夢の監獄
池田蕉陽
第1話 夢の監獄
両手に花とはこのことだろう。いや、四肢に花と表現すべきかもしれない。俺は城の一室にて四人の美女に囲まれていた。しかも全員水着姿という神的状況だ。
「
一人の美女が皿に盛られたチェリーを摘み、それを俺の口元まで運ぼうとする。俺は「あーん」と頬が緩むのを感じながら、それをパクリと口に入れた。
「琉俊さま。肩をお揉みしましょうか?」
次に別の美女が俺の後ろに回り込む。
「うむ。頼む」
豪華な椅子に座りながら俺は美女のマッサージを受ける。そしてまたチェリーを食べる。残り二人の美女には羽の扇子で扇いでもらっている。俺の目線はいつだって美女の谷間。
最高。その一言に尽きた。
俺はこんな日々をもう一年も過ごしている。いや五年か、いや十年か、いやそんなことはどうでもいい。時々何故か記憶が曖昧になるのだが、俺はそんなこと気にもしていなかった。
ただ、こんな日々がこれからも続いたらいいな、という願望しかなかった。
奥の扉が不意に開いたのは、俺が最後のチェリーを口に
俺や美女たちが一斉にそちらを向く。レッドカーペットを目で辿った先に両扉が手前に開かれていた。そこに一人の少女が毅然とした雰囲気を漂わせて立っている。少女といっても、十代後半だと顔立ちからして窺えた。
誰だ、そう俺が問おうとした時に少女に先手を打たれてしまった。
「いつの間に浮気者になっちゃったの。琉俊」
少女が俺の周りにいる美女たちを
「誰だ。それにどうして俺の名前を知っている」
俺は
「さすがに私のことは覚えていると思ってたんだけど……まさか忘れられてるなんてね」
「さっきから何を言っている」
最初に彼女が発した『浮気者』もそうだが、俺に対して何をいいたいのかさっぱり理解できないでいた。
「琉俊。これは夢よ」
「は?」
突然の彼女の意味不明な発言に、俺は素っ頓狂な声を出した。
「ここは夢の世界。あなたは長い間ずっとここにいるの」
夢の世界だと? 俺は首を傾げずにはいられなかった。
「意味がわからないな。夢なわけないだろ。これは現実だ」
「なら聞くけど、琉俊はどうして記憶が曖昧なの?」
えっ、と咽喉から声が漏れそうになる。俺は彼女の問いかけに虚をつかれてしまった。思い当たる節が俺にあったからだ。
俺が何も言い返せないでいると、さらに彼女が続ける。
「その顔を見るとやっぱりそうなのね。これで分かったでしょ? これが夢だってこと。夢だから記憶も不確かなの」
俄に信じ難かった。今まで現実だと思い込んでいたことが突然それが夢だと告げられたら誰だってそうなる。俺は困惑していた。これが夢かもしれないという思いが徐々に勝って来たからだ。
「じゃ、じゃあ君は誰なんだ。これが夢だとしたら、どうして君はここにいるんだ」
俺がそう聞くと、彼女が少しの間を作って口を開いた。
「私は宮月
それを聞いた途端、視界が真っ暗になった。比喩でも何でもない、本当にそうなったのだ。絶世の美女たちも消えて、暗闇の中に俺と彼女だけが取り残された。そして俺の頭の中では、ずっと『宮月 叶』という彼女の名前が
「夢の世界はあなたの感情によって左右される。この覆い尽くされた闇も、あなたの心の動きに変化があったから」
俺は頭痛を感じた。これが夢だとしたらそれはまやかしなのだろうが、それでも俺は痛みを感じた気がしたのだ。
俺が頭を抱えていると、彼女が傍まで寄ってくる。
「目を覚ますの」
彼女はそう言ってから、俺に顔を近づけてくる。俺は彼女のキスを拒もうとせずに受け止めた。
彼女とのキスの間、魔法をかけらたかのように俺の頭の中は空っぽになった。時間が止まっているような感覚に陥る。徐々に意識も朦朧としてきた。そして留めに入るように襲いかかってくる睡魔。
そのまま俺は夢の中で深い眠りについた。
重い瞼がゆっくりと開いていく。見慣れない白い天井が映っている。俺は何度か瞬きをしてそこを眺めていた。そこから時間が経つにつれて俺の思考もはっきりとしたものになっていく。
どうやら俺は眠っていたらしい。それも病院のベットで。
俺は上半身を起こそうとするが、思うように体が動かない。何度試してもそれは変わらなかった。俺は諦めて今度は首を動かそうとする。幸いにも首は動かすことが出来た。
俺は遅い動作で首を右へと捻る。すると、誰かが俺のベットに顔を埋めるようにして眠っている姿が見えた。背中を曲げるようにして寝ている。後頭部しか見えなかったが、俺はその人が誰だか一瞬で分かった。
「叶」
俺は彼女の名を呼んだ。だが、その声はひどく弱々しかった。
「叶」
俺はさっきよりも声量をあげて彼女の名を呼ぶ。それでもあまり変わらなかった。
俺がもう一度呼ぼうとした時、叶が「んー」と唸り声をあげた。そのまま彼女はゆっくりと頭を上げる。
俺は彼女の眠たそうな顔を見て、あれ? と思った。
叶の顔が少し大人びていたからだ。気のせいなんかでは無い。俺はいつも叶の顔を見てきたから分かる。
俺が不思議に思っている間、彼女も事の状況が理解できないようで重たそうな瞼を開けたり閉じたりしている。
そしてそれは徐々に見開いたものになっていく。口もあんぐりと開かれていた。唇を動かして何かを言おうとしているのが窺える。
そして彼女は言った。
「琉俊……?」
俺が目だけで返事をするや否や、叶の瞳に涙が溜まり始める。それを零すのと同時に彼女は横たわる俺に抱きついてきた。
「琉俊……琉俊……琉俊」
ひどく泣きじゃくりながら、叶は俺の耳元で俺の名を呼び続ける。
「やっと目が覚めたのね」
叶が俺の体から離れると、彼女は頬の涙を拭って言った。
「そうみたいだな」
「夢見たい。本当に。本当によかった。私ずっと待ってたんだよ」
再び彼女の目から涙が溢れ出てくる。
「俺は……どれくらいの間眠っていたんだ?」
俺は天井に目を移して叶に訊いた。
「十年。十年よ」
「十年もか……」
それでか、と俺は納得した。通りで叶が大人びているわけだ。あの時はまた高校生だったはずだ。
「琉俊、何があったか覚えてる?」
叶にそう聞かれ、俺は記憶を辿ってみる。眠っていたのですぐにそれは見つかると思っていたが、様々な何かが邪魔をして容易には辿り着けなかった。
美女にチェリー。なんでこんなものが。
俺は余計な思考を振り払い、もっと奥底の記憶を探る。そして見つけた。
「そうだ。俺は確か車に轢かれて」
記憶も蘇ってきた。目の前に大型トラックが映る光景が脳裏を過ぎった。
「あの時、本当に私、琉俊が死んじゃったのかと思って……」
叶が自分の顔を両手でで覆い隠す。そこから涙が零れていく。
「ごめんな」
俺は十年も彼女を待たせていたのか。普通なら俺を捨てるに違いない。それなのに彼女はずっと俺だけを見てくれていた。深い眠りにつく俺だけを。
「なあ叶」
呼ばれた彼女が顔から手を離し、俺を見下ろす。
「ありがとう」
俺がそれだけ伝えると、また彼女は泣き出すのであった。
夢の監獄 池田蕉陽 @haruya5370
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