103・蠅どもが

 ラーズさまたちが魔王バルザックに対し臨戦態勢を取る。

 私は動けなかった。

 この状況で魔王の言ったことを考えてしまっていた。

 ヴィラハドラがラーズさまの前に出る。

「魔王様に警告を受けていたにも関わらず、貴様を甘く見ていたのが私の敗因。しかし、今は違う。さあ、私と戦え」

 だけどそのヴィラハドラの前に、スファルが立ち塞がる。

「おっとぉ。おまえの相手はこの俺だ。刀同士でやろうぜ」

「死にたくなければ退け。ザコが」

「ザコかどうか試してみろ。ラーズ、魔王の相手は任せたぞ!」

「ああ!」



加速ヘイスト!」

 ラーズさまが魔法を行使すると同時に、

「加速」

 魔王バルザックも魔法を行使した。

「グオ!」

「キャア!」

 セルジオさまとキャシーさんが魔王バルザックの掌打を胸に受けて弾き飛ばされる。

 二人は闘技場に落下し、重力の魔法の影響下に入ってしまった。

「ぬううう! 動けん! 吾輩の筋肉でも立てぬとは!」

「アタシたちまだ筋肉が鍛え足りなかったの!?」

 ラーズさまが拳で魔王バルザックに連撃しているみたいだけど、魔王バルザックはそれを全て回避している。

 一瞬ラーズさまの攻撃が止まると、次は魔王バルザックの剣戟が始まる。

 今度はラーズさまが回避している。

 その攻撃が終わり、両者、間合いを取る。

 ラーズさまの体に切り傷がいくつかできている。

 深くはないけど、今まで戦いではほとんど敵の攻撃を回避してきたラーズさまが、魔王バルザックの攻撃を避けきれないでいた。

「ふむ。捉えたと思ったが、さすがは剣を使わぬ最強の剣士。深手は負わなかったか。ならば……」

 神銀の剣カリバーンに魔力が注ぎ込まれる。

武器魔法付与エンチャントウェポン

 魔王バルザックが剣に武器魔法付与を掛けた。

 神銀の剣カリバーンが闇色の輝きを放つ。

 その膨大な魔力はラーズさま以上の物を感じる。

 これ、まずいんじゃ?

 私も戦わないと。

 考えるのは後回しだ。

アイスウィンド投槍ジャベリン!」

 私の魔法は魔王バルザックに直撃したと思った。

 しかし、バルザックは右手の平でそれを受け止めていた。

「これが 報告にあった 単独での合成魔法か。ゲームの知識があるとはいえ、一人で行使できるようになるとは。侮れんな」

 平然と立っている魔王バルザックの姿。

 そんな、合成魔法を片手で防御できるなんて。

「ラーズ殿下に加勢しろ! 魔王をこの場で倒すのだ!」

 ストラウス大公爵が まだ無事な出場者や、氏族諸侯の騎士たちに指示を出す。

「「「おおおおお!!!」」」

 それを受けて、彼らが魔王バルザックに突進する。

 魔法で大勢動けなくなった状態とはいえ、まだ残っているこの数なら倒せるかもしれない。

ハエどもが」

 魔王バルザックは一言呟くと、左手を頭上に掲げ、魔力を集中した。

「クレア!」

 ラーズさまが私を抱えると、その場から離れた。

 そして魔王バルザックは魔法を行使。

時空スペースタイム破壊ディストラクション

 達人級の闇の魔法。時空を破壊して、その収斂による衝撃波を発生させる。

 凄まじい轟音とともに、みんなを吹き飛ばした。

 残っていた人たちのほとんどが全滅した。

 半分以上重傷。そして半分近くが死んでいる。

 そんな……なんの躊躇いもなく、人を殺した。

 以前は人間だったのに、魔王バルザックは殺人を躊躇しなかった。

「さて、残るはおまえたち二人だけだな」

 魔王バルザックは私とラーズさまに剣を構えた。



「三人だっつーの!」

 ヴィラハドラと戦っているスファルが言い返す。

「いいや、二人になるのだ」

 ヴィラハドラが剣戟を繰り出す。

 スファルはそれを全て回避して不敵に笑う。

「ハッ、この程度で俺を倒せると思ってるのか。俺は武闘祭で六回連続優勝してんだぞ」

「人間如きの大会で優勝した程度で思い上がりおって。真の刀技というものを見せてやろう」

 ヴィラハドラの姿が朧に揺らめき、その姿が視認できなくなり、鋭く、しかし水が流れるように途切れることのない剣戟を繰り出す。

「初めて見たぜ。朧流水の歩法か」

 スファルはその斬撃を全て回避し、防御していた。

 そして鍔迫り合いに持ちこむ。

「その刀は鏡水の剣シュピーゲル。なぜ貴様が持っている?」

「貰ったんだよ。ラーズと勝負して引き分けたんでな」

「では、私が貴様を倒し、取り戻すとしよう」

 ヴィラハドラの周囲に、氷の槍が五つ出現した。

水氷アイス投槍ジャベリン・伍」

「おら!おら!おら!おら!おらぁっ!」

 スファルは鏡水の剣シュピーゲルで氷の槍をはじいた。

 ヴィラハドラが魔法を使った。しかも同時行使。

 ゲームじゃ魔法を使わなかったのに、これも現実とは違っている。

 でも、どうして竜の谷では使わなかったの?

 ヴィラハドラは私の内心の疑問に答えるように、

「魔王様の許しを得て、今の私は封印していた魔法を使うことができる。おまえたち人間の冒険者組合で規定すれば、ランクSといったところ。我が刀技と魔法に一人で勝てるか?」

「前の俺ならやられてたぜ」

 スファルが魔法を行使する。

水氷アイス散弾ショット・三重!」

 氷の散弾を三つ重ねて放った。

 フェニックス戦でのレベルアップしたような現象で、魔法の同時行使ができるようになったんだ。

水氷アイス障壁ウォール!」

 ヴィラハドラが氷の壁で防御するけど、三重の氷の散弾はその壁を粉砕する。

「ヌウ!」

 氷の壁で散弾をほとんど防いだけど、少しだけヴィラハドラに命中し、その動きが止まる。

 そこにスファルが、閃光のような一直線の動きで、ヴィラハドラへ疾走した。

「そのようなすぐに読める動きが通じると思っているのか!」

「思ってねえよ!」

 太刀が届く間合いに入る寸前、スファルが二人になった。

 分身体ドッペルゲンガー

「チエイ!」

 二人のスファルがヴィラハドラの両脇を一瞬で通過した。

 そして、ヴィラハドラの左腕が宙を舞う。

「くっ。おのれ」

 忌々しげなヴィラハドラ。

「くそ、首を刎ねられると思ったんだが」

 悔しげなスファル。



「もうよい、ヴィラハドラ。撤退するぞ」

 バルザックが命令する。

「しかし 魔王様、私はまだ戦えます」

「駄目だ。おまえが再び倒されれば、大きな損失となる。フェニックスはおまえを蘇らせるのは一度だけだと言った。二度目はない。

 それに今回の作戦は失敗だ。一部を始末できただけで良しとする。いいな、撤退するぞ」

「了解いたしました」

 ヴィラハドラが魔王バルザックの隣に移動すると、二人が闇に包みこまれ、それがなくなったとき、その姿は消えていた。

 空間移動。

 十二人の上級鬼の姿もいつの間にか消えており、闘技場の出場者を攻撃していた重力の魔法も解けていた。

「うううぅ……」

「痛ぇ……痛ぇよぉ……」

「ああ……骨が折れちまってる……」

 周囲は酷い惨状だった。

 多くの人が重傷を負い、多くの人が死んでいる。

 なんてことなの……

 私はあまりの惨状にしばらく呆然としてしまっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る