番外編

カスティエルの悩み

 我が輩の名はクキエル。

 天使の一人である。

 相棒のカスティエルと共に、神々からの使命を遂行する日々を送っている。

 そんな ある日のこと、カスティエルが悩みがあるので話を聞いて欲しいと、沈痛な顔で言ってきた。



「クキエル。僕はね、年下の女の子に、お兄さんって呼ばれるのが好きなんだ」

 それは知っている。

 なにをいまさら。

「でもね、年下の女の子は、みんな僕のことをお兄さんって呼んでくれないんだ」

 呼んでもらえたことはあるではないか。

「初めのうちはね。だけど、しばらくするとお兄さんって呼んでもらえなくなるんだ」

 嫌われるようなことでもしたからではないか?

「うん。その自覚はある」

 あるのか?

 いや、自覚とかという以前に、嫌われることをしたのかという意味だが。

「例えば、悪役令嬢のクレア君」

 あれは仕方なかろう。

 ああしなければ世界が破滅するかもしれなかったのだ。

「でも、嫌われたじゃないか」

 まあ、嫌われたな。

 というか、ものすごい怒っていたな。

 怒りを押し殺した顔というのは、逆に怖いと思った。

「でもクキは嫌われなかった」

 そうなのか?

 普通に考えて嫌われたと思うのだが。

「いや、クキは嫌われなかったんだ」

 なぜだ?

「猫だから」

 我が輩は厳密には猫ではないのだが。

「似たようなものじゃないか。姿形が一緒だし、モフモフしたくなるし」

 おまえ我が輩をモフモフしたいのか?

「したい」

 なにやら思い悩んでおるようだし、ここは我が輩の気品溢れる純白の体毛をモフモフさせてやろう。

 では特別に許可する。

 思う存分モフモフするがよい。

「じゃあそうさせてもらうね」



 そして十分間、カスティエルにモフモフされた。



「アマラも小さい頃は僕のことをお兄さんって呼んでくれたんだ」

 うむ、あの頃のアマラは可愛らしかった。

 おまえを本当の兄のように慕っておったしな。

「でも、ある日を境に、お兄さんって呼んでくれなくなった」

 そう言えば、突然 呼び捨てにして、態度も変わったな。

 なにか原因に心当たりでもあるのか?

「多分、ファーストキスはみんなお兄さんとするんだよって大嘘ついて、アマラのファーストキスを手に入れたのが原因じゃないかと」

 おまえ、帝候補にそんなことしたのか?

「他の男にファーストキスを渡すのは許せなかったから。

 アマラのファーストキス、素敵だった。

 ポッ」

 というかそれはロリコンではないのか?

「僕も若かったからセーフだよ」

 年齢的に問題ない、のか?

 いや、やっぱりダメだろう。

 若いと言っても天使の基準で、人間やエルフの基準では成人しているからアウトだ。

「ダメかな?」

 ダメだ。

 お兄さんと呼んでもらえなくなって当たり前だ。

 思い出せば、アマラはあの頃から婿の候補を探し始めてたな。

「シクシク。アマラの結婚のことを思い出しちゃったよ。

 アマラは どうして あんな 冴えない へたれた男と結婚したりしたんだ?」

 あの者と結婚した理由は、料理が美味しいからだそうだ。

 あと、掃除洗濯も手際が良くて上手だとか。

 つまり、婿にするのには理想だったとか。

 自分と結婚したら、家庭に入って専業主夫をしてもらうつもりだと言っていたぞ。

「それはヒモって言うんだよ。どうしてそんな情けない男を婿に迎えたりしたんだ」

 家事のできない男は現代ではマイナスだぞ。

 おまえ、料理も掃除洗濯も、家事はなにもできないだろう。

 女としては、アレだ、ダメ亭主になりそうで、嫌なんじゃないか。

「そんなのメイドとかにやらせれば良いじゃないか」

 アマラはああ見えて倹約家だからな。

 国のトップなのだから、金にはうるさいのだろう。

「しくしく。アマラのほっぺたの感触が懐かしい」

 わかった わかった。

 ほれ、肉球。

「ああ、このプニプニ感。アマラのほっぺたと同じ感触だ」



 カスティエルは十分間、肉球をプニプニし続けた。



「というわけで、僕は長期有給休暇を取って旅に出ようと思うんだ」

 なにが、というわけで、なのかサッパリわからん。

「僕の永遠の妹になってくれる女の子を探す旅だよ。

 他の男と結婚したりせずに、僕と結婚して一生 僕のことをお兄さんと呼んでくれる、可愛い女の子を探す旅に」

 まあ、頑張れ。

「クキも来るんだよ」

 待て。

 当然のように我が輩を誘っているが、行くつもりは全くないぞ。

「もう上司にクキの長期有給休暇申請書を渡してきたよ」

 おまえ!

 なにを勝手なことを!

「さあ、クキ。共に旅立とう。

 永遠にお兄さんと呼んでくれる女の子を見つける旅へ」

 だから行くつもりはないと言っとるだろうが!



 カスティエルとクキエルがそんな話をしていた頃。

 二人の上司は、

「あの二人の休暇か。

 却下」



 おしまい。

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