5・紳士失格よ

 シロ


 私が夜の散歩をしていると、河のそばで偶然 知人と会った。

 名医のジョンと、迷探偵ホームズ。

 館の同居人の友人だ。

 私は二人に挨拶をする。 

「こんばんわ。満月が綺麗な良い夜ね」

 ホームズが聞いてくる。

「シロ、どうしてここにいるんだい?」

「夜の散歩よ」

 私が答えるとジョンが、

「夜の散歩でもしていたんだろう」

 と 私の言葉を繰り返した。

 どうして同じ言葉を繰り返すのかしら。

「だから そう言ってるじゃない。

 いい気分で散歩していたら、なんだか騒がしい音が聞こえてきて、それに吸血鬼の臭いもしたから来たのだけど、まさか貴方たちが襲われていただなんてね」

 ホームズが私の自慢の純白の毛を撫でながら、

「とにかく助かったよ、シロ。ノートン子爵の館まで連れて行ってあげるよ」

「あら、送ってくれるの。紳士なのね」

 そこにジョンが異を唱えてくる。

「衛兵隊へ行くのが先じゃないか。吸血鬼が出たことを早く知らせないと。

 それに 今のこいつらは下位ロゥ吸血鬼ヴァンパイアだ。犠牲者を吸血鬼にする能力はない。つまり、大元の吸血鬼がどこかにいると言うことだ。

 早く連絡しないと大変なことになる」

「落ち着きたまえ、ジョン。吸血鬼がまだいるかもしれないんだ。それなのに 僕たちは 吸血鬼に対抗する武器を持っていない。また吸血鬼が襲ってきたらどうする。

 だが、シロがいれば問題ない。シロなら吸血鬼が出ても簡単に退治してくれる。

 まず、シロと一緒にノートン子爵の館まで行く。ここからなら 衛兵隊の詰め所より、ノートン子爵の館の方が近い。そしてノートン子爵に事情を話して、使用人に銀製の武器を持たせて、衛兵隊へ連絡に向かわせる。

 そして僕たちも、銀製の武器を借りて、帰宅すれば良い」

 私はそれを聞いて非難する。

「って、私に護衛をさせるつもりだったの。貴方 紳士失格よ」

 しかしジョンもホームズの意見に、

「なるほど。一理あるな」

「貴方も納得しないで」

 私の非難を無視してホームズは、

「よし、意見も一致したところで、シロと一緒にノートン子爵の館へ行こう」

 まったく。

 人間って本当に弱虫なんだから。




 吸血鬼



 時は少し遡り……

 三人の吸血鬼が夕闇の中で会話をしていた。

「陽が落ちた。夜は我ら吸血鬼の時間」

「今宵は良い満月だ」

「例の物を手に入れることができれば、我らが弱点を克服する日も近くなることだろう」

「そう、我らが完全なる不死者になる日が」

「だが、例の物がある館には、猫がいるようだ」

「なに、猫をあしらうことなど我らには容易い」

「知性のない猫など、陽動作戦を使えばすぐに混乱させることができる」

「その間に我らが例の物を手に入れればよいのだ」

「そして我らが弱点を克服した暁には、全ての猫を根絶やしにしてくれる」

「「「ふははははは」」」

 高笑いする三人の吸血鬼。



 スパン! スパン! スパン!

 その三人の頭を何者かが扇子で叩いた。

「あんたたち何やってんだい!? この 三バカトリオ!」

 女吸血鬼が 意味ありげな会話をしていた三人を叱りつけた。

 娼婦のような扇情的な衣服をまとい、豊満な胸や魅惑的な腰つきをしているが、三人は女吸血鬼を恐ろしいとしか思わなかった。

 原因はその口だ。

 頬まで口が裂けており、そしてサメのようなギザギザの歯がむき出しになっていて、ハッキリ言って喰われそうとしか思えない。

 三人は慌てて言い訳を始める。

「こ、これはアラメーダさま」

「いや、これは作戦実行の前に戦意を高揚させるためで」

「やはり気分を盛り上げるというのは大事なことでして」

 大物の様な雰囲気を醸し出していたが、この三人はランクDの吸血鬼だ。

 ボス吸血鬼の下っ端である。

「いいからそこをおどき! そこはヴォルディングさまの席だよ!」

 アラメーダが三バカトリオを追い払うと、彼らのボス、ヴォルディングが現れる。

「さ、ヴォルディング様。どうぞ」

「うむ」

 アラメーダに促されて席に着くヴォルディング。

 黒いマントを羽織る男の身長は高く、体格もなかなかがっしりしている。

 吸血鬼特有の禍々しい紅い眼は 静かだが、人間がそれを見れば不安を掻きたてられる胸騒ぎを起こす。

 茶色の長髪は人間だった頃からパーマがかかっていた。

 吸血鬼になる少し前、生え際が少し後退し始めたが、吸血鬼になってもそれは治らなかった。

 ヴォルディングは椅子に座り、一つ大きく呼吸をすると、アラメーダと三バカトリオに命ずる。

「よいか。先も説明したが、カーマイル・ロザボスイの研究成果が記された手帳。それはゴドフリー・ノートン子爵の館にあるはずだ。それを必ず手に入れるのだ」

 カーマイル・ロザボスイ。

 ヴォルディングを吸血鬼にした吸血鬼。

 コルトガ共和国の辺境の城に居を構え、全ての弱点を克服した不死の王となるための研究をしていた。

 以前は自分もその研究の助手をしていたが、時が経つにつれて自分はどんどん吸血鬼として強くなっていき、カーマイルに匹敵する力を得た頃、袂を別った。

 そして今の自分は、冒険者組合の規定で言えば、ランクAの上位ハイ吸血鬼ヴァンパイアだ。

 それに対し、カーマイルはランクBの中位吸血鬼のまま。

 格が違う。

 そしてカーマイルはどこかの冒険者に滅ぼされたと言う。

 そのことに対してなにかを感じると言うことはなかった。

 冒険者如きにやられるなど、所詮はザコの中位吸血鬼だということだ。

 敵討ちをする気もない。

 だが、一つだけ欲しい物がある。

 カーマイルが研究成果を記した手帳だ。

 あれには吸血鬼の弱点を克服するヒントが記されているはず。

 自分が完全に弱点を克服し、不死の王となるためには、手帳を手に入れなければならない。

 そのため、カーマイルが滅ぼされたという話を聞いてから、手帳の行方を追っていた。

 そして突きとめたのは、完全回復薬が商品として流通していること。

 完全回復薬はカーマイルが不死者になる研究の過程で発見した物。

 その完全回復薬を販売しているゴドフリー・ノートン子爵は、おそらくカーマイルの手帳を持っている。

 なんとしてでも手に入れなければ。



 ヴォルディングの命令にアラメーダが応える。

「はっ、お任せを、ヴォルディング様。この私が必ずや手帳を手に入れて見せます」

 次にヴォルディングに身体をすりよせて、

「そして その暁には、どうか婚前の契りを……ウフフフ」

「そ、そうか。考えておこう」

 ヴォルディングは曖昧な返事。

 アラメーダはヴォルディングが以外とシャイなのだと思っているが、実際は怖がっているだけだったりする。

 頬まで裂けた口に、サメの様なギザギザの歯。

 ハッキリ言って食われそうとしか思えない。

 アラメーダを吸血鬼にした時、なぜか身体に変異が起きてそのような口になったのだが、アラメーダ本人はなぜか気に入っており、魅力的だと思っている。

 そして人間だった頃は清楚だった彼女は、吸血鬼になってからは娼婦の様な露出の多い大胆な衣服を着て、自分の魅力をアピールするようになり、ヴォルディングの妃の座を求めて、事あるごとに言い寄ってくるのだが、正直 サメに食われそうな気分になるので止めて欲しい。

 アラメーダは、本人は魅惑的な笑みを浮かべているつもりで、

「ウフフフ。初々しいのも好ましいですわ、ヴォルディング様」

「そ、そうか」

 怖い。

 早く離れて欲しい。

 だが、忠実な部下であるため、事実を言えないでいる。

 ヴォルディングは意外と部下には気を使っているのだ。

 アラメーダが不意に離れて一礼した。

「では ヴォルディングさま、早速 行ってまいります」

 やっと離れてくれた。

 ヴォルディングは姿勢を直し、威厳のある声で、

「うむ。期待しているぞ」

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