『魔女がやってきた!』
かきはらともえ
後日談
★★
「わたしは、ここじゃない別の世界からやってきたの」
僕がその少女と出会ったのは、なんてことのない平日のことだった。あの日の出来事を、僕は今でも憶えている。
「わたしは魔法の国から、世界を救うためにやってきたの」
少女の舌足らずな口調で少女は言う。『異なる世界』からやってきたというこの少女は、舌足らずながらも語る。
「わたしたちの世界には、もう未来がないの。あんなやつが――『世界の王』になってしまったから」
どうやら『世界の王』として君臨している人物には『絶対的な力』があるらしい。
「『世界の王』は、『ある書物』を手にしたの。その『書物』に記されていた方法で『外なる神』に接触したの」
■■=■■■■。
少女は言ったが、僕は上手く聞き取れなかった。聞き取れなかったのではなく、その名称を脳髄が処理できなかったと見るべきだろう。
文字通り『外なる神』は、僕たち人間があらゆる事象や事柄を処理する際に使っている機能では、処理することができない。
解析することができない。咀嚼することができない。
粗食することができない。嚥下することができない。
『異なる世界』の『世界の王』は、『外なる神』に接触したことで、『外なる力』を手に入れたのだと言う。
魔法さえも超越し、森羅万象、ありとあらゆる力の限界を超えた――『その先』に『ある』、『力』を。
『それ』はありとあらゆる時間と空間に干渉して、拡大縮小を行い、時間の流れを永久にすることもできれば、更には逆回転にすることさえもできる能力だった。
この『外なる力』を手にするまでは、貧しい国の――ただの王様だった。臣民や臣下からも好かれる人のいい人物だった。
『外なる力』を、手に入れてから、変わった。
いいや、変わっていない。よりよい世界を追求する貧しい国の王様は、『外なる力』を用いて――世界をよくしようとした。
よくしていった。貧富の差を始めとする、人類が抱えている問題をミクロレベルからマクロレベルまで改善を行っていった。
しかし、それでもなお、浮かび上がってくる問題。
それを解決するために躍起になっているうちに――変わってしまった。
王が変わるだけではなかった。
『外なる力』を用いて、あらゆる改竄や調整を世界に対して行った。
その過負荷に、世界は耐えられなくなった。
あらゆる時間や空間の概念に対して干渉できる王の『外なる力』ではあるが、もう世界に未来がない。未来なんて訪れることは、永久にない。
あらゆるものを超越した『力』である『外なる力』であっても、あくまで世界そのものに干渉するだけでしかない。
手を加えることしかできない。
故に。永久を求めようと、回転を逆転させようとも、未来は存在しない以上、どうしようもない。
狂いに狂ってしまい、捻れるに捻れてしまった世界を、どの場所から力を加えれば元に戻せるかもわからない。
『何か』をすれば、その瞬間に世界が消えてなくなるかもしれない。
あとどれくらい続くかわからない。その終わりをひたすら待ち続けるしか、なくなってしまった。
少女の世界は、そういうどん詰まりなのだと言う。
「わたしは、『世界の王』が『外なる力』を用いて行ったことをすべて元に戻す。そうすることでわたしたちの世界の、未来を取り戻すの。そのために、この世界にきたの」
しかし、こちらの世界にきたからといって、どういう意味があるというのだろうか。何をするにしても、そちらのその『書物』とやらに触れなければならないのではないのか? 確か僕はこんなふうに訊ねたと思う。
「それだけじゃ駄目なの。王が持つ『書物』から得た『外なる神』の『外なる力』じゃ、更にぐちゃぐちゃにするだけなの。だから――わたしはその『向こう』を目指すの」
その向こう。『外なる神』の更に『向こう』。
「この世のすべての現象と事象の起源。すべての存在は、渾沌の泡沫が創造する空想。その『外なる力』を持って初めて、取り戻せるの。そのためには、王の手にした『書物』だけじゃ駄目なの――」
■■・■■■
「――そう呼ばれている『書物』も必要になってくるの。でも、それらの『書物』はもう、わたしの世界には存在しない」
何故ならば、『世界の王』は、焚書を行った。『外なる神』の『力』を持つ自身へ、害を及ぼす恐れのある『書物』は、すべて燃やし尽くしたという。誰も、自分と同じ『領域』に上がってこられないようにするために。
「だけど。パラレルワールドの『この世界』にならば――」
――『この世界』にならば、まだ『書物』は残っている。
パラレルワールド。別の可能性を持つ世界。もうひとつの世界。それが、僕たちのいる世界なのだと――少女は言った。
「だからわたしは『この世界』にやってきたの。禁忌魔法を使って、『可能性の断層』を超えて、『十四の業』を背負って、この世界にやってきたの」
こうして始まった。
僕と、少女の冒険が。
★★
『世界の王』とやらが行ったのは、『位相の上書き』という行為だった。
世界そのものにフィルターを覆うような改竄だった。
世界そのものを構築する在り方や見方や価値観に対して、独自の考えや価値観を上書きして、違うものに変異させてしまった。
『世界の王』はそれを繰り返していた。
世界を平和にするために。
しかし、ただフィルターを重ねるだけにしても、その際の負荷はどうしても世界そのものにかかってくる。それをひたすら続けた。
そうして、やがて世界はあまりの負荷に耐えられず、崩壊した。世界そのものの未来が、可能性として消滅するほどに。
■■=■■■■。
『これ』を使い幾度となく修正を行おうとしたが、それはフィルターを重ねるだけの行為に過ぎず、どうしようもなく――ただただ今のまま、崩壊を待ち続けることになった。そんな中で、彼女が求める『■■・■■■』というのは、フィルターを重ねる行為ではなく、引き剥がすような行為である。
確かに平和を迎えた『彼女たちの世界』だが、待ち受けるのは崩壊のみ。ならば、フィルターそのものをすべて初期化する。
少女はそのために■■■■を求めた。
当然だが、彼女だけではなかった。『この発想』に行き着いた人物は。だから僕たちは何度もぶつかった。
『世界の王』が築く平和な世界――平和なまま終焉を迎えられるのは、すべての世界が迎えられなかった理想であると、だから、パラレルワールドに点在している『書物』のすべてを焚書しようとする者。
あるいは、少女と同じく世界を救おうとする者。数々のものと戦い、戦って、戦って、戦った。
『■■・■■■』の原本は存在せず、複写や翻訳されたものが世界各国に不完全な状態で存在しているという。
世界に五冊だけある完全版。そのうちの一冊はアメリカ合衆国にあった。
しかし、先を越されて侵入者を感知した防衛システムによって、炭にされてしまった。二冊目も、三冊目も、四冊目も、五冊目も――結局のところ、手に入らなかった。
二冊目は、使用した者が暴走し半壊させていた。
三冊目なんてものはなかった。
四冊目なんてものもなかった。
五冊目なんてものもなかった。
すべて、原本の断片をそう呼んでいただけだった。しかし、『五冊目』と銘打った断片を手に入れたとき、僕たちの仲間には心強い人物がいた。
あろうことか、その断片から原本を復活させてみせたのだった。こうして少女は、原本から『外なる力』を手に入れた。
「わたしは元の世界に戻るの。今までありがとう」
こうして少女と僕の冒険は終わったのだった。半ば家出をするようにして飛び出して、世界各国を飛び回った冒険は終わった。
★★
死に物狂いで戦ってきた日々のことを今でも思い出す。
あの頃の非日常を、今では嘘のように思う。だけど、僕が最後に受け取ったこの本が、本棚にある以上は、あの出来事は、夢のような出来事はすべて現実だったのだ。
『外なる神』に触れ、『力』を得た少女。
彼女たちとの冒険は存在したのだと。
あの本を、僕は一度も開いたことがない。
開くべきではないと思っている。関わるべきではないのだ。
存在するとされていない原本なんて、表沙汰にしないほうがいい。だから僕が持ち続ける。そういえば、あれから僕はいろいろと調べてみた。
どうやら、この書物に記されている『外なる神』――■■■■の『力』は、眠っている限り使うことができるらしい。
元の世界に戻ってしまったあの少女と、連絡のしようなんてないけれど、上手く世界を元に戻すことができたのだろうか。
そもそもの疑問として、未来そのものが潰えてしまった世界を、初期化にしたところで、本体にかかっていた負荷そのものでは取り払うことなんてできないのではないだろうか。あれから時間が経って思ったことのひとつだ。
そればかりはわからない。
そして、眠り続けることでしか『外なる力』を使うことのできない彼女が、その未来のことを知るのはいつになるのだろうか。
何にしても、もう僕には何もすることができない。
初期化することで魔法が使えたあの世界も、魔法なんてものが使えない世界になってしまうだろう。
彼女にもう二度と会うことはない。
それでも僕は彼女が目覚めたとき、それが最高の瞬間であることを、ただ願うばかりだ。
『魔女がやってきた!』 かきはらともえ @rakud
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