6・我らヴォルディング三人衆!!!

 クロ


 俺はミケと一緒に、ネズミやゴキブリが出没していないか、館の見回りをしていた。

 俺にはいまだに理由が理解できないのだが、人間はネズミやゴキブリを恐れ、それを狩ると報酬に猫缶を開けてくれるのだ。

 最近、俺は猫缶を食べていない。

 ミケは今日、ネズミを狩った報酬に、夕食で猫缶を食べる事ができたが、俺はいつもの肉を乾燥させたカリカリとした歯応えの食事だった。

 当然だ。

 ミケの報酬はミケの物で、俺の物ではない。

 人の報酬を横取りするわけにはいかない。

 狩人たる者、自分で獲物を狩り、報酬を貰わなければ。

 だが、獲物がそう都合よく出てくるわけではなく、どうやら今日は諦めるしかないようだと思い始めた時だった。

 不意に、ネズミやゴキブリ以外の臭いが漂ってきた。

 俺たちは猫は、犬ほどではないが、人間より遥かに嗅覚が鋭い。

 そして この臭いは、俺たちがこの世に誕生した瞬間から背負っている宿命に定められた、狩るべき獲物の臭い。

 吸血鬼だ。

 俺たち猫は吸血鬼を狩るのが宿命だ。

「ミケ」

「うん。吸血鬼だね」

 この臭いは館の外からだ。

「よし。いいか、おまえは館にいろ。俺が外に出て狩ってくる」

「そんな! 僕も行くよ!」

「ダメだ。臭いは外からなのに、この濃さ。近くに吸血鬼が十匹はいるだろう。館にも来るかもしれない。おまえは館に残って人間たちを守るんだ」

 ミケは少し不満そうだったが、

「わかったよ、クロお兄さん」




 ミケ



 僕はクロお兄さんが窓から館を出るのを確認してから、見回りを再開した。

 でも、今度は探しているのはネズミやゴキブリじゃない。

 吸血鬼だ。

 今の所、館に吸血鬼の臭いはしない。

 でも僕は猫だ。

 高貴なる狩人の一人。

 クロお兄さんやシロお姉さんに比べれば まだまだ半人前だけど、生来の狩人の能力が備わっている。

 その能力の一つに聴力がある。

 僕たち猫は音に敏感だ。

 ゴドフリーお兄さんの書斎で、なにかの音がしているのを、僕の耳が聞き取った。

 そして今、書斎から聞こえる音は、ゴドフリーお兄さんがいつもたてる音とは違う音だ。

 僕は書斎のノブに飛びついて扉を少しだけ開けた。

 足音を消す効果のある肉球のおかげで音は立てなかった。

 少しだけ開いた扉の隙間から、ものすごい嫌な臭いがした。

 吸血鬼の臭いじゃない。

 ミカンやレモンなどの柑橘系の臭いに、玉ねぎの臭いまでする。

 人間は好きだそうだけど、僕たち猫にとって これらは悪臭だ。

 鼻が曲がりそうなのを堪えて様子を窺うと、四人の何者かが書斎を荒らしている。

 女吸血鬼が一人。

 肌を多く露出した衣服を来て、腰に二つの大きな扇子をぶら下げている。

 他には男の吸血鬼が三人。

 冒険者とかが装備するような、全身を覆う鎖帷子を着て、顔には鉄仮面。背中に二本の反りの入った剣を装備している。

 書斎の奥の窓が開いたままになっている。

 あそこから侵入したのか。

 女吸血鬼が三人の吸血鬼の頭を扇子で順番に叩くと、

「早く見つけるんだよ! 三バカトリオ! 早くしないと猫が戻ってきちまうだろ!」

「「「アラメーダさま。我らは三バカトリオではありません」」」

 そして同じ装備をした三人がそれぞれポーズをとって、

「エブラシュ!」

「クレイシュ!」

「ガミルシュ!」

「「「我らヴォルディング三人衆!!!」」」

 女吸血鬼は また扇子で三人の吸血鬼の頭を叩いた。

「あんたたちの名前なんかどうでもいいんだよ! それよりさっさと手帳をお探し! 近所の人間を吸血鬼にして囮にしたが、全員 下位吸血鬼にしかならなかったし、臭いを誤魔化していられる時間も短いんだ!」

 臭い。

 この悪臭で僕の鼻を誤魔化そうとしたのか。

 でも、もう見つけたよ。

「ヴゥゥゥー」

 唸り声を上げて僕は書斎に入り、四人の吸血鬼を威嚇する。

「ちいっ、見つかっちまったじゃないか」

 忌々しげな女吸血鬼。

「アラメーダさま、ここは我らにお任せを」

「確かに猫は我ら吸血鬼の天敵。しかし、我らの装備ならば問題ありません」

「それに我らは、連携すればランクBに匹敵する」

 三バカトリオとか呼ばれている三人の装備は、全身を覆う鎖帷子に鉄仮面。

 露出しているのは後頭部だけ。

 その一点を狙うのは、僕だけでは難しいかもしれない。

 でも、殺るよ。

 僕は猫だ。

 猫は吸血鬼を狩るのが宿命だ。

 その宿命を喜びとしているんだ。

 三人の吸血鬼は、背中に装備していた二本の反りの入った剣を抜き、声を上げる。

「エブラシュ!」

「クレイシュ!」

「ガミルシュ!」

「「「トライアングル・フォーメーション・アタック!!!」」」



 突然 開いている窓からなにかが室内に飛び込んできた。

 それは頭を踏み台にして三人を跳び回り、そのさい、ガリッ、ガリッ、ガリッ、と 爪で後頭部を引っ掻いて、そのまま書き物机に着地する。

「「「あ?!」」」

 三人の吸血鬼が変な声を上げる。

 書き物机の上に着地したのは、クロお兄さんだった。

「「「えーと?」」」

 三人はなにを疑問に思ったのか、次の瞬間 灰になった。

「なにやってんだい! この三バカトリオ!」

 ヴォルディング三人衆とか言っていた、エブラシュ、クレイシュ、ガミルシュは、こうしてあっさりとクロお兄さんに滅ぼされてしまった。

 僕はとても不満だった。

「クロお兄さん、僕が退治しようと思ってたのに」

 僕が不満を言うと、

「すまん。こいつらが隙だらけだったもんで、つい、な」

「外の吸血鬼はどうしたの?」

「もう退治した」

「わあ。さすがだね、クロお兄さん」

 女吸血鬼は僕たちが目を向けると、

「ちいっ!」

 女吸血鬼は扉から逃げた。

「シロ! 追いかけるぞ!」

「うん!」

 僕とクロお兄さんは女吸血鬼を追跡する。




 吸血鬼



 廊下を走るアラメーダは、前方に誰かがいるのに気付いた。

 ゴドフリー・ノートンの妻、アイリーン。

「きゃあ! 誰か来て! 侵入者よ!」

 アラメーダは閃いた。

 こいつを人質にする。

 ゴドフリー子爵に、妻のアイリーンを返して欲しければ 手帳を寄こせと脅せば、必ず手帳を持ってくるだろう。

 思いつくと同時にアラメーダは行動した。

 アイリーンの身体を抱えると、そのまま窓に体当たりして外へ。




 シロ



 私は夜の散歩から、ジョンとホームズを連れて帰宅すると、突然 窓の割れる音がした。

 そちらへ目を向けると、そこには女の吸血鬼が、館の同居人のアイリーンを抱えて庭を走り、外壁を飛び越えて敷地外へ出た所だった。

 続いて割れた窓からクロとミケが飛び出て来た。

 私はクロとミケの所へ走ると、

「なにがあったの!?」

 クロが答える。

「シロ! 吸血鬼だ! 吸血鬼にアイリーンがさらわれた!」

 続いてミケが、

「シロお姉さん! アイリーンお姉さんを助けないと!」

 いったいなにがあったのかわからないけれど、とにかく私たちは女吸血鬼の後を追跡し始めた。

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