしょう。今日もまた日が昇ります。三兄弟もじきに目を覚ますでしょう。それぞれにとって『最高の目覚め』がやってきます。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『幸せな夢』 ぴけ @pocoapoco_ss

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ