14・いいってことよ

 クロ



「お、おのれぇ! こんな猫どもなど焼き払ってくれる!」

 吸血鬼が魔法を使おうとしたが、

音声遮断サイレント!」

 クレアが魔法を封じる。

 そして吸血鬼の身体を無数の野良猫が爪で引っ掻く。

「うわぁあああああ!」

 悲鳴を上げる吸血鬼。

 一匹が引っ掻き攻撃の一撃を加えてはすぐに離脱し、他の方向から別の猫が攻撃を仕掛け、吸血鬼の対応が追い付かない速度と手数。

 吸血鬼は一方的になすがままだ。

「クロ、私たちも」

「ああ、シロ、ミケ。行くぞ!」

 俺たちも攻撃に加わる。

 ランクAの吸血鬼といえど、これだけの猫の攻撃に、ついに傷から灰になりはじめた。

 だが、まだだ。

 とどめとなる強力な一撃が必要だ。

「奴の動きを封じろ! 喉元を狙う!」

 ランクAの吸血鬼でも、喉元を噛みちぎられてはただでは済まないだろう。

 シロが右腕に跳びかかり、爪と牙を突き立てる。

「グァアアア!」

 野良猫のボスと、その太鼓持ちが、両足に。

「ギャアアア!」

 そして俺だ。

 正面から奴の喉元へ跳躍する。

「来るなぁあああ!」

 やつは左腕を振るい俺を弾こうとした。

 だが、それは俺の狙い通り。

 やつの振るった左腕に、俺は爪と牙を突き立てる。

「ガギャアアア!」

 これで動きを封じた。

 最後のとどめは若き狩人だ!

「やれ! ミケ!」

 三色の毛並みの若い狩人は、吸血鬼の喉元に喰らいついた。

「ゴベエエエ!」

 ミケは牙を根元まで突き刺し、そして肉を咬み千切る。

「ッ!ッ!ッ!ッ!ッ!ッ!ッ!ッ!ッ!ッ!」

 吸血鬼は痙攣しながら喉から血を噴出し、そして灰になって行った。

 完全な灰に。

 残ったのは、俺たち百匹以上の猫の攻撃で、ズタズタになった衣服だけ。

 吸血鬼を倒した。

 俺たちは、吸血鬼の親玉を、完全に滅ぼしたのだ。



 野良猫のボスが俺の側に来た。

 ミケに目を向けて、

「まだ子供だが、立派な狩人だ」

「当然だ。俺の弟分だからな」

 俺は自分の事の様に誇らしかった。

 クレアがアイリーンの所へ。

「大丈夫ですか? 咬まれていませんか?」

「大丈夫、咬まれていないわ。クレアさん、ありがとう。また 助けていただけるなんて、なんとお礼を言ったら」

「いいえ、助けたのは私ではありません。この子たちです」

 と 俺たちを示した。

「そうね。この子たちが助けてくれたのよね。みんな、ありがとう」

 感謝の言葉を告げるアイリーンに俺はクールに返す。

「いいってことよ」

 シロが安堵したように、

「無事でよかったわ」

 ミケがアイリーンに甘えて体をすりよせる。

「えへへへ、アイリーンお姉さん」

 まあ、なにはともあれ、一件落着だ。

 俺はそう思った。

 間違いだった。

 狩人たる俺が、目の前の敵だけを倒したことで、油断してしまった。

 空気中に何とも言えない芳しい匂いが漂ってきたのだ。

 同時に、頭も体もふわふわと宙に浮いているような、蕩けるような感覚に支配され始める。

「こ、これは?!」

 マタタビ!




 クレア



 私の周囲の猫たちの様子が、急におかしくなり始めた。

 まるで、泥酔しているかのように涎を垂らして倒れ、身体を地面にこすりつけたりしてくねらせている。

「これって、まさか マタタビ!?」

「その通りさ!」

 窓の所にいたのは、倒したと思っていた、頬まで裂けた口からサメの様な牙をむき出しにした、女吸血鬼。

「死んでなかったの!?」

「私がそう簡単にやられるとでも思ったのかい!」

 女吸血鬼は手に持っている大きな瓶から、なにかの液体を猫たちに撒き散らした。

 私にも少し降りかかり、それを指で確かめる。

「これ……油!」

「そうさ! 少しでも動いてみな! 火を付けるよ!」

 そして女吸血鬼はマッチを取り出した。

 まずい。

 私とアイリーンさんだけなら まだなんとか逃げられるけど、マタタビで酔っぱらってしまった猫たちが火だるまになる事は避けられない。

 これでは下手に動けない。

 女吸血鬼は、吸血鬼の親玉が着ていたボロボロになった服を見ると、一瞬 悲痛な表情を見せ、次に私たちに憤怒の目を向けた。

「よくもヴォルディング様を殺したな! 私の愛しいヴォルディング様を!

 私は不死の女王となり、不死の王となったヴォルディング様の妃となるはずだったのだ!

 それを貴様らに! 貴様ら猫どもに!」

 女吸血鬼の憤怒の様子に、背後から怒りの光が差しているかのような気がした。

「ヴォルディング様! 見ていてください! 私が貴方の仇を討ちます! 貴方の仇を討ち、私が貴方の代わりに不死の王となり、貴方の意思を継いで、猫を根絶やしにしてみせます!」

 あれ?

 怒りの光が差しているようなって言うか、本当に光が見えてるような。

「先ずは貴様らからだ! 貴様らをどうしてくれよう?! このまま火あぶりにしてやろうか!? それともぐつぐつに煮えたぎった大鍋に生きたまま入れてやろうか!?」

 あれって夜明けの光?

 全然 気付いていない女吸血鬼に私は、

「あの、後ろを見た方がよろしいのではありませんか」

 女吸血鬼はまったく聞いていないようで、

「そうだ、良い事を思いついたぞ! 貴様らの四肢を切り落としネズミの群れの中に放り込んでやろう! 貴様らが獲物としているネズミに生きたまま食われる! ハハハハハ! この上ない屈辱だろう! 苦痛だろう!

 だが! 私がヴォルディング様を失った苦痛の億分の一にもならぬ!」

「あ、後ろから太陽が」

「どちらにせよ貴様らは楽には死なせない! 貴様らは死を懇願するだろう!」

「えーと、朝日が綺麗ですね」

「だが貴様らに待っているのは死ぬことされ許されない生き地獄だ!」

「私の話、聞いてます?」

「さっきからなによ!?」

 その瞬間。

「え?」

 女吸血鬼は太陽の光で灰になった。



「人の話を聞かないから」

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