15・猫天国ですね

 クレア



 私は古城の外で待っていたラーズさまと一緒に、猫を一匹ずつ外に運び、やがて猫たちはマタタビの酔いから覚めていった。

 三匹の猫たちが話をしている。

「危ないところだったぜ」

「ほんと、油断大敵ね」

「なんだか まだフラフラするよー」

 そして集まった野良猫たちもお互いの無事を確かめあっていた。

 私はふと良いことを思いついた。

「そうだ、アイリーンさん。この子たちに猫缶を御馳走してはいかがでしょう」

「え? 猫缶ですか?」

「ええ、助けていただいたお礼に、みんなに猫缶を御馳走するのです」

 野良猫のボスが寄ってきて、

「前から気になってたんだが、猫缶ってなんだ? 人間と一緒に住んでるやつがよくその言葉を口にするが、俺たちが缶の中に入るのか?」

「違いますよ。猫専用のご飯です。美味しいそうですよ」

 ミケが野良猫のボスに、

「とっても美味しんだよ。きっと気に入るよ」

 野良猫のボスは美味しいと聞いて まんざらでもなさそうに、

「まあ、そこまで言うなら食べてやらん事もない」

 興味を持ったようだ。

「アイリーンさん、みんなも食べてみたいって言ってますし、ここは一つ」

 アイリーンさんはなぜかみんなの言っている事が理解し辛いようだったけど、

「猫さんたちが猫缶を食べたいと言っているのですか? 分かりました。主人に言って、全員分 用意させましょう」

 ミケがはしゃぎ始める。

「わーい! 猫缶! 猫缶!」



 ノートン子爵の館の庭にて、百匹を超す猫たちに猫缶が振る舞われていた。

「狩りの後の食事は最高だぜ」

「猫缶ってこんなに美味いのか。俺、人間と一緒に住もうかな」

「俺も人間と一緒に住みたくなってきた」

 猫缶は野良猫たちに好評のようだった。

 ハードウィックさまが、猫たちが食事をしているのを眺めながら、

「ここまで集まると絶景だな」

「さしずめ、猫天国ですね」

 と私。

 猫たちが墓所から館に来るまでも、街の人たちの注目を集めていた。

 百匹と三匹の猫が早朝の街の大通りを行進しているのだから無理はない。

 これが前世だったら、間違いなくみんなスマホとかで写真や動画をネットにアップしていた。



 ハードウィックさまといつも一緒のホームズさまは、まだ衛兵所から戻ってきていない。

 アイリーンさんを救出したことを、館の使用人が衛兵所に連絡しに行ったところだ。

 館に戻ってくるのは、あと一刻くらいしてからだろう。

 ちなみに、ホームズさまは今でも黒歴史を築き続けているそうだ。

 うぷぷぷ。

 十年後にからかうのが楽しみだ。



 野良猫のボスが、猫缶を食べ終えると、クロの所へ。

「クロ野郎。今回は吸血鬼が相手だったから手を貸した。だが、テメェとはいずれ決着を付けるのを忘れるな」

「ふん。なんなら、今ここで決着を付けてやってもいいんだぜ」

 私は二人の間に入り、

「コラ! ケンカしちゃだめですよ!」

 するとクロが、

「喧嘩じゃない。女をかけた男と男の決闘だ」

「え? 女って? ……おお! シロを巡っての三角関係! いいですねー、そういうの」

 クロが怪訝に、

「クレアはそういうのは好きじゃないと思ってたんだがな」

「それは前の話です。今の私はー……えへへへー」

 私はラーズさまの腕をとる。

 シロが微笑ましそうに、

「へえ、あれからいったい何があったのかしら?」

「色々とあったのですよ」



 ハードウィックさまがラーズさまに質問する。

「ところで、クレア君はどうやって猫と会話をしているんだい?」

 なにをよくわからない事を聞いているのだろう。

「いや、俺たちにも分からない。クレアは話ができる事を当然だと思っているようなのだが」

 ラーズさまもなにを言っているんだろう?

 まあ、いいか。

 私は誰ともなく、

「それにしても、あの吸血鬼の目的って一体何だったんでしょうね?」

 ラーズさまが興味なさそうに、

「さあな。まあ、どうでもいいじゃないか。退治したのだし」

「そうですね」

 ハードウィックさまが、

「ところで、以前 君たちがコルトガ共和国の吸血鬼を倒して手に入れたという、完全回復薬の調合法を記した手帳だが、あれはどうしたんだい?」

「燃やして処分しました。完全回復薬の事以外は、吸血鬼に関係する事ばかりで、危険だったので」

「……そうか。今回の吸血鬼は無駄骨を折ったというわけか」

「なんのことですか?」

「いや、なんでもない」

 答えを濁すハードウィックさまの足下で、

「ウミャウミャウミャ」

 ミケが一心不乱に猫缶に貪りついていた。



   終



 ジョン・ハードウィック



「こうして、猫たちによって街は吸血鬼から救われたんだ」

 僕は語り終え、子供たちの反応を待った。

 しかし子供たちは、あまり楽しそうではなかった。

「どうしたんだい? 面白くなかったかな?」

 子供たちはなんともいえない曖昧な表情で、

「その、すごく面白かったよ」

「とても楽しかったよ。お父さん」

 だが面白そうでも楽しそうでもない反応。

 どういうことだろう?

 子供たちが喜ぶ話のはずなのに。

 僕の感性が子供たちとずれてしまっているのかな。

 子供たちはなんだか言いにくそうに、

「お父さん。お話はすごく良かったんだけど、その……」

「女吸血鬼は後ろを見なかったから倒されたんだよね」

「そうだよ」

 それがどうしたのだろう?

 確かに僕も、クレア君からその話を聞いたときは、間の抜けた話だと思ったが。

「じゃあ、お父さんも後ろを見た方が良いんじゃないかな」

「後ろを見た方が良いと思うよ。お父さん」

 後ろ?

 ……後ろ。

 子供たちの視線が僕の後ろに向いていた。

 嫌な予感がした。

 僕は恐る恐る後ろを振り向くと、そこには、

「あなた!」

 鬼の形相をした妻がいた。

「子供たちになんて話をしているのですか! 過激な話は止めてくださいと言ったでしょう!」

 僕は慌てて、

「ち、違うんだ。ちょっと、子供たちが、眠る前にだね、その、お話をと……」

 その子供たちは、

「「お父さん、お母さん、おやすみなさーい」」

 寝室へ行ってしまった。

 そして妻は、普段は愛らしい猫のようなのに、今は獲物を前にした獰猛な虎のような形相で僕に迫った。

「さあ、あなた。今度は私とじっくりお話をしましょうか」



 今度こそ終

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