【KAC7】夢女子は努々夢を見ない

五三六P・二四三・渡

第1話

「もう、最高だよ! 『スペース☆バンパイア:ルイド・フォンスキー様のそいねボイス!  電気駆動バイオ羊工場見学編』 小遣いはたいて新作買ったかいがあった!」

「よかったね楓子ちゃん」

「よかったなんてレベルじゃないよ! 私は死ぬときにルイドさまのそいねボイスをかけながら死ぬ! もしA子の方が長生きしたら、葬式で流してね! 私の方が長生きしたら、A子の葬式で流すから!」

「それはやめてほしいな……」


 私は、下校途中、友人のA子に興奮気味で語っていた。

 線路沿いのこの時間この道を通る人は多く、大声を出している私達に注目していた。私はそれに気が付き、少し声を落とし自重した。しかし口をつぐみながらも、興奮がぶり返してくる。


「いや、でも本当によかったんだけど……」

「それは何度も聞いたから」A子は苦笑いをしていた「わたしも聞いてみようかな。声優さんは誰なの」

「ルイド様はルイド様だよ。しいて言うのならルイド・フォンスキー様が声優かな」

「うん?そういう設定なの?」

「設定じゃないよ! ルイド様はルイド様だよ! ルイド・フォンスキー、獅子座レグルス第三惑星に住むスペースバンパイアなの! 高貴な王子で一見孤独を好んでいるけど、実は、誰よりも寂しがりやでね。まあ何がいいっての脳内に直接響く、美声! いや私だって声だけで判断してるだけじゃなくて、内面が好きなんだけどね」

「よくわからないけど宇宙の吸血鬼ってことは、宇宙人なんだね」A子はそう言いながら背後を振り返った「つまりアレ関係?」

「そう、あれ関係」わたしも彼女の視線に倣った。


 A子の視線の先には、街中にそびえる巨大な塔があった。雲を突き破っる高さをしていて、あまりの巨大さに見慣れた景色だというのに足がすくんでしまう。

 群馬電波軌道エレベータータワー。

 それは悠々と存在していた。

 ご存じのとおり群馬県は、赤道上にある。つまり軌道エレベータを作ることが出来る場所だった。

 それに目を付けた日本政府は、群馬県に宇宙の玄関口として指定し、軌道エレベーター完成させた。軌道エレベータは同時に、電波塔としての役目を担っており、完成の一年後、何と文明を持った地球外生命との通信に成功したのだった。

 現在、未だにこの地球の地面に足を踏み下ろした地球外生命体はいない。が、宇宙人との情報の売買は行われており、それはサブカルチャーの分野にも及んだ。『スペース☆バンパイア:ルイド・フォンスキー様のそいねボイス!  電気駆動バイオ羊工場見学編』もそれらの一つで、限定100名に販売されていた。

 次の日、私は登校して早々パソコンを立ち上げた。急いでキーボードをたたき、小説の入力をする作業に入る。これは日々の日課としている、ルイド・フォンスキー様と私が、時に反発し、時に意気投合し、最終的に結婚する二次創作小説だ。 やがて授業の開始を知らせるチャイムが鳴り、先生が入ってくる。データを保存し、パソコンの電源を落とした。


「えー。今日は、皆様に新しい仲間が出来ます」


 そう言った小太りの中年男性の先生は、どこか顔が赤かった。

 風邪だろうか。

 先生の呼ぶ声とともに一人の男が、教室内に入ってくる。


「初めまして、地球人の皆さん」


 男は開口一番、そう切り出した。教室内がざわめく。

 ざわめきの理由は、彼の言葉の内容だけではない。

 彼の声は、この地球の誰の声より美しかった。


「私はは獅子座レグルス第三惑星レグサードから来た留学生としてきました。よろしくお願いします」


 突飛な内容にもかかわらず、彼の言葉には不思議と説得力があった。このような美しい声の持ち主が、地球にいるはずがないと。あまりの美しさに、教室内の女子だけじゃなく、男子も先生もメスの顔を晒していた。


「や、すごいかっこいい声の人だね。楓子ちゃん」


 隣の席のA子が小声で話しかけてきた。


「そうだね、ただ」


 ルイド様ほどではないけど……

 というか獅子座レグルス第三惑星? まさかルイド様と同郷の人なのだろうか。そもそも地球外生命体がこの地球に来てたというだけでなく、この学校に留学ってどういうこと?

 

「えー、この方はレグサードから来たバード・フォンスキー王子です。彼の星ではつい先月(地球時間)に量子揺らぎテレポーテーションの開発に成功しました。これにより、多くの地球外の方が極秘で地球までやってきていました。そして、つい先ほど、情報公開の禁が解放され、まずは交流のためと、王子がこの星の学校へと留学することになったのです」


 成程~そういうこと~先生ありがと~。

 では、開いている席があるのでそこに座ってください。と、先生が私の隣の席を指定してきた。バードはそれに倣う。

 バードが歩くと教室内の視線が彼に集まった。それらを気にせずバードは悠々と机の間を移動した。

 

「よろしく」


 私は近づいてきた、彼に向かって言った。


「あなた」バードは眉を顰める「私の声が効いてないですね。何者です」


 ええ……

 何者だって言われても。


「効いてないって、洗脳でもするつもりですかい」私は目を細め、おどけながら言った。

「いえ、失礼。そんなつもりはありません。ただね――」


 と、そこでバードは私の机にある、ルイド様のそいねボイスが入ったチップに目を向けた。


「こ、これは! ルイド・フォンスキー様のそいねボイス! まさか地球で聞いている人がいるとは……成程耐性が出来ていたのですね」

「おっ、やっぱりルイド様のことを知ってるんだ! もしかして親族の方?」

「ええ……確かに彼と私は親族です。あの方は私の――」


 バードは言っていいものかと、いったん悩む。

 しかしまあいいかと言う顔をした。

 

「曾祖父です」


 ◆ ◆ ◆


 へー曾祖父。曾祖父って何だっけ?あー、ひいおじいさん。お父さんのお父さんのお父さんね。と言うか、多夫多妻制なので妻も5人はいるって? そっかールイド様バード君のひいおじいさんなのかー。サインもらえないかなー。ちょっと待って地球からの、レグルスまでの距離ってどれくらいだっけ。ああ、79光年もあるの。んで今回宇宙で初めて、量子揺らぎテレポーテーションの実用化に成功したと。そりゃデータが届くまでに孫ぐらい生まれるよね。なんとなく5光年くらいかなって思ってた。本当は79光年ぐらい距離あるんじゃないかなって思ってたんだけど、わからないふりをしてた。いやいやいや。私だって推しの人が結婚したら祝福したいよ。剃刀を送りつけたりなんて絶対しないんだよ。でも多少のショックはやっぱり受けるよ。コーラを一気飲みしたらゲップが出るくらいの必然なんだよ。それが数人と結婚してて、さらに孫までいるって……

 いや、ひ孫って。

 はあ……死にたい。

 死のう。

 

 私はそんなことを考えながら上の空で授業を受けていた。

 やがて昼休みになる。昼食を一緒に食べようと言ってくるA子をかわし、屋上に行き、そのまま低い柵を乗り越え、一歩足を踏み出―― 


「何をやってるんですか!」


 何者かに腕をつかまれ、一本背負いのような形で策の内側へと投げ出された。

 

 痛い痛い痛い! 死ぬほど痛い!


 見ると、そこにいたのは、転校生バード・フォンスキーだった。


「何すんの!」

「それはこっちのセリフです! 何私の転校初日で自殺者出そうとしてるんですか!」


 わかってはいるが! わかるわけにはいかないんだよ!


「あんたに何がわかる! 私とルイド様が結ばれない宇宙なんて、滅びてしまえばいいんだ!」

「あなた、その言葉を聞かされたひ孫の気持ちがわかりますか……」


 想像してみる。

 うわあ、きっつ。

 なんか冷静になった。


「すみません。少々取り乱しました」

「わかればよろしい」バードはため息をついて、私を見下ろした「曾祖父の今現在の写真在りますが、見ますか」

「いやあ、見たくない。でもちょっと見たい。でも、やっぱいい」

「そうですか……」

「ルイド様は、お元気なんですか?」

「ええピンピンしてますよ」

「よかった」


 もし既に死んでるとか言われたら、立ち直れなかったかもしれない。

 するとなぜか、バードが私の顔をキョトンとしながらじっと見つめて、そのあと吹きだした。

 

「あなた面白い人ですね」

 

 現実で使われる『面白い人ですね』とか『個性的な人ですね』というのは『あなた変人ですね』をオブラートに包んだ言葉だと私は思っているが、まあここは甘んじて笑われていよう。


「曾祖父は我が星では声優としては過去の人となっています。聞いている人は、時代遅れ扱いされますね」

「何だと」

「ただあなたの思っている通り、私の声は曾祖父にはまだまだかないません。曾祖父は私の目標なんです。ですから、故郷から遠く離れたこの星で曾祖父のファンを見つけたことは」


 バードは少し照れくさそうな顔をした。


「少しうれしかったです」

「あなたの外見を初めて見た時は、『とんだナルシスト野郎が転校して来たぜ~』とか私は思ったりもしたんだけど、結構いい人なのかな」

「褒め言葉として受け取っておきましょう……」バードの顔は引きつっていた。「所でひ孫がいる歳だとあなたは知りましたが、曾祖父のファンはやめますか?」


 私は少し考えるが、その気持ちが全くないことに気が付く。


 私は首を横に振った「ううん。ファンはやめない。だってルイド様が好きだから」

「そうですか。おや、そろそろチャイムが鳴りますね。教室に戻りましょうか」

「ええ」


 今日、推しが結婚をしてるどころか、ひ孫がいることを知った。

 しかしショックは受けたが「好き」の気持ちは変わらなかった。

 79光年の距離を経て、私は彼のひ孫と合い、彼が元気でやっていると知った。

 実を言うと、それはとても素敵なことなのかもしれない。


「あの、バード君。じゃなくて王子様」私は空を見上げる。雲の隙間から日の光が漏れ出ていた。「もしよかったらでいいんですけど、そいねボイスと対になる目覚ましボイスがあるみたいなんですけど、最高の目覚めを体験できるって噂の。もし持ってたら譲ってほしいなーなんて」

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