時の果てに、勇者は目覚める

告井 凪

時の果てに、勇者は目覚める


「これで終わりだ! 魔王!」

「我を……ここまで追い詰めるか、勇者よ!」


 世界を魔王の手から救うために。俺は勇者として戦い続けてきた。

 だが、その冒険もこれで終わりだ。

 あと一撃、この剣を振り下ろせば、魔王を倒せる。

 世界に平和が訪れる。

 長かった。辛かった。魔王との戦いに、終止符を打つ。


「うおおおおぉぉぉぉぉ!!」

「最早、これまでかっ……! 勇者よ、我が目を見よ!」

「――――っ!!」


 これで終わり。一瞬の気の緩みがあったのかもしれない。

 俺は魔王のその目を、金色に輝く妖艶な瞳を見てしまった。


 そして次の瞬間。

 俺の身体はピクリとも動かなくなった。


 眼前の魔王も同じだった。

 瞳を大きく開いたまま――身体が、石になっている。


 魔王の邪眼。

 その目を見た者は、石化してしまうという恐ろしい呪い。

 俺は女神の加護を受け、石化を無効にすることができていた。

 しかし魔王は、自らも犠牲にし、加護を打ち破る呪いをかけたのだ。


(だが……これで、終わりだ)


 俺は石になってしまったが、魔王も動くことはできない。


 世界は魔王の手から救われたのだ。




「この呪いは、魔王本人にしか解くことができません……」

「そ、そんな!」

「ざけんな、魔王だって石化してんじゃねーか!」

「ええ。ですから……この呪いを解くことは、もう誰にもできないのです」


 仲間たちの声が聞こえる。

 石像を囲んで話しているようだ。


 そうか、呪いは解けないのか。


 だが、魔王は醒めることのない眠りについたと知ることができた。

 これなら俺も、安心して眠りにつくことができる。


「うぅ……どうして勇者が犠牲にならなきゃいけなかったの……っ」

「……くそっ!」


 犠牲。自身の油断が招いた結果ではあるが……仲間たちを悲しませたことは、悔いが残る、な……。




 それからどれだけの時間が流れただろうか。

 勇者と魔王の石像は動かす事ができず、最初の何年かは度々人が訪れていた。

 世界を救った勇者を一目見ようとする人たちだ。

 だが……いつしかそれも減っていき、ついには誰もこなくなる。

 魔王の城だった建物も崩れかけ、危険な場所と言われ人が近付かなくなったのだ。


 それでも時間は流れ、ついに転機が訪れた。


 目の前の魔王の石像が、破壊された。


 理由はわからなかった。だが、


「我が一族の指命、邪神像の破壊。ようやく、果たすことができました」


 そんなことを言っていた。


 勇者は一人になった。

 長年睨み合っていた魔王がいなくなると、不思議なもので、寂しく思う。




 さらに時間が過ぎていった。

 ここで、とんでもないことが起きた。


 移動させることができないと言われた勇者の石像が、動かすことができたのだ。


 今までは、単純に重さの問題で運搬を諦めていたようだ。

 搬送技術の発展で、可能になったのだ。


 輸送手段は馬車だったが、驚くほど振動が少ない。これなら石像が壊れてしまうこともないのだろう。


 久々に見た外の世界は、随分と様変わりしていた。

 城のような大きな建物が建ち並び、人々の服装も随分と軽装だ。

 そしてなにより、剣を携えている者がいない。

 会話から察するに、剣は銃という小さな筒に取った変わられたらしい。

 あれがどういう武器なのかはわからなかったが、剣よりも強いようには見えなかった。



 石像が運ばれた場所は、公園と呼ばれる広場の一角だった。

 どうやらここに飾るために持ち込まれたらしい。

 台座の上に置かれ、辺りを一望することができる。魔王城跡とは比べものにならない素晴らしい場所だ。



 それからはまた、ゆったりとした時間が流れていった。


 公園と呼ばれるこの場所は、街の人々の憩いの場らしい。

 子供たちが元気よく遊び、恋人たちが愛を語らい、老夫婦が静かに時間を過ごす。


 ああ、この場所に運ばれてよかった。

 世界が平和な様子を眺めることができるこの場所に。




 いつ頃か、石像の足下に小さな一輪の花が置かれるようになった。

 置いてくれるのは、幼い少女だ。

 金色の髪のその子は、毎日のように見付けた花を足下に置いていく。

 理由はわからなかった。いや、理由はないのだろう。

 少女にとっては、それはそういう習慣、遊びなのだ。

 石像に花をお供えして、お祈りをする。すると笑顔になって、友だちの輪に戻っていく。

 本当に、幸せで溢れた平和な世界になったのだな。


 しかしそんな幸せな時間は、いつまでも続かなかった。



 ある日のことだ。

 雨が降っていた。それでも少女は、傘と呼ばれる雨具を持って、花を添えにやってきた。

 雨のせいで公園にはほとんど人がいないが――少女の後ろに、二人の男が立っていた。


 ――危険だ。


 石像になって長いが、勇者としての勘は衰えていないらしい。

 この二人の男が、少女に危害を加えようとしているのがわかる。


 いけない、逃げろ――。


 叫びたくとも、声が出ることはない。


 男の一人が、少女の肩に手を掛ける。

 少女はビクッと驚いて振り返り、男の存在に気付いて震え出す。


 何故、この平和な世界でこんなことが起きる?

 何故、少女の危機に、勇者は動くことができないのだ?


 魔王の邪眼。こんなものを見せるための呪いだというのか? だとしたら――。


「いやぁ! 助けて!」


 少女が逃げようとして転び、石像の足下に抱きついた。


(っ!? これは――)


 足下に感じる、暖かい感触。

 それがじわじわと、全体に広がっていく。


(――俺は――!)


 石の中で、生気が巡っていくのがわかる。

 足が、腕が、感覚を取り戻していく。

 意識が目覚める。石化の呪いが、解けていく。


 だが――!


 だからこそわかる。俺の身体はとうに朽ち果てていると。

 石の中に残っているのは、俺の意識だけなのだ。


(それで、十分だ!)


 俺は石になった身体を動かす。腕を振り上げる。

 今になって気付いたが、持っていた剣はすでに半分無くなっていた。それどころか髪や指も、所々が欠けていた。


(構わない!)


 ゴキッ!


 少女に手をかけようとしていた男の頭に、折れた左腕が落ちる。

 驚いて逃げようとするもう一人の顔面に、折れた剣が右手から飛び出して直撃する。

 二人ともその一撃で気を失ったようだ。


(これでいい。ここに運ばれ、少女を助ける。それが俺の運命だったのだな)


 石の身体が、崩れていく。頭が落ち、右腕が落ち、胴が落ち、砕け、粉々になっていく。

 少女の身体を避けるように崩れ、足が砂の如く細かくなると、俺はいよいよ精神だけの存在となった。


(そうだ、少女は無事か?)


 呆然と宙を見上げ、涙を流す少女。


「ありが……とう……。ごめんなさい」


 その瞳は――あぁ、決して忘れることのない――とても美しい金色だった。


(……そうか、そういうことか。俺の石化の呪いが解けたのは、この少女が――)


 すでに身体は失っていたが、俺は首を横に振る。


(俺は、一人の少女を救った。それだけだ)



 これが、俺の勇者としての最後だ。

 この瞬間に目覚めることができたこと、誇りに思おう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

時の果てに、勇者は目覚める 告井 凪 @nagi_schier

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ