幼馴染の死亡フラグが立ちすぎているが、俺が壮大に何も始まらせない日常

白星 敦士

幼馴染の死亡フラグが立ちすぎているが、俺が壮大に何も始まらせない日常



「だ、誰かたすけてー!」



絶体絶命のピンチに悲鳴を上げるのは、儚い系超絶美少女



「無駄だ、俺様に勝てる者などいやしないのだからな!」


「いーーやーー!」



絶望に悲鳴を発する美少女


――その時だ。



「そこまでだ!」



凛とした声が響く。



「な、なにぃ! 誰だ!」


「外道に名乗る名など、無いっ!


てやぁーーーー!!」


「ぐ、ぐわー!」



一瞬にして怪物を倒してしまう、謎の人物


しかして、その正体は――



「――おい、いつまで寝てるんだ馬鹿」



見知った幼馴染。



「え」



突然の出来事に放心する超絶美少女こと、私は……





「起きろ、メシ食ってる時間無くなるぞ」


「…………幹篤みきあつ?」


「おう」



目を開くと、こちらを見下ろしている幼馴染の幹篤がいて、見慣れた天井があって……



「――って、何勝手に部屋に入ってきてるのよぉ!」



思わずそんなことを叫びながら枕と目覚まし時計を投げつけた。



「いや朱音あかねが言ったんだろ」



呆れた様子でそれぞれ軽々とキャッチする幹篤



「はぁ! 私が、なんて!!」


「明日は日直で遅刻できないから、絶対に起こしてくれって。


部屋に入っても良いからって」


「そんなこと言って! 言って……言った」



うん、確かに言った。強引に押し切った形で。



「ということだ。


ちゃんと起こしたからな馬鹿」


「だ、誰が馬鹿よ!」


「あと、部屋の内装考えた方が良いぞ」


「余計なお世話よ!!」



部屋を出ていく幹篤



「……何よ、別にいいじゃない」



部屋の棚に所狭しと飾られたフィギュア


主に特撮ヒーローのもので、棚の奥には変身アイテムとかも置いてある。



「ヒーロー、カッコいいじゃないの……もう」



昔は一緒に特撮楽しく見てたのに、幹篤だって一緒にヒーローごっこしたのに……



「って、そうだ、日直だからいつもより早く行かないと!」



急いで制服に着替えて部屋を出る。



「お母さんおはようー」


「はい、おはよう。


ご飯できてるわよ」


「ごめん、急いでるからパンだけでいいや」


「あらそう」


「あれ、ところで幹篤は?」


「さっきここで朝食食べて、隣に戻ったわよ」



幹篤の家は隣で、物心つく前からずっと一緒にいる幼馴染である。


ご両親はとても忙しい共働きで、よくこっちでご飯を食べたりしていたもので、もう姉弟同然だ。



「なんでも今日は午前休校で二度寝するらしいわね」


「お母さん、私と幹篤クラスメイトなんだけど?


普通に午前中も授業あるから」


「あらあら」



あらあらって……まったくもう。


昔はどこへ行くにも一緒だったのに、いつの間にか不良になった。


そのくせ成績はめちゃめちゃいいし、学内ではこれと言って悪さもしないので先生たちも対応に困っている。


でもいくらテストの成績が良くても、このままじゃ出席日数が危ない。



「もう……帰ったら説教してやらなくちゃ」



ひとまず、日直を優先。


そんなわけで、私はパンをくわえて学校に向かう。



「かぁー、かぁー!」

「かぁー!」



「むぅ?」



なんか、普段よりカラスが多い気がする。


いつもより早くでて、人通りが少ないからかな?



「ぐげぇ!」

「かぁー、かぁー!」



「え、何今の?」



カラスの鳴き声に混じって変な鳴き声がした。


通りがかったいつもは通らない横道からだった。



「なんだろう……」



なんとなく、その先にあるものが気になったのだが……



「――おい、朱音」


「うひゃいっ!?」



いきなり声を掛けられて振り返ると、そこには幹篤がいた。



「み、幹篤? どうしてここに……っていうか、午前中サボるんじゃ……?」


「おばさんから行って来いって言われた」


「ああ……幹篤、ママの言うことは聞くんだ」


「うっせぇ」



そう言いながら先へと歩き出す幹篤


私はちょっと横道の方が気になったのだが……



「おい、日直が遅刻したらまずいんじゃないのか?」


「う、うん」



幹篤の指摘を受けて学校へと向かう。






「――たくっ、無駄に数が多いな……」





「幹篤、今なんか言った?」


「別に」



幹篤は不機嫌そうに欠伸しながら歩いていく。





職員室に行って日誌を受け取る。



「中島さん、今日は折原くんと一緒なんですか?」



日誌を受け渡してくれた担任の女性教師、麦野円むぎのまどか先生がそう質問してくる。


ちなみに中島は私の苗字で、折原は幹篤の名字ね。



「はい。うちのマ――お母さんに怒られて渋々って感じですけど」



私がそう言うと、麦野先生はため息をつく。


まだまだ二十代でかなり若いのに、幹篤のことで色々と大変そう。幼馴染として申し訳ない。



「放課後、どうにか残らせるようにしてください。


強制で補習を受けさせますから。


あ、本人には言わないでくださいね。前に言ったら逃げたので」


「わかりました。首輪つけてでも押さえておきます」


「お願いね」



この調子だと、出席日数が本当にヤバいみたいだ。


幹篤もそれくらいわかってるはずなのに、どうしてサボっちゃうのかなぁ……?



「なんでもっと普段から授業に出ないんですか!」


「だから今日は来てるだろ」


「当然のことです! 私が言ってるのは、普段のあなたの態度です!」



このクラスの委員長である姫宮祐奈ひめみやゆうなさん


いつもはきはきとして男女ともに信頼されている絵に描いたような優等生


他人にも自分にも厳しく、しかし面倒見のいい彼女は人気もある。


そんな彼女だからこそクラス委員長としてみんなから信頼されているのだけど……



「あーもー、うるせぇな、寝不足なんだから静かにしてくれよ」


「学校は寝るところではありませんっ!」



不良の幹篤とは相性がとてつもなく悪い。


幹篤は何を言われてもどこ吹く風という様子が、余計に姫宮さんの勘に障るのだろう。



「おいおい、委員長、怒るの疲れるだろ。それじゃあ折角の美人が台無しだぜ」



ああ、いつからあんなキザなことを普通に言えるようになっちゃったんだろ?


お姉ちゃん、ちょっと複雑。



「なっ……! って、そんなこと言ったって騙されませんよっ」



とか言いながら先ほどよりも雰囲気が柔らかくなっている。


チョロい。



「わかった、じゃあ今度のテスト、委員長が俺に勝ったら言うこと聞く」


「むっ……言いましたね? もう訂正はできませんよ?」


「男に二言はない」


「では、次のテストこそ私が勝ちます。


勝ってあなたのそのだらしない生活態度を一から改めさせていただきます!」



そう宣言して、自分の席に戻る姫の委員長


幹篤は不良だけど……いつもテストはクラス一位で委員長に勝てたことはなかったと思うけど……


しかし委員長はやる気を出しているみたいだし、放っておこう。



「委員長もよくやるね……」

「あんな怖い人によく話しかけられるね……」



日直の作業として教室の花瓶の水の入れ替えをしようと思ったらクラスメイトの女子からそんな声が聞こえてきた。


ちょっとむっとしてしまった。


確かに幹篤は不良だけど、何の理由もなく周囲に迷惑をかける様な人じゃない。



「怖いって、幹篤が?」



名前は……なんだったかな、ちょっと忘れちゃったかも。


でも、教室で会えば軽く挨拶する程度の仲のクラスメイトのはずなので、向こうも普通に返してくれた。



「中島さん、折原くんの幼馴染で危なくない?


彼、やばい噂いくつもあるよ」


「どういうこと?」



幹篤の噂って初耳だ。



「一人で不良の集団を全員病院送りにしたとか」


「いつも懐に凶器を忍ばせているとか」


「ヤクザ相手にも喧嘩売ってボコボコにしたり」


「人も殺してるんじゃないかって言う人もいるよ」



そんなクラスメイト二人の話を聞いて、私はあまりに荒唐無稽な内容だった。



「あはははははは、無い無い、絶対に無い」



怒るどころか思わず笑ってしまった。


だって……幹篤だよ、幹篤。



「あいつ、昔は凄い泣き虫だったし、近所の小型犬に噛まれて大泣きして帰ってきたこともあったんだよ」


「「え」」



私の話に驚いたクラスメイト二人が机に突っ伏している幹篤と私を交互に見た。



「そ、そうなの?」


「そうそう。これまで喧嘩なんて一度もしたこと無かったし、幼稚園の時とかうちのお父さんに叱られてわんわん泣き出すし」


「あ、あの……中島さん?」

「ちょっと、もう」


「で、傑作なのがホラー映画とか見たらひとりでトイレいけなくてね、その時にいつも私にトイレついてきて欲しいって言ってさ。


で、結局漏らしちゃったりしててねぇ」


「中島さん、中島さん!」

「後ろ、後ろ!」



「え、後ろ?」



何やら指摘されて振り返ると…………おかしいな、先ほどまで机に突っ伏していたはずの幹篤が私の背後にいた。



「…………あの、幹篤」


「なんだ」


「怒って、る?」


「……」


「無言!? あ、ちょっと、ごめんなさい、謝るからその握りこぶしを近づけないで、あ、ちょ、ぁあああああ!」



こめかみが抉られるかと思いました。





そして放課後


今日は大人しかった幹篤は最初から最後まで授業を受けた。



「さて……朱音、その手はなんだ?」


「まぁまぁまぁまぁ」



帰ろうとした幹篤を捕獲し、しばらくすると麦野先生が教室に入ってきた。



「折原くん、今から補習を受けてもらいます」


「そんなの聞いてません」


「言ってません。前回それで逃げ出した前科がありますので」


「いや、でも、それはテストで満点とったらか免除ってなったんじゃ……」


「それは前回までです。


今回はそうはいきませんよ!」



私に代わって麦野先生が幹篤の手を引っ張っていく。



「あ、ちょ……おい、朱音!


今日は真っ直ぐうちに帰れよ! 寄り道とか絶対にせず、知らない人から声を掛けられたら大声上げるんだぞ!」


「私は小学生か!!」


「いいから絶対だぞ!」



なんとも失礼な奴。


まったく……でも、なんか普段より焦り気味だったかな。


それに、なんか今日は授業中もなんか気を張ってたし…………まぁ、別に用とか無いし普通に帰ろうかな。


そう思いながら、私はいつも通りの帰り道を歩いていく。



「……みゃぁ」


「あ、子猫」



歩いている最中、真っ黒な子猫がこちらに寄ってきた。



「おぉ~、どうしたんでちゅか~?


お母さんとはぐれちゃったのかなぁ~?」



抱き上げてみたところ凄い大人しい。


人に慣れているのかな?


それになんか首にリボンも巻いてある。


でも、こんな子猫を放し飼いにするっていうのもなんか妙だなぁ……



「みゃ~」


「あ」



私の手から降りたかと思えば、しばらく歩いて私の方を向き、また歩いたかと思えばすぐにこっちを見て鳴く。


……もしかして、呼んでる?


幹篤は寄り道するなとか言ってたけど……別にいいよね。


それにあんな可愛い子猫がこっちを呼んでるんだから、行かないなんて選択肢はありえない!



「猫ちゃーん、待ってー」

「みゃーん」



うふふ、あはは、って感じに子猫を追いかけて路地裏へと向かう私。



「――阿呆、なのか?」



そして進んだ道の先で待っていたのは、巨大な黒い人影



「え……」


「みゃあ」



足を止める私とは対照的に、子猫はそのまま真っ直ぐに進んでその人影の元へ行き……気のせいか、その足元の陰に呑み込まれて、消えたように見えた。


目の錯覚……?



「これまでの苦労は、いったいなんだったのだ?


あの手この手とすべて悉く潰されて……それでもう自棄になって子猫でどうだと仕掛けたらあっさりと来る。


我の今までの苦労は……いったいなんだったのだ……?」



その人物はフードを目深く被っていた顔は良く見えない。


見えないんだけど、口元や手が信じられないほどに白い。


作り物のような……いっそ青白いと言っても良い。



「あ、あの……どうか、しました?」


「どうか?


どうかした……ではないわぁ!!」



怒鳴りながらフードを外したかと思えば、そこから見えたのは鋭い牙と赤く光る目に金色の髪


映画とかで見る吸血鬼をそのままイメージしたような人物がそこにいた。



「これまで数々の同胞が、貴様のせいで命を散らしていったというのに、なぜよりにもよって、こんな下らない手で引っかかるのだぁあ!!」


「ひっ!」


「ふざけるのも大概にしろよ貴様ぁ!


貴様のせいで一体我々がどれだけ苦汁や辛酸をなめさせられたと思っているのだ!


それがこんな、こんな阿呆丸出しのトラップに引っかかるとか、あって堪るかぁあああああああああ!!」


「あ、え、あの、な、なんでそんな怒って……!」


「やかましいわ小娘がぁ!」


「ちょ、こ、来ないで!」



奇声を発しながらこちらに迫ってくる不審者


私はすぐにその場から立ち上がって逃げ出した。


急いでさっきの大通りにいかなきゃ……!



「あ、あれ?」



しかし、さっきから走っているのにいつまでも路地裏が続く。


おかしい。


さっき子猫と一緒に歩いた距離はとっくに走っているのに、どうして?


もしかして道に迷った?


ううん、ありえない、だってここは一本道で……



「――初歩的な上に即席の結界だぞ、これは」


「う、嘘、どうして……!」



走った先では、先ほどの不審者が待ち構えていた。


おかしい、だって、さっきまで私の後ろにいたはずなのにどうして私の前に……!



「はぁ……もういい。さっさと我々の宿願を叶えるとしよう」



そう言って、不審者が私の方へと近づいてくる。


に、逃げなきゃ!


そう思ったけど、手足が動かない。


見ると、いつの間にか足元に黒い何かが絡まっていた。



「さぁ、その血をすべて捧げよ。


その時こそ、我らの宿願が叶う」


「い、いや……」



迫ってくる不審者は口を大きく開いて、私に近づいてくる。



「誰か、誰か……」



怖い、怖い、怖い。




「助けて、誰か……!」



「――だから、大声で叫べって言っただろ」



頭上から、聞き覚えのある声が降ってきた。



「むっ! 何奴!」


「敵に名乗る馬鹿がどこにいる」



上から何かが降ってきて、そして私と不審者の間に着地した。



「……幹篤?」



そこに現れたのは……見間違えるはずもない。


幼馴染の幹篤だった。


そして幹篤はおもむろに取り出したスプレーを私のほうに向けて………………え?



「いい夢見ろよ」


「え、ちょ――わぷっ!」



スプレーを掛けられたかと思えば、私はそのまま目の前が真っ暗になった。














俺の名前は折原幹篤


表の顔は普通の高校生で、その正体は忍者だ。


家は昔から日本の国に仕えてきた忍の一族であり、両親は国のために日夜世界中を飛び回っている。



そしてそんな両親の元に生まれた俺は当然の如く忍としての英才教育を受けたわけだが……もう一つ、驚愕の事実を伝えよう。



この世界には、魑魅魍魎が実在する。



表に出てないだけで魑魅魍魎の類は世界の情勢に浅からず関わっているわけで、今は国家間の裏で争いだって起きているのだ。


一応今は“悪魔”、もしくは“妖怪”とか大まかなくくりで呼んでいる。


そして俺たち忍の一族は、悪魔関連のプロフェッショナルでもあり、スパイとしても活動する。


そんな微妙なパワーバランスで成り立っている今のこの情勢の中に、一種のバランスブレイカーが出現してしまった。


それこそが、俺の幼馴染である中島朱音なかじまあかね


実はこの中島家、平安時代まで遡ると陰陽師の家系で、その傍流に当たる。


当時は強い力で悪魔を退けていたが、その力は逆に悪魔にとっても力を高めるために必要なものでもあったわけで……悪魔と陰陽師は常に争い続ける関係だったわけだ。


しかし現代ではもうそんな力はほとんどなく、中島家も普通の一般人となるはずだったんだが……先祖返り、というやつだろうか?


朱音には現代ではありえないほどに陰陽師として強すぎる才能を持っていた。


え? だったら朱音に直接対処させればいいだろって?


陰陽師の力なんてとっくの昔に廃れてるし、そんな力の使い方を教えてくれる人なんてどこにもいない。


それに、ガチで危険すぎる力で、下手に力の使い方を自覚させると暴発して比喩抜きで町が吹っ飛ぶらしい。


だから、対策とかしなければ自然に力が失われるという二十歳になるまで、朱音を守り切るしかなかったのだ。


そしてそんな預言が出たことで、丁度いい感じの時期で生まれる予定だった俺を妊娠中の両親ごと、新婚ほやほやの中島家の隣に引っ越させて幼馴染に仕立て上げた。



つまり、俺は生まれる前から朱音を守ることを定められていたのだ。



まぁ、そんなわけで朱音の力――具体的にはその心臓を狙う連中と日夜戦っている。



この役目については不満はない。ないのだが……ここ最近、特に中学卒業あたりから朱音の力が強まっている。


おかげでほぼ毎日、ひっきりなしに悪魔や妖怪が朱音を襲おうとしてきて、俺は秘密裏に対処をしている。


カラスやら猫やらの使い魔が監視してるから、朱音に気付かれないように排除。


そのせいで、高校生になってから授業をサボらなければならないことが増えた。


両親の英才教育のおかげで、高校生くらいの授業で後れを取ることはないが……不良扱いされるのは辛い。


ただサボるだけならよかったのだが、以前に人間を操って朱音を誘拐しようと画策した奴がいて……その対処で大立ち回りをしたり、怖い大人のいる事務所に襲撃したり、日本刀振り回したり、最終的に人間に化けていたその悪魔を倒したりと……色々やった。


一応、記憶を混濁させえてしまえるご都合主義的な便利アイテムはあるが、その時は目撃者があまりに多すぎて、噂が流れてしまった。



これはもう仕方ないと諦めた。


人の噂は75日というしね……だけど……



「――聞いていますか、折原くん!」


「はい、聞いてます」



こうして実害が出るのは、正直堪える。


小学生の時は夕方に出てくる悪魔に対処するだけで済む話だったのに……


はぁ……昨日と今日で一通り朱音の周りにいたのは潰し終えてるし、朱音がピンチになることは……



「っ」



軽い頭痛がした。


朱音にこっそり着けて置いた手製の式神の反応が途絶えた。


……ああ、もう、まっすぐ帰れって言ったのにあの馬鹿……



「ちょっと、折原くん」



顔をあげると、俺が話を聞いていないと思ったのか麦野先生がもう見るからにご立腹だ。しかし、もう説教を聞いてる余裕はない。



「先生、実は俺、悩んでることがあるんです」


「え…………もしかして、授業とかよく抜け出してしまうのはそれが原因なの?」


「はい、実は……」



荷物は今は没収されていて、教卓の近くにある。あの中に便利グッズがある。


今はそれを取り戻すことを最優先。



「実は、何?」


「――いつも先生のこと考えちまって、他のことなんて全然頭に入ってこねぇ」


「え? ……な、何言ってるのぉ!?」



驚いて俺から離れた先生は丁度よく教卓の方まで後ずさる。



「き、教師をからかうんじゃありません!」


「本気で悩んでんだよ、俺」



一気に距離を詰めそして先生からは死角となっている背後に手を回して鞄を回収。



「はわわわわわっ!


な、だ、駄目よ、だって、私とあなたは生徒と教師で……!」



あ、まずい、今顔を伏せられたらこっちの目的がバレる。



「先生、こっちを見てくれ」



顔を下に向けさせないために、その顔に手を触れてちょっと無理矢理顔をあげさせる。


顎クイである。



「お、折原くん……だ、だめよ……だって、私は」


「目、閉じててよ先生」


「……ぁ」



そしてそのまま、ぎゅっと強く目を瞑ってしまった先生




「先生、マジでごめんなさい」



そんな無防備な先生の顔に、記憶をなんか丁度いい感じに混濁させてくれるスプレーを発射!



「……きゅぅ」



こうかはばつぐんだ!


意識を失った先生は適当な机に座らせ、急いで学校を出る。


そして式神の反応が消えたポイントに到着すると、案の定、路地裏に人払いの結界が張られている場所があった。



「まったく!」



初歩的だが、その分ちょっと頑丈な結界だ。


壊すよりも飛び越えた方が早いと、忍者として鍛えた脚力で一気に建物の壁を蹴って屋上に行き、そこから下の路地を見ながら進んで行く。


そして、見つけた。




「助けて、誰か……!」



影を操る異能の類だろう。


それによって動けなくなっている朱音が、吸血鬼と思われる悪魔に襲われている真っ最中だった。



「――だから、大声で叫べって言っただろ」



俺は即座にその場から降りたって、吸血鬼目掛けて懐に入っていたクナイを投げる。



「むっ! 何奴!」



こちらの攻撃を避けた吸血鬼


ちっ……しとめそこなったか。


だが、おかげで朱音は無事だ。



「敵に名乗る馬鹿がどこにいる」



そう吐き捨てつつ、俺は朱音を拘束している影をクナイで切り裂く。



「……幹篤?」



あ、先にこっちの対処が先か。


先ほど先生に使ったスプレーを取り出して……



「いい夢見ろよ」


「え、ちょ――わぷっ!」



朱音はそのまま倒れてしまい、一度受け止めてから優しくその場に寝かせた。



「そうか……貴様だな!


今まで我々の同胞を殺したのは!」


「だからどうした」


「貴様の愚行、万死に値する!」


「こっちのセリフだ。


お前らのせいで俺が何日徹夜させられたと思ってやがるこの腐れ夜行性共が」


「人間風情が、我ら誇り高き血脈を嘲うかぁ!!!!」



そして、放たれた黒い槍


先ほどの影の手を攻撃用にした奴だろう。


それが一気にはなたれ、そして体を貫いた。



――藁で作った等身大人形を



「残像――じゃない、変わり身だ」



そして俺は背後に移動し、クナイを構える。



「なっ――この」「遅い」



一撃どころか、吸血鬼が振り開ける間にクナイで体を八回貫いてから首を切り落としてやった。


欠伸が出るほどに遅すぎる。



「ば、かな……!」



首だけとなった状態で、俺を恐怖の目で見上げてくる。



「貴様、一体……何者だ?


この貴き血筋にして、最強の一族であるこの我をここまで追いつめられるものなど」


「うるせぇ、死ね」


「な、待て、せめて名乗ることが戦士の流儀でぱっ!?」



いくら吸血鬼でも、頭を潰してしまうと、残っていた血や体が灰となって消えていく。


吸血鬼の良い所は、こういう後片付けが楽なところだろう。


それにしても……



「俺、忍者だから流儀とかねぇんだよ、バーカ」




そう呟きながら、意識のない朱音を背負って、俺は帰路についたのであった。





そして、翌日




「うーん……本当に道端で寝てたの?」


「おばさんにも俺が運んできたの教えてもらっただろ」



記憶が混濁している朱音は、昨日の出来事を現実とは思っていない。


思ってはいないのだが……違和感は覚えているようだ。


あのスプレーは、受けた前後の記憶を曖昧にし、受けた本人にとって都合よく記憶を作らせる。


だから記憶を完全に消したり封印したりするわけじゃない。


現実離れした出来事は自分で都合よく解釈させるものなのだ。


だから昨日の出来事については、道端で突然朱音が倒れて夢を見ていたという風にして誤魔化す。



「それともなんだ? お前、まさかその俺に助けられた夢が現実でしたって言うのか?


相変わらずヒーロー番組が好きだよなぁ……あ、もしかして俺に気があるのか?」


「はぁ? たしかにヒーローは好きだけど、それはないから。


幹篤に私が助けられるとか、絶対に無いから。天地がひっくり返ってもありえないから」


「……あっそう」



物心ついたころからずっと守ってあげてるんですけどねぇ……


本当は幼少期に悪魔に襲われて泣いて漏らした朱音を俺が助けて、スプレーしたら、この女、立場を逆転させて俺が漏らしたことにしてたし。


さらにいえば、小型犬に噛まれて泣いてたのも朱音だし、おじさんに怒られて泣いたのも朱音だ。


当時は今よりスプレーの影響が強すぎたのだろう。


しかし……まさか、悪魔に襲われていた時の記憶が俺とヒーローごっこしていたものにかわって、それが原因でヒーロー好きになるとは。


つまるところ、朱音にとっての一番最初のヒーローは俺なのだ。


まぁ、本人は絶対に認めないだろうけど。



「お、折原くん」


「あ、はい」



麦野先生だった。


……そういやスプレー使ってそのまま帰ったっけ。


どういう風に処理されたんだろ?


そう思っていると、何やら麦野先生から何かを握らされた。



「……やっぱりね、私は教師で、君は生徒だから」


「はい」


「だから、その……内緒で、ね?」


「はい…………はい?」



一体何のことだろうと思っていると、先生は顔を隠して去ってしまう。


残された俺は、手に握らされたメモを確認する。


…………携帯の番号と、トークアプリのIDが記載されていた。


そしてほかには……


『今度デートしようね♡』


と、可愛い文字で記載されていた。



「……やべぇ」



あの状況でスプレー使った結果、超展開の記憶処理がされてしまったらしい。


まずい、非常にまずい。


今すぐにでも超強力な薬品で昨日の記憶を丸々消さなければ…………!



「っ」



しかしここで頭痛


式神がまた悪魔を捉えたようだ。



「幹篤、先生にまた注意されたの?」


「……ちょっとサボる」


「え、また?」



呆れ気味の朱音


しかし、昨日の今日でまた別の集団か?


本当に勘弁してもらいたい。


俺はできるだけ平穏な日常を過ごしたいというのに……



「ちょっと折原くん!


また授業サボる気!」


「委員長……」



なんとも間が悪い。



「わざわざ学校に来たのに授業サボるなんて、そんなこと許しませんからね!」



がっしりとこちらの腕をつかむ委員長



「いや、本当に、マジでその……急用があって」


「学生に勉強以上に大切なことなんてありません!」



あるんだよねぁ、これがぁ……



「なんでこうなるのかなぁ……」



――この後、委員長にスプレーを使った。


後日、記憶がなんか超展開の処理された委員長と、超展開のままの先生との板挟みにあうが、それはまた別の話。

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幼馴染の死亡フラグが立ちすぎているが、俺が壮大に何も始まらせない日常 白星 敦士 @atusi-k

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