詩・皸とコンビニ傘

矢野昴・飴也通重松

第1話

[ジニアの海淵]



黄色い風船泳いでゆくよ

ぷかり ぷかぷか泳いでゆくよ

ビニイルリボンの首輪をつけて

ぷかり ぷかりと流れてゆくよ


赤風船に小鳥が止まる

ぴちちと鳴いて ちゃぽんと留まる

揺れる孤島はガランドウ

旅行く熟柿の夢を見る


青風船が浮かんでゆくよ

海月が天に昇ったように

ふわり ふわふわ浮かんでゆくよ

昇ってそのままそれっきり


どこかで一つ誰かが泣いた

遠ぅい 遠い海の底

きらきら涙が浮かんできたよ

気づけば小鳥はどこかへ行った

風船二つ泳いでゆくよ



[硝子体の上映]


あれはまさに金槌であった

取り分け重くて硬いやつ

頭をガンと殴られて

ぐるりは不意に宵の幌

もう戻らないあの人が

私に与えた最後の刺戟

         (十二月二十一日)




[真綿]



死を求むるは悲しけり

背から這い出す死神は

友の魂携えて

深き双眸我に向け

我を見ぬまま飛んでゆく

一人地面に足をつけ

歩む孤独な屍を

見て見ぬふりして飛んでゆく

         (十二月二十二日)



[シ]


竹すら白い冬の日に

貴方は逝った 独りきり

碧落の国は遠くとも

一人で迷わず歩み行く

 くしゃり

 くしゃり

と音立てて貴方の足跡

滲んでく

        (十二月二二日)



[紅梅色の鞄を提げて]


郵便屋は走る

白い竹の運河を越えて

深海の電話ボックスをつなげて

流星に微笑みの淡雪を投げかけて

小さな粒子が虹色の郵便屋の耳をすり抜ける

果実のように全てを清浄に染め上げてゆく

 あかく 紅く

風呂上がりの一組の足のように

炯々と氷の歌う寒天を

湯船のかえるがとろかしてゆく

まだ霜の降るポストへと

郵便屋は走ってゆく




[娑婆の幻想]


黒豆は黒いです

硬くて丸くてつやつやで

まるで碁盤のお目目です

骸の窪んだ目よりも暗い


小豆の煮汁は赤いです

間違えて浮世に染み出した

血の池地獄の怨言です

バラバラ割れた空の墜落に似ています


目の前を往く女の子の大きな口です

吐き出したのは浄土の経文でも

地獄の溶岩でもありません

ただのタバコの煙です

藤の花みたいなタバコの煙です



[雲の間に]


長生きとは本当に良いものでしょうか

長生きとは幸せなことなのでしょうか

あの人は一人です

たくさん人がいた中で

あの人だけは一人です

ただの一人だけです


あの人は雨を見つめます

ある時は出しすぎた煎茶のような暗い雨

またある時は虹より晴れた白い雨

ただただ黙ってみています

私はそれを見ています

ビニイルガサはフイルムです


あの人は笑っていましょうか

雪が溶け 命を食らう花弁で

泣いた記憶が隠れても

大海原の上に立つ真白の雲の隙間から

見えるこちらは雨ですか

生憎予報は快晴で

紅葉がちくちく降りました

積もる立花は光るから

ただあの人の形見です

ただ幸せの残高です

置いてきぼりの標識です

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詩・皸とコンビニ傘 矢野昴・飴也通重松 @10akam13fri

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