101・貴女は?
皇帝の命令で、ラーズさまと私たちに剣を向ける皇帝直属の騎士中隊とライザー直属の騎士中隊。
「……父上。貴方はそこまで俺を嫌っていたのですか?」
どこか茫然とした様子のラーズさまに、皇帝は嫌悪に顔を歪める。
「貴様、まだ私を父と呼ぶのか。どこまでふてぶてしく性根が腐っているのだ。正にこれこそ闇の魔力を持つ者が邪悪である証明」
「……俺は、兄の企みを暴いたのです……兄……いや、ライザーは人間を裏切り、魔王と手を組み、貴方を殺そうとしたのですよ。それなのに、ライザーを信じると言うのですか?」
「なにを当然のことを。ライザーは祝福された光の魔力の持ち主なのだ。貴様のような下種とは違う。こんな当たり前の事も理解できぬとは。なんと愚かで邪悪であることか。私の血を引いていると思うだけで吐き気がする。
企みを暴いただと? 全て貴様がそうなるように仕組んだのではないか。
陰謀を暴かれたのは貴様の方だ!」
「……あ……」
ラーズさまは体が震え、顔は蒼白になっている。
兄であるライザーさまは人類を裏切り自分を陥れようとし、助けたはずの父親からは謂れの無い罪で断罪される。
血の繋がった父と兄に、ここまで自分の存在を徹底的に否定されたら当然だ。
前世でいう毒親。
ラーズさまは戦える状態じゃない。
私が守らないと。
私たちが守るんだ。
私たちはラーズさまの旅の仲間なのだから。
「みなさん! ラーズさまを守りましょう!」
私は
続いてスファル、セルジオさま、キャシーさんが武器を構えた。
「……みんな?」
ラーズさまが疑念の声。
騎士の一人がラーズさまに斬りかかろうとしたのを、私は業炎の剣ピュリファイアで防ぎ、その顔面を殴りつける。
「ほらほら! こっちこっち!」
キャシーさんが素早い動きで騎士を撹乱し、
「ぬうううん!」
セルジオさまが大剣の平の部分で、騎士たちを薙ぎ倒す。
「殺しはしねえ! だが骨の二三本は覚悟しろ!」
スファルが
私はラーズさまの隣に移動すると、しっかり聞こえるように断言する。
「ラーズさま、私たちは最後までラーズさまと一緒です。私はラーズさまを守ります」
「……クレア……みんな」
ラーズさまの顔に血の気が戻る。
そして、
「
ラーズさまが残像しか見えない速度で騎士隊を倒し始めた。
次々と倒されていく騎士たち。
「すまない、クレア、みんな。もう大丈夫だ」
よかった。
いつものラーズさまに戻った。
私たちは騎士隊に善戦している。
とはいっても、この人数を相手に私たちだけで勝てるかと言えば、正直 勝ち目は薄いだろう。
騎士に選ばれる者は、冒険者組合の規定で言えば、最低でもランクDでなければならない。
皇帝や次期皇帝の直属の騎士となれば、ランクはC以上のはず。
それが二百人以上いる。
だけど、ラーズさまの味方は私たちの他にもいた。
「おい! なんかよくわかんねえけど助けるぞ!」
「おお! ラーズ様たちを守れ!」
「助けてくれた恩返しだ! 今度は俺たちの番だぞ!」
出場者の中の冒険者たちが私たちに加勢してくれた。
「貴様ら! 皇帝である私に歯向かうつもりか!」
皇帝が彼らに憤怒するが、冒険者たちは、
「俺たちはおまえの手下じゃねえ!」
「俺たちは冒険者だ! 仲間の冒険者を守る!」
「自由に自分の意思で決めて戦う!」
彼らの参戦で、状況は覆った。
冒険者たちの武器は試合用の木製武器だけだけど、それでも人数で騎士隊に勝る。
「下賤の者どもめ。氏族諸侯! おまえたちの騎士も貸せ! この狼藉者どもを始末しろ!」
観戦に来ていたアスカルト帝国の氏族諸侯に、護衛の騎士を動員させようとする皇帝。
彼らが加わったら、せっかく優勢になった戦況が、再び劣勢になってしまう。
しかし氏族諸侯は、
「ラーズ殿下をお守りしろ!」
「このような横暴を許すな!」
「ラーズ様に加勢するのだ」
ラーズさまに付いた。
皇帝のラーズさまへの言葉は、逆に彼らを義憤に駆りたてたのだ。
彼らの騎士たちも、騎士隊を取り押さえ始める。
「貴様らぁ!」
「落ち着いてください、父上。ラーズさえ始末すれば、後はどうとでもなります。おい! 騎士隊長!」
ライザーが、以前ラーズさまに右腕を切り落とされたという騎士隊長に、命令を下す。
「はっ、分かっております」
そして騎士隊長は、剣を抜いてラーズさまの前に。
「ふん、貴様のインチキをこの場で暴いてやるぞ」
鼻で嘲笑すると、騎士隊長は上段に剣を構えた。
「ハァアアアアア!」
必要以上に気合を入れた掛け声を上げると、一気に間合いを詰めて、ラーズさまに剣を振り下ろす。
スカッ。
外れた。
ラーズさまは向かって左にほんの少しだけ移動して剣を回避しており、そして騎士隊長の両腕に右手刀。
騎士隊長の両腕が地面に落ちた。
「え?」
余りにも鮮やかな切り口は、出血すらしない。
「え? え?」
自分の身に何が起きたのか理解できないように何度も疑念の声を呟く騎士隊長。
「え? え? え?」
まだ理解できていない騎士隊長の顎に、ラーズさまはアッパーを喰らわせる。
騎士隊長は宙に舞い、縦に三回転して、後頭部から地面に落ちる。
体はピクリとも動かず、白目をむいて完全に気絶しており、半開きの口は歯が何本も折れている。
あれ、顎が砕けたわね。
騎士隊は全員取り押さえられ、残ったのはライザーと皇帝のみとなった。
「おのれぇ。貴様らぁ、このようなことをしてただで済むと思っているのか!?」
皇帝が憤怒の声を冒険者や氏族諸侯に向けて上げる。
ストラウス大公爵が冷たい声で、
「貴方にもはや皇帝の資格はない。貴方を解任する」
「ストラウス! おまえになんの権限が合って皇帝である私を辞めさせると言うのだ!」
「合議会を開いて、氏族諸侯の賛同を得る。この状況、反対する者はおらぬでしょう。元老院もこれは無視できないはず」
「貴様ぁ!」
頭から湯気が立ち上っているのではないかと思うほど、怒髪になっている皇帝。
ライザーが焦燥して、
「おい! おまえたち黙って見ていないでなんとかしろぉ!」
ローブを羽織った怪しい二人に助けを求める。
その二人の内、一人が冷たい声で、
「ここまでのようだな」
女性の声だ。
そしてその女性は、もう一人の人物に一言。
「やれ」
指示を受けた方は、ローブをはぎ取ると、その姿が朧に揺らめいて消えた。
「え?」
私は疑念の声を上げた。
これ、前にも見たことがある。
速度が速いわけじゃないのに、その姿が視認できなくなる技。
そして、その姿が再び現れた時、その人物はライザーと皇帝の背後にいた。
ゆっくりと静かに刀を鞘に収めて、
「邪悪な人間め。貴様らの様な邪悪な人間は、魔王様の刀である私が全て斬り捨てる」
ライザーと皇帝の頭が地面に落ち、そして首から血が噴き出した。
「きゃあぁあああ!」
皇后さまが悲鳴を上げて、皇帝とライザーの首を拾うと、胴体にくっ付けようとする。
「あなたぁ! ライザー!」
「皇后様! お下がりください!」
半狂乱になっている皇后さまを、ストラウスさまの騎士が、首を斬り落とした人物から離れさせる。
「いや! いやあああ!」
騎士は力任せに皇后さまをストラウスさまの隣へ。
ストラウスさまの腕には、気絶しているリコレッティさま。
血を見た時点で意識を失ったらしい。
二人の首を斬り落とした人物の体躯は、大柄な人間という程度。
青い甲冑を装備し、体表面は深淵の青の鱗の、
「ヴィラハドラ!?」
竜の谷でラーズさまと戦い、死んだはずのヴィラハドラがそこにいた。
「久しぶりだな、剣を使わぬ最強の剣士ラーズ」
「なぜおまえが生きている? あの時、おまえは確かに死んだはずだ」
ラーズさまは茫然としている。
「フェニックスさまのおかげだ」
フェニックス?
まさか……
「フェニックスさまは不死鳥。死と再生を繰り返し永劫の時を生きる。その神秘の力を私に使ってくださったのだ。そのおかげで私は蘇ったぞ」
やっぱり。
なんてことしたのですかフェニックスさま!
落ちつくのよ、私。
今のヴィラハドラは鏡水の剣シュピーゲルを持っていない。
ならその戦闘力は下がっているはず。
まずは探りを入れよう。
「ヴィラハドラ。ライザーにこんなことをさせたのは、貴方の考えですか?」
「私ではない。魔王様の御考えだ。私としては、このような迂遠で少々卑怯な方法は、快く思わなかったのだが、魔王様には深い考えがあるのだろう。私は ただ、魔王様に従うまで」
「卑怯だと思いながら、それでも命令に従ったの。魔王バルザックの命令なら何でも従うと言うのですか」
「そうだ。私の全ては魔王様に捧げた。魔王様に逆らう邪悪な人間は、魔王様の刀である私が全て滅ぼす」
私は賭けに出る。
確信はない。
だけど、間違っていたとしても、動揺は誘える。
「貴方は先程から邪悪な人間と繰り返していますが、しかし その言葉の意味を分かっているのですか。知っているのですか?! 魔王バルザックが元々は人間だったということを!」
ラーズさまとキャシーさんが、
「魔王バルザックが元々は人間? クレア、どういうことだ?」
「そうよ、クレアちゃん。なに言ってるの?」
私はこの仮説をラーズさまたちにはまだ言ってなかった。
これだけ重大なことを確信もなく言えなかった。
だけど、ラーズさまたちをこれだけ驚かせられたのなら、ヴィラハドラはもっと驚愕するはず。
だけどヴィラハドラは涼しい顔で、
「無論、知っている」
知っている?!
その言葉に私の方が動揺してしまった。
「貴方は魔王バルザックが かつて人間であること知りながら忠誠を誓ったのですか!? 以前とはいえ 人間だった者が人間を殺せという命令に従うというのですか!?」
「そうだ。いいか、勘違いするな。魔王様は全ての人間を滅ぼすわけではない。滅ぼすのは邪悪な人間のみ。残りの善良で、魔王様の貴き御心を理解できる者たちは、魔王様の寛大なる慈悲の下、偉大な庇護が与えられる。
魔物と人間。その二つを治める方は、かつては人間であり、人間として生き、人間の心を理解され、そして今は魔物の王となったバルザック様こそ相応しいのだ。
魔物と人間の両方の心を理解し、崇高なる理想へ至った魔王バルザック様の理念の下、二つの存在が共存共栄する」
「それは独裁となにが違うと言うのですか!? 自分の思想に従う者だけしか生きることを許さないなどというのは、それこそ邪悪な考えに他なりません!」
「もうよい、ヴィラハドラ。妾が直接 その者と話をしよう」
もう一人のローブを羽織っている、女性の方がヴィラハドラを止めた。
そして、その女性が頭にかぶっていたローブを外した。
見た目の年の頃は二十歳ほど。長い黒髪に、色白の肌。澄んだ真紅の瞳。絵画に描かれる女性の様に美しく、そして頭に小さいが牛の様な角が生えている。
初対面のはずのその女性に、私はとても懐かしい気持ちになった。
長年会ってなかった友達と久しぶりに再会したような。
「……貴女は?」
その女性は答えた。
「妾はバルザック。魔王バルザックである」
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