100・貴様は生まれた時に殺しておくべきだった

 出場者が殺し合う闘技場の一角から、突然 白い霧が発生した。

「なんだ?!」

 ライザーは戸惑う。

 毒霧はもう終わったはずだ。

 ライザーは後ろのローブを羽織った二人に問う。

「おい! あれはなんだ!?」

「分からぬ」

「分からないだと! おまえたちの手の者ではないのか!?」

「薬を撒くのは終わった。後は出場者が殺し合うだけだった。だが、あの様子だと、どうやら……」

 白い霧を吸った出場者の顔から 凶暴性が無くなり、どこかぼうっとした表情になっていた。

「あれ?」

「なにがおきた?」

「俺、なにやってたんだ?」

 白い霧は闘技場を回るようにして発生している。

 その発生源には五人の人間。

 まだ凶暴化したままの出場者が、その五人に襲いかかっている。

「ラーズさま! まだ凶暴なままの出場者が残っています! セルジオさまに近付けさせないでください!」

「分かっている!」

「たっぷり吸いこめぇい! 吾輩の筋肉で運んで来た回復薬であーる!」

「ダーリン! その調子よ!」

「おらおらおら! 近付くんじゃねえ!」

 ライザーは憎々しげに叫ぶ。

「ラーズ!」



 出場者たちの正気を完全回復薬で取り戻させた私たちは、ライザーさまのところへ。

 ラーズさまが指を突き付けて、

「ライザー! おまえの企みは潰えたぞ!」

「貴様……」

 ライザーさまが憎々しげな眼でラーズさまを睨む。

 皇后さまが状況を理解できず、

「ライザー、ラーズ、これはいったいどういうことなのです?」

 ラーズさまは集まった出場者、観客にも聞こえるよう、大きな声で説明する。

 ライザーさまが魔王と手を組んだこと。

 人間の上位者を纏めて消すために、出場者に凶暴化する毒を吸引させ、殺し合わせようとしたこと。

 そして皇帝に死に到る毒を服用させていた事。

 全ては自分が全人類の皇帝として君臨するために。

「ストラウス大公爵が証拠を押さえ、父上に報告しているところだ。説明が終わり次第、おまえは捕えられる」

 皇后さまは困惑の極みに達したかのように、

「ライザー! いったいどうしてそのようなことを?! なぜ人間を裏切ったのです?!」

 ライザーさまは奇妙に静かな声で、

「母上、元はと言えば貴女が原因ですよ」

「私?」

「そうです。貴女がラーズなど産んだのが間違いの始まりだった。呪われた闇の力を持つ血の繋がった弟などを産んだのがそもそもの原因。

 それだけではない。貴女はその弟に愛情を与えてしまった」

「なにを言ってるのですか? 我が子に愛を注ぐのは当然のことではありませんか」

 ライザーさまは憤慨したように、

「不要の事だった! いや! 愛を与えてはならなかった! そのために弟は母の愛をさらに求めるようになった! そう、弟という分際で何につけても構って欲しさにでしゃばるようになったのだ!」

「構って欲しいなどと。ライザー、ラーズはでしゃばったことなど一度もないではありませんか」

「いいや、構って欲しさに常にでしゃばっていた。貴女がラーズを甘やかしてしまったからだ! 私をないがしろにして!」

「ライザー、私は貴方をないがしろにしたことなどありません。二人とも平等に愛を注いでいました」

「それが間違いなのだ! わかりませんか!? 闇の魔力など持つ者に一度でも愛を与えれば砂糖に群がる蟻のように全て貪ろうとする! その証拠にラーズは身の程をわきまえなくなった! 学問でも、剣術でも、全て私を超えようなどと考えた! 不正をしてまで!」

「あなたはラーズが不正をしたというのですか!?」

「でなければ私が弟如きに負けるはずがないのだ! その証拠にラーズは武闘祭で優勝までしている! 不正の証拠だ!」

「ラーズが優勝したことがどうして不正の証拠になるのですか!?」

「まだわかりませんか!? ラーズ如きが優勝などできるはずがないからですよ! それにもかかわらず優勝した! 対戦相手を買収しなければできるはずがない! まさに不正の証拠だ!」

 ライザーさまの言葉はなにもかも言いがかりでしかなく、あまりのことに皇后さまはもうなにも言えなくなってしまった。

「母上。貴女の愛は、祝福された光の魔力を持ち、次期皇帝として選ばれた私だけに注ぐべきなのだ。呪われた闇の魔力を持つ者に愛を与えてはならない」

 こいつ なんなのよ。

 なんでも自分が一番で、なにもかも独占しないと気が済まない、我が侭な子供と一緒じゃない。

「母上。私は人間全ての皇帝になる。私が最も優れた人間であることを証明するために。そう、ラーズなど私の足元にも及ばぬことを世界中に知らしめる」



「話は全て聞いた」

 アスカルト皇帝が、ストラウス大公爵と皇帝直属の騎士中隊を連れて現れた。

「あなた、どうか御慈悲を。寛大な処置を。どうか、命だけは」

 皇后さまがライザーさまの処置に懇願する。

 人類を裏切るほど傲慢で強欲な人間でも、自らの腹を痛め産んだ、自分の息子。

 命は見逃して欲しいと願うものなのだろう。

 皇帝は冷酷な眼で、

「いいや、そうはいかぬ。ここまでしてしまっては、穏便に事を済ますわけにはいかぬ」

 そして皇帝は騎士中隊に命令する。

「ラーズを捕えよ」



 ……え?

 私は皇帝がなにを言ったのか理解できなかった。

 それはみんなや皇后さま、ストラウス大公爵も同じようだった。

 騎士中隊がラーズさまと私たちを取り囲む。

「父上、これはいったいどういうことなのです?」

 明らかに動揺しているラーズさま。

「黙れ。貴様に父などと呼ばれたくはない。虫酸が走る」

 侮蔑の目で皇帝は言い放つ。

 ストラウス大公爵が、

「皇帝陛下! 事の首謀者はライザー殿下です! ラーズさまは陰謀を暴いたのですよ!」

「ストラウス大公爵。まだわからんか。貴殿はラーズに騙されておるのだ」

「騙されている?」

「そうだ。ラーズが母の愛を独占し、ライザーを孤独にした。そのせいでライザーが魔王の甘言に乗ってしまった。ラーズがそうなるよう仕組んだのだ。

 そしてラーズは、あたかも自分が陰謀を暴いたかのように皆の者に吹聴し、ライザーを陥れて倒し、次期皇帝となる。全てラーズの企みだ」

 私は呆れて茫然としてしまった。

 いったいどこからそんな全然筋道が経っていない話を思いつくのよ。

「皇帝陛下! なんの証拠があるのですか!?」

「証拠? ラーズは闇の魔力を持っているではないか」

「闇の魔力を持っている……それだけで?」

「それだけだと? 十分すぎるほどの証拠だ」

「ライザー殿下に非はないというのですか!?」

「当然だ。ライザーは祝福された光の魔力を持っているのだぞ。よって、一切責任の追及はせぬ」

 ライザーさまが歓喜の顔で、

「おお、父上。私を信じてくださるのですね」

「もちろんだ、我が息子よ」

 リコレッティさまが怯えた目でおずおずと前に出る。

「皇帝陛下、お願いします。どうかラーズさまを信じてくださいませ」

 皇帝はリコレッティさまを一瞥すると、次にラーズさまに軽蔑の目を向ける。

「自分の兄の婚約者を惑わす恥知らずめ。

 かつては我が子だと思い、命だけは奪わなかった。だが、それは間違いだった。貴様は生まれた時に殺しておくべきだった。

 騎士隊、もう捕えるなどと悠長なことはしなくてよい。この場でラーズを斬り捨てよ」

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