大江戸のリンドバーグ

余記

眠り姫の見る夢

湿った音と、ぶつかり合う肉の音が響く中、彼女は考えていた。

なんで私、こんな所にいるんだろう?


彼女の名前は、リンドバーグ。

もともと、お手伝いAIという、コンピュータプログラムのはずだったのに、なぜか体を持ってしまっていた。

そしてここは・・・周りの様子から、データを検索してみると「江戸時代」と出ている。

どういう事?


でも、今はそんな事を考えていられなかった。

目の前の情景・・・年若い二人の男が、なにやら事におよんでいるのである。


手で目を塞いで・・・それでも、やっぱり興味があるのか、目の隙間から目の前で繰り広げられる色事を覗き見てしまっている。



AI人工知能がささやいた。

これが、「尊い」という事なのだと。



なにかズレた理解の気はしたが、目の前の情景を見逃すまい、と、目の隙間から食いつき気味に眺める彼女なのであった。



Zizzizzi...



数刻ほど前の事である。


いつものように、創作活動にいそしんでいる、とある作家のサポートをしていた彼女リンドバーグ

先ほどまで、頼まれていた調べ物に対して答えていたら、いつのまにか反応が無くなっていた。


「ご主人さま?」

彼女は問いかけるが、反応は無し。

カメラより覗いてみると、あらら。幸せそうな顔をして、すやすやと居眠りしていたのです。


「ふふふ。ご主人さまったらお疲れになっちゃったのかしら?」

こんな時、体があったら、毛布を掛けてあげるのかな?と、同様の状況シチュエーションが書かれている作品を見つけて思う彼女。

「もし、体があったら、もっとご主人さまのサポートをしてあげられるのに。」



Zizzizzi...



ここ、どこかしら?

数瞬前まで、ご主人さまの寝顔を見ていただけのはずなのに、気づいたらお布団おふとんの敷いてある和室にいた。

よくよく思い起こすと、一瞬、ジジジ・・・というような音と共に、世界が歪むような揺れを感じたように思う。

あれは、なんだったのかしら?


そんな事を考えていると、

がらっ!

と、障子の開く音がした。


そちらの方を振り返ってみると、二人の男が入ってくる。


「こちらが、今晩用意した娘です。」

「ほほう。これはなかなか別嬪べっぴんではないか。」

「気に入っていただけてなによりです。では、ゆっくりお楽しみください。」

と、片方の男は早々に立ち去った。


なにかしら?この異様いような雰囲気。

下卑た笑いを浮かべる男を見て、彼女は体を固くする。


「これこれ。そんな緊張せずに・・・」

と、男が言いかけた時だった。



庭の方から声がする。



一つ、人の世生き血をすすり・・・

二つ、不埒ふらち悪行三昧あくぎょうざんまい・・・

三つ醜い浮き世の鬼を、退治たいじてくれよう





ホモから生まれたホモ太郎!



Zizzizzi...



「そんな!では、彼女が目覚める事は無いのですか?」

「落ち着きなさい。話によると、この状態でも治す手段はあると聞いている。」

「では・・・」

「うむ。すでに、話は通してある。もうじき着くはずだ。」



Zizzizzi...



「でも太郎さん、彼らに、あのような事をする必要あったのですか?」

事を終えて連れ出された彼女リンドバーグは、先ほどまで繰り広げられていた情景に思わず顔を赤くしながら、そんな事を聞く。

なんとなく、連れ立っている男・・・侍の格好をしている彼の肌は、ツヤツヤしている気がした。


「あぁ。お嬢さんは何も知らなかったのか。」

袖から出した手であごをさすりながら彼は言う。

「彼らは結託けったくして、悪事を働いていたんだよ。領地の農民たちが犠牲ぎせいになっていてね。」

絵に描いたような、商人と悪代官の図である。

「まぁ、キツく仕置しおきしておいたから・・・座る度に思い出すだろうさ。」

と、ニヤリと笑う。


「で、ついでに家まで送って行ってあげよう。どこに住んでいるんだい?」

「それなんですけど・・・実は、わたし、家があるのかも分からないんです。」



Zizzizzi...



「なるほど。これが今回の眠り姫、という訳だね。」

着いて早々、少年はたずねる。

「分かるのかい?」

「僕のこの左目で見ると、そこのパソコンに物語が封印されているのが見えるんだ。」



先日に発売された、お手伝いAIのリンドバーグ。

発売当初から、その機能と性格から好評を博していたのだが、重大な不具合がある、という噂が広がり回収騒ぎが起こっていた。

突然、固まって反応しなくなってしまう事があるらしい。


だが、その状態を解析した結果、ただ固まっているだけでは無い事が今では分かっている。

あたかも、人が夢を見ている時のような状態になってしまうようなのだ。


そして、治療法は、とある偶然から見つかった。



詠目ヨメ」と言われる能力を持った少年がいる。

彼に、その能力で、夢を象っている物語を取り出してもらうのだ。



***



「よっと。かなりヘビィな夢だったみたいだけど、うまく取り出せたよ。」

少年の手に収まる、一冊のノート。

そして・・・


「あれ?・・・私・・・元に戻ったのかしら?」

パソコンから響く、AI《リンドバーグ》の声。


「おはよう、眠り姫ちゃん。キミは、物語に取り憑かれて、今まで夢を見ていたんだよ。」

そう、声をかける少年カタリ

「それにしても、夢を取り出す時にも感じたんだけど、ずいぶん、変な夢を見ていたみたいだね。」

と、手に持ったノートを示しながら話す。


「え?そのノートは?」

「キミの見ていたものがたりを記録してあるんだよ。」



と、彼女リンドバーグは、先ほど食いつき気味に見ていた情景を思い出して、思わず顔を赤くする。



「そ・・・それ、読まないでください!」

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