7・そう言えば

 ジョン・ハードウィック



 シロと一緒にノートン子爵の館に来た僕たちは、状況を理解するのが一呼吸遅れた。

「ジョン、今のはなにに見えた?」

 ホームズが僕に聞いてきた。

「吸血鬼だったみたいだが」

「アイリーンさんを抱えていたように見えたのだが」

「ああ、僕にもそう見えた」

 僕とホームズは顔を見合わせると、

「「大変だ!!」」

 僕たちは館の玄関のベルを思いっきり鳴らした。

 そして僕たちが一緒にノートン子爵の館に入ると、中では使用人たちが事態に気付いて騒いでいた。

 僕は使用人の一人を呼び止めて聞く。

「君、ノートン子爵は今どこに?」

「これはハードウィック男爵にホームズさま。旦那様は今、書斎におられます」

 僕たちは急いで書斎に向かうと、そこには取り乱したノートン子爵の姿があった。

「ああ、ハードウィック男爵、ブレッド男爵。良いところに来てくれた。

 大変です! アイリーンが何者かにさらわれてしまった!」

 医者である僕がノートン子爵と話をする。

「はい、僕たちも目撃しました。犯人は吸血鬼です」

「きゅ、吸血鬼……では、アイリーンは吸血鬼の餌食に!?」

「落ち着いてください。まず使用人を衛兵隊にやって、このことを報せてください」

「ああ、そうですね。そのとおりだ」

 僕はホームズに、

「ホームズ。君も使用人と一緒に行って、コリン隊長に説明するんだ。僕たちが遭遇した吸血鬼の事も説明してくれ。銀の武器を持っていくのを忘れるな」

「まかせてくれたまえ」

 ホームズは請け負うと、使用人と一緒に衛兵隊の所へ。

「妻は、アイリーンはいったいどこへ連れていかれたんだ!?」

 焦燥するノートン子爵に僕は、

「ノートン子爵、衛兵隊だけではなく、冒険者組合にも依頼を出しましょう。組合支部はまだ開いている」

「そうですね。アイリーンを助けるための人数は少しでも多い方がいい」

 ノートン子爵は馬車を出すと、僕と一緒に冒険者組合へ向かった。



 僕たちはアドラ王国冒険者組合支部に到着し、ノートン子爵が受付係に話をするのだが、

「至急依頼を出したい! 妻が! アイリーンが吸血鬼にさらわれた! 急がないと餌食になってしまう!」

「落ち着いてください、お客様。まず、依頼書に記入をお願いします」

「そんな暇はない! 早くしてくれ! 妻が大変なんだ!」

 ノートン子爵は焦燥に駆られてパニックを起こしかけている。

「ノートン子爵、僕が話をします。貴方はそこの椅子に座っていてください」

「わ、わかりました。ハードウィック先生」

 そして僕は、受付係に事の次第を簡潔かつ理解しやすく説明しようと努めていると、一組の冒険者たちが支部に入ってきた。

「やった。まだ閉まっていません。間に合ったみたいですよ。これで今日中に依頼達成報告ができますね」

 その冒険者たちは以前、一緒に仕事をした事のある友人達、クレア君一行だった。

「クレア君たちじゃないか」

 クレア君はキョトンとした表情で、

「あれ? ハードウィックさまにゴドフリーさま。どうされたのですか? こんな時間に冒険者組合に来るなんて。なにかあったのですか?」

 ノートン子爵は彼女たちを見ると、

「クレアさん。みなさんも」

 以前、アイリーンさんを救ったという、冒険者のクレア君とその仲間たち。

 ノートン子爵は彼女たちを見るが否やすがりつき、

「ああ! これぞ神の救いだ! みなさん! 助けてください! 妻が! アイリーンが!」

 クレア君は事態を感じ取ったように、

「アイリーンさまになにかあったのですか?!」




 クロ



 俺たちは臭いを辿っていた。

 猫は犬ほどではないが鼻が利く。

 吸血鬼の臭いは柑橘系の果物とタマネギの臭いで誤魔化されているが、逆にその悪臭が女吸血鬼の足取りを残していた。

 女吸血鬼は住宅街に入ったところで、屋根に上がり、屋根伝いに移動したようだ。

 その臭いを辿っている途中、二匹の猫が俺たちの前に現れた。

 野良猫のボスと、その太鼓持ちだ。

「クロ野郎、こんなところでなにしてやがる? この辺りは俺の縄張りだぞ」

 訊いて来るボスに俺は、

「また今度にしてくれ。今は忙しい」

 と、そのまま脇を走り去る。

「おい! 待ちやがれ! テメェ 舐めてんのか!?」

 気色ばむ野良猫ボスにシロが、

「ごめんなさい。今 取り込み中なの。また今度にしてもらえる」

 と、脇を走り去る。

 その後にミケが、

「まってよー」

 と 脇を走り去った。

「待てって言ってんだろ! クロ野郎! 聞いてんのか!? コラ!」

 後ろで野良猫のボスがなにか叫んでいたが、俺は聞いていなかった。



 俺たちは街外れの森に隣接した墓所に到着した。

 一度 散歩で来た事があるが、この墓所はかなり広い。

 ゴドフリーがアイリーンに、この墓所の由来を話していたことがあった。

 人間たちの古代の王が、この土地を統治していた時に、ここに城を構えていたそうだが、街や国が発展するにつれて不便な事が多くなり、それで城を他の場所に新しく建て、王たちはそこに移ったそうだ。

 その後、しばらくは放置されていたそうだが、やがて この場所は墓所として再利用されることになり、城には墓守たちが住むことになった。

 しかし、時が流れるにつれて、その城もいつ崩れるか分からないほど老朽化し、廃棄された。

 現在、この墓所に住んでいる人間は誰もいない。

 廃棄された古代の城の他にも、古い建物や地下洞窟などがあるそうで、吸血鬼が潜むのには好都合な場所だ。

 俺はシロとミケに、

「いいか、吸血鬼はアイリーンを人質に取っている。俺たちの存在を知られたら、彼女が危険だ。潜入作戦で行くぞ」

「わかったわ」

「まかせて。僕、潜伏は得意だよ」




 吸血鬼



 ヴォルディングはアラメーダから報告を受けていた。

「手帳を発見できず、申し訳ありません。

 しかし、ノートン子爵の女を連れてきました。この女と引き換えに手帳を要求すれば、ノートン子爵は必ず手帳を持ってくるでしょう」

「うむ。確かに探し回るより、そのほうが確実で手っ取り早いだろう。

 ところで、三バカトリオはどうした?」

「猫に殺られました」

「そうか、残念だ。

 ……そう言えば、あの三バカトリオ、名前は何と言ったかな?」

「……なんて言うんでしたっけ?」

 部下に気を使っている割には、結構 薄情なヴォルディングだった。

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