無機質の瞳に映るもの

ハチの酢

本編

 ドンッ、と机を叩く音が響く。


「もう待ちきれないぞ!」

「はい!申し訳ありません!」


 彼、大凪岳おおなぎがくはひたすら頭を下げ続ける。目の前に立つ取引先の社長は頭から湯気が立ちそうなほど怒りに震えている。


「結果の出ないものをいつまでも待ち続けるほど私は気が長くないんだぞ!」

「はい!大変申し訳ありません!」

「こんなロボットなんぞにお金なんぞ割けるか!話は終わりだ!」

「必ず!必ず御社の利益になるようにいたしますので!お願い致します!」

「知らん知らん!帰るぞ!」


 お相手が椅子から立ち上がり、出て行こうとする。岳はその手をガシッと掴み、手を離さない。


「そこをなんとか!お願い致します!」

「しつこいんだよ!おい!」


 取引先の社長の周りにいたボディーガードに無理やり引き剥がされる彼。抵抗を続ける彼だが、相手の姿が見えなくなると手をだらんと垂らして地面に座り込む。


「また……ダメだったよ」


 彼は私に語りかける。彼の泣きそうな顔を見ても、私はなにも感じることはない。

 ーーなぜならロボットだから。

 私は人工知能と深層学習機能を搭載してある女性型のロボットだ。高齢化社会が続くこの世の中でこういったロボットたちが活躍する時代が来ると、彼は開発を始めた。

 しかし、この先の見えない開発に呆れ果てた出資会社から手を切られたのだそうだこれでもう3社目だそうだ。。彼は私がなにも理解していないと思って全てを喋ってくれる。


「大丈夫!君は僕の夢だ!君がこの国をより良い国にするんだよ!」


 彼は私にすがるように言う。いつまでも私も信じ続ける。こんな壊れたガラクタのようなものに人生を捧げている彼の気持ちは、私には理解できないのだが。


 ーーそれから1週間後。

 岳はいろんな方々に頭を下げ続けて、ようやく新たな出資先と交渉をする機会を得たのだ。


「午後3時に新しい出資先がここに来るんだ!頑張ってくれよ!ココミ!」


 私はゆっくりと首を縦に振る。その動作に彼は嬉々とした表情を浮かべる。

 まだ喋ることは到底できない。

 今の開発の段階ではそのような機能も備わっていない。

 頑張るとはどうすれば良いのか私にはわからない。



 数時間後



「どうもこんにちは。YH産業の多田です。こちらは高田です」

「よろしくお願いします」

「今回はわざわざご足労いただきありがとうございます。大凪岳おおなぎがくと申します。どうぞよろしくお願い致します」


 出資先の方がやってきて、岳と固い握手を交わす。こじんまりとしたテーブルを挟んで彼らの話は進んでいく。


「私たちはこのロボットを家庭の未来に携われるような家政婦型のロボットとして売り出そうとしています」

「おお!それはそれは!全くもって同じ考えです!是非お聞かせ願えますか?」


 彼らが目指すところも同じだったようで、岳と出資先は意気投合したようだった。彼の笑顔が私の視界に眩しく映る。

 本当に眩しくはないが。


「そこでロボットの点検のため、数日の間お貸しいただきたいのです。よろしいでしょうか?」

「はい!決まって悪いところはないと思われますが、それで大丈夫です!」

「ありがとうございます」


 彼らの不敵な笑みは私にしか見えなかった。

 そこで私は彼らの元に手渡された。


「良い子にするんだぞ」


 頭を撫でる彼に、私はゆっくりと頷く。

 トラックに乗せられ、運ばれて行く。

 遠くで彼が手を振る姿が機械でできたこの目に映る。


 暗い倉庫の中で私はトラックから運び出される。彼らのヒソヒソとした話し声が聞こえる。


「さあ、これでいいな」

「ああ」

「しっかし、あいつはバカだな。点検などあるわけないだろう」

「ククッ……本当だよ。こいつには軍用ロボットとして戦争で活躍してもらおうじゃないか」


 二人して笑いながら私の銀色に輝く身体をベタベタと触る。私はこれから解体されてしまうのだろうか。岳と過ごした少しの記憶もなくなってしまうのだろうか。


『君は僕の夢だ!君がこの国をより良い国にするんだよ!』


 彼の言葉が、数あるデータの中で私に産まれた意味を与えてくれた。

 私の感情が『嫌だ』という意思を示す。彼に助けを求めなくてはならない。

 私の意思で何かをしたことはこれが初めてかもしれない。

 彼に密かにメールを送る。


『が……う……げ……て』


 しっかりとした文章を書き出せない。やはりダメなロボットだ私は。


「さあ、解体に取り掛かるか」

「ああ」


 そうか……私は次に目覚めた時には殺戮兵器と様変わりしているのか。彼の夢を叶えられなかったなぁ。

 私の電源が切られる。徐々に意識が暗闇の中に放り出された。




















 視界が光に照らされ始める。眩しさでつい、手を顔の前に掲げる。

 私は自分の手が存在していることに驚く。


「お目覚めはどうだい?」


 声を辿って身体を後ろに回すと、岳がそこで笑っていた。

 私は驚きのあまり、開いた口が塞がらなかった。


「ごめんな。怖かっただろ?」

「ど……う……して……?」


 驚きを隠せない私。

 私は声を発することができるようになっていた。まだ馴染んでいないようだがしっかりと発声することはできる。

 体が新しくなっていることに気がついた。すると、彼が私の目を見つめて言った。


「君がメールをくれただろう?」

「え?」

「あれを見て、すぐに君の元に飛んで行ったんだよ。そしたら、解体なんかしてるもんだからちょっとやっつけてきた」


 ハハハと彼は大きな口を開けて笑う。

 私の目から何かが流れる。人間はこれを涙と呼んでいるはずだ。どこからこの液体が来ているかわからないが、この嬉しさは人間と同じものだろう。


「ちゃんとわかったよ」


 私の助けはしっかりと伝わっていた。


「あり……がとう。岳」


 私が言葉を絞り出すように伝えると、彼は満面の笑みを浮かべる。

 私も満面の笑みを作れているだろうか。


「おかえり。ココミ」


 私は彼の胸に勢いよく飛び込んだ。


「ただいま!」

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無機質の瞳に映るもの ハチの酢 @kasumiito

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