102・理想の新世界
バルザック。
この女の人が 魔王バルザック。
会場がざわめく。
「バルザック?」
「女だぞ」
「あれが魔王?」
伝説に語られる魔王バルザックが今、人間の前に姿を現した。
魔王バルザックは私に問う。
「おまえは何者だ? なぜ、妾がかつて人間であったことを知っておる? おまえはいったい何者なのだ?」
私は質問に質問で返す。
「その質問に答える前に、私の質問に答えてください。貴女は五百年以上前、エミリアと名乗っていましたね。その名前で数々の小説を出版した」
「エミリア。妾がその名を名乗っていたことを知っているのか」
「やっぱり貴女が、女流作家エミリアだったのね」
アドラ王国でジョン・ハードウィック男爵とジェレミー・ブレッド男爵が話していた、五百年以上前に活躍した女流作家エミリア。
そして、ジョルノ曲芸団での殺人未遂事件の時、犯人に犯行方法を教えた女性もエミリアと名乗っていた。
そのことで私は一つの可能性に思い当った。
二人は同一人物ではないかと。
だけど人間が五百年以上 生きられるはずがない。
なら、その正体は……
「私は知っている。貴女が五百年以上前、エミリアの名義で書いた作品は、全て別の世界の名作だと。きっと貴女は、自分が好きだった作品をこの世界にも広めようと思い、それで人間社会に紛れて女流作家になったのでしょう」
魔王バルザックの目には微かに困惑の色が浮かぶ。
「……おまえはいったい?」
「今、確信したわ。貴女は私と同じ。私は貴女と同じ。私たちは同じ世界からこの世界に転生した」
魔王バルザックの目が驚愕で見開く。
「おまえも転生者か!」
魔王バルザックの口からその言葉が出たことで私の仮説は証明された。
「やっぱり、貴女も転生者だったのね」
私と魔王バルザックは沈黙して見つめ合った。
あの懐かしい前世の世界からこの世界へ転生した者同士。
二度と帰ることのできない故郷を共にする者同士。
なにが起きている?
いったいなんの話をしているんだ?
ラーズは事態に付いて行けず困惑していた。
ライザーの陰謀を暴き、父に謂れの無い罪で糾弾され、騎士隊と大立ち回りとなり、勝ったかと思えば、ライザーと皇帝の首が刎ねられた。
そして死んだはずのヴィラハドラがフェニックスの秘法で蘇っており、それだけでも驚愕だと言うのに、今度は魔王バルザックの登場。
そしてクレアは、魔王バルザックが以前は人間だと言う。
転生という言葉は、以前カスティエルが口にしていたことから、クレアが前世の記憶を持っているのは察しがついていた。
だが、魔王バルザックも転生者だというのか。
つまり、魔王バルザックも前世の記憶を持ち、その前世では人間だった。
しかし、別の世界とはどういう意味だ?
二人は沈黙して見つめ合っている。
その瞳には確かに郷愁の念が宿っている。
二人の間だけで通じる想いが、そこにはあった。
バルザックが先に口を開く。
「妾もさすがに驚かされたぞ。おまえ、名はなんという?」
クレアは会場に集まった観客にまでは聞こえないように小さな声で答える。
「私はクリスティーナ・アーネスト。貴女はこの名前をきっと知っている」
「悪役令嬢? だが顔が違う。現実では異なるということなのか?」
悪役令嬢?
オルドレン王国でリオン王子の婚約者の座を巡る争いの事で、クレアがそう呼ばれていたのか?
「やっぱり、あなたもあのゲームをしていたのね」
ゲーム?
いったい何の話だ?
「おまえもゲームをしていたようだな」
「ええ、友達の勧めでね」
「しかし、ずいぶんと顔の印象が違うな。髪型も色も違う」
「たぶん、化粧をしてないからよ。今の私、化粧をまったくしてないの。髪も切って色を染めたわ」
「なるほど。現実ではクリスティーナ・アーネストが聖女だというのか」
聖女の出現を予期していたようだが、魔王バルザックはクレアを聖女だと思っているのか。
「いいえ、私は聖女じゃないわ」
クレアはきっぱりと否定する。
「では、何者だというのだ?」
「冒険者よ。処刑されそうになって、なんとか生き延びた。そして冒険者になった。ただそれだけよ」
「それがどうして勇者ラーズと共にいる?」
俺が勇者?
「偶然が重なって旅の仲間になったのよ」
「他の勇者はどうしているのだ?」
「知らないわ。最後に聞いた話だと、リリア・カーティスはまだ旅も始めていないそうだけど。
後、一つ言っておく。ラーズさまは勇者じゃない」
「勇者ではない? では何者だ?」
「普通の人間よ。ただの普通の人間。神に言われたから旅に出る勇者じゃない、普通の人間。私も普通の人間よ」
「転生者という時点で普通とは思えぬがな。しかし、悪役令嬢が冒険の旅か。妾が魔王となった時点で、現実とゲームが乖離したということなのか?」
二人はいったいなんの話をしているんだ?
「今度は私から質問する番よ。この世界はいったいなんなの? どうしてゲームの世界が現実に存在するの?」
「知らぬ。分からぬ。妾も疑問に思ったことだが、答えは見つからなかった。仮説は幾らでも立てることはできるが、立証することは不可能だ」
魔王バルザックも知らないの。
「じゃあ、次の質問。貴女はなぜ世界を征服しようとするの?
黄竜王ツァホーヴさまから聞いたわ。貴女の目的は、魔物と人間の共存共栄だと。だけど、あなたは平和を謳いながら戦争を起そうとしている。平和が目的なら、人間と魔物の間に和平を結ぶべきではないの。
貴女の本当の目的はなに!?」
「和平。そんな当然のことを妾が考えなかったと思っているのか。妾がしなかったと思っているのか」
魔王バルザックは微かにだが、怒りに顔を歪ませた。
「魔物に転生し妾は知った。
魔物にも家族がいる。友がおり、仲間がいる。その在り方も心も、人間となにも変わることはないと。
魔物はけして邪悪な存在などではないのだ。
だから人間と共存することは可能だと考えた。互いに争うことなく、共に穏やかで平和に暮らすことができると。
だが、人間は魔物を邪悪な存在と決めつけ、滅ぼそうとしている。
それを止める方法は一つしかない。武力を持って人間を支配する」
だから、どうしてそんな結論になるのよ!?
「あなたのやり方は間違っている! 貴女は善良な魔物を救い、人間と魔物を共存共栄させるために戦っていると言うけれど、貴女の方法は、善良な人間も、善良な魔物にも、犠牲がでる。あなたは大義名分を振りかざして自分の力を誇示しようとしているだけではないの!?」
「妾が力を誇示しているだけだと言うのか?」
「そうとしか思えません! あるいは 貴女は邪神に唆されたのではありませんか!? 世界を征服し、人間と魔物の全てを支配すれば、人間と魔物の帝王として君臨することができると。全ての者の崇敬を得ることができると」
古代都市ガラモの住人が、邪神こそ楽園に導いてくれる存在と思い、魂を捧げようとしたように。
「妾が邪神に唆されているだと? たわけたことを。妾は邪神など信仰などしておらぬ。妾だけではない。全ての魔物は邪神を信仰してなどおらぬ。邪神を信仰するのは人間だけだ。
あの勇者シュナイダーのようにな」
勇者シュナイダー。
五百年前、魔王バルザックを封印した人物。
それが邪神崇拝者?
「おまえたち人間は、魔物の魔法は邪神が与えた忌むべき物だと信じておるが、それは間違いだ。魔法に神々も邪神も関係しておらぬ。全て
それにもかかわらず、人間は魔物を虐殺することを正当化するために、邪神が魔物に魔法を与えたと言いだしたのだ。
闇の魔力は邪悪の証。美徳を司る神々が魔物を滅ぼさなければならない存在と定めたと。
そして、あの勇者シュナイダーは、そのことを知っておった。邪神に真実を伝えられていた。そして真実を知りながら、魔物を殺し続けたのだ。人間になにもしておらぬ魔物も関係なく。
妾とて始めから人間を支配しようと考えていたわけではない。
元々人間であった妾は人間の善良な心を信じ、穏便に和平を結ぼうとした。それは徐々にではあったが、成功しつつあった。
そして和平条約を結ぶ会議が開かれることとなった。
魔物の代表として妾が。
人間の代表としてシュナイダーが。
多くの魔物を殺していたシュナイダーは人間にとって英雄であり、勇者として称えられていた。各国から信頼があったのだろう。
その勇者シュナイダーは、和平条約を結ぶ場で、妾を騙し討ちした!
あの者は妾を封印し、指先一つ動かすことのできなくなった妾の目の前で、妾の部下を皆殺しにした!
虐殺したのだ!」
だんだん激昂し始めた。
「あの者はこの上ない愉悦の笑みで妾に真相を語った!
和平条約が結ばれれば魔物を殺すことができなくなると!
そうだ! シュナイダーの目的は殺戮だった! 魔物を殺すことそのものが目的だった! 勇者たちは魔物を殺すことを楽しんでいただけだったのだ! あの者どもは魔物を殺すことがこの上ない快楽だったのだ!
だからシュナイダーは妾が人間と魔物の共存する世界へと変革することを許せなかった! そのために妾を騙し討ちした! そして国々の王たちに嘘を吹き込み魔物と人間を対立し続けさせた!
妾は人間の心を知っている! 善良な心だけではない! 悪意もだ!
人間は信用できぬ! 魔物を救うには武力を持って人間を支配するしかない!」
魔王バルザックは深く息を吐く。
「これで理解できたであろう。
なぜ妾が武力で世界を征服しようとしているのか。
妾は自らの力を誇示するために世界征服しようとしているのではない。妾の目的は世界征服などという低俗なもので終わるのではない。妾の目指す所。それは魔物と人間が、平和に共存共栄する、理想の新世界。
妾はそれを必ず実現して見せる!」
「おまえは確かに聖女ではないようだ。おまえの仲間も勇者ではないのだろう。だが、四天王を始めとした多くの者を倒したその力、放っておくわけにはいかぬ」
魔王バルザックは右手を掲げる。
「
観客席から十二人の何者かが闘技場に降り立った。
羽織っていたローブをはぎ取ると、その隠していた頭部が現れる。
十二人とも動物などの頭だ。
鼠。牛。虎。兎。竜。蛇。馬。羊。猿。鳥。犬。猪。
様々な種類の動物の頭部には、大きな角が生えている。
妖鬼や戦鬼、闘鬼などの
その力は
でも、たった十二人で闘技場に集まっている冒険者や騎士を全員相手にするつもりなの?
「やれ」
「なにをするつもり!?」
私が止める間もなく、彼らは魔力を発動した。
膨大な闇の魔力が闘技場の真上に集約し、解き放たれる。
「「「うわあああ!!!」」」
闘技場の出場者が全員、見えない力で地面に押しつけられた。
達人級の闇の魔法で、重力を増加させ、一定のダメージを与え続ける。
それを十二人の魔力を合成させ、闘技場全体に亘る範囲で行使した。
私たちを含めた観客席にいた人は無事だけど、この場の戦力の九割は動けない状態になった。
「さて、おまえたちは妾が直々に相手をしよう」
そして魔王バルザックは腰に佩いていた剣をゆっくりと抜いた。
一見すると普通の剣のように見える。
だけど、眼に見えて力が立ち昇っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます