94・そんなことをするつもりはない

 ラーズたちが魔王の陰謀について話し合い、対策の方針を決めた後、ラーズは皇帝城に戻る前に、ストラウス大公爵の館へ向かった。

 父である皇帝の体調不良についてから、調査を始めるために。

 クレアが皇帝の体調が優れないのは、ライザーが武闘祭の運営を取り仕切るために、皇帝になにかの毒薬を飲ませたためではないかと言ったのだ。

 症状が病気と酷似しているため、毒だと気付かれない。

 剣の探索や魔王の事とは全く関係ない、別の事で似たような話を読んだことがあるそうだ。

 徐々に奇妙になる冒険、とか言う物語だそうだが。

 ともかく、先ずはストラウス大公爵から話を聞く。

 リコレッティの父親。

 正直 苦手な人物だ。

 しかし、信用はできる。

 この国で唯一と言って良い信用できる人物。

 応接間で一年ぶりに会ったストラウス大公爵は、ラーズを温かい笑顔で迎えた。

「お久しぶりです、ラーズ殿下」

「久しぶりだな。ストラウス大公爵」

 彼の歳は四十代前半。リコレッティと同じ金の髪と青の瞳をしている。

 爵位を継ぐ前は騎士隊長を務めており、その経歴は伊達ではなく、武術に優れ、筋肉は今でも衰える気配を見せない。

 セルジオとキャサリンはきっとその筋肉を称賛するだろう。

 家督を継いだことによって引退したが、現役の頃は部下にも自分にも上官にも厳しく、鬼隊長と呼ばれていたそうだが、今の彼は厳格な騎士と言うより、社交的な紳士と言った感じの、物腰の柔らかい人物だ。

 特に娘に甘く、溺愛している。

 現役時代の彼を知らないラーズからすると、鬼隊長と言う呼び名を、今のストラウス大公爵から連想することができない。

「リコにお会いしていただいたそうですね」

「彼女のほうから会いに来たんだ。俺は会うつもりはなかった」

「まあ、そうおっしゃらずに、これからもリコに会ってやってください」

 これだ。

 父がリコレッティと兄のライザーを婚約させたと言うのに、ストラウス大公爵はまだ自分とリコレッティの結婚を諦めていない。

 呪われた闇の魔力を持つ忌まわしき皇子と娘を結婚させたがるなど、なにを考えているのだろう。

「それより、父の体調について聞きたいのだが」

「なんでもお聞きください」

 ストラウス大公爵の話では皇帝が体調を崩したのは三カ月ほど前。

 武闘祭の出場者を募り始めた頃で、当初は軽い風邪かと思われたが、体調がなかなか戻らない。

 医者の診察では、風邪が長引いているだけだと言うのだが。

「父に薬は誰が運んでいる?」

「薬はライザーさまが自ら皇帝陛下に運ばれております」

 体調を崩してからは、ライザーが他の者は信用できないと言いだし、自分で皇帝に薬を届けている。

 皇帝もライザーは信頼できると、これに賛同した。

 皇帝が体調を崩したのは、ライザーが運営を取り仕切るために毒を盛ったからかもしれないとクレアは考えていたが、これでその可能性は一気に高まった。

 最初に体調を崩させた方法は分からない。

 もしかすると、偶然 風邪を引いただけかもしれない。

 だが その後、体調が戻らないのは、高い確率でライザーが薬をすり替えているからだろう。

 兄が運んでいる薬を手に入れることができればいいのだが。

「父が服用している薬は、どんな物だ? 錠剤か? 粉末薬か?」

「たしか粉末薬でしたが」

 ストラウス大公爵はなぜそんなことを質問するのか理解できていない様子。

 粉末なら、服用後でも紙に少量残っているかもしれない。

 時間をかけてそれを集めれば、分析できるだけの量にはなるかも。

「わかった。ありがとう、ストラウス大公爵。時間を取らせて悪かった」

「いえ、ラーズ殿下のお呼び出しとあらばいつでも馳せ参じます」

 そしてストラウスは神妙な表情になり、

「ラーズ殿下。私は貴方に娘を守って欲しいのです。リコは貴方のことを……」

 やはり、まだ諦めていないようだ。

「ストラウス大公爵。俺にリコレッティを守るのは無理だ。それに彼女は兄の婚約者となったのだ」

「しかし、皇帝陛下に伏してお願いすれば……」

「そんなことをするつもりはない」

 ラーズは断言した。

 これ以上、この話をするつもりはないという意味でも。

「……わかりました。しかし、娘のことを抜きにしても、私は貴方の味方です。なにか困ったことがあれば私に申しつけてください」

「ありがとう」



 ストラウス大公爵の館から皇帝城に入ったラーズは、ライザーの調査を始めた。

 隠密の訓練は冒険者組合に入った時に受けたことがあるが、実践は始めてだ。

 それに魔物に見つからないようにするためで、人間相手は基本的に想定していない。

 だが、絶対に誰にも気付かれず見つからないようにしなければ。

 ライザーは執務室で、武闘祭の運営に関する書類に目を通して判を押しているのがほとんどで、今のところ不審な者との接触はない。

 食事の時間になると、医師の所へ行き、薬を受け取り、皇帝の所へ届ける。

 ライザーにも誰にも尾行は気付かれなかったが、しかし薬をすり替えている場面を見ることもできなかった。

 とにかく様子を探ろうと、皇帝の自室に隠された秘密の通路で聞き耳を立てた。

 皇帝城の構造は複雑になっている。

 戦争で敵が城の内部まで攻め込まれた時のことを想定してのことだろう。

 そして、その中には隠し通路、隠し部屋の存在がある。

 しかし長い歴史の中で、いくつもの隠し部屋や隠し通路の存在が忘れられてしまった。

 ラーズは子供の頃、独りでいることがほとんどで、遊びと言えば皇帝城を探検することだった。

 そして探検している時に、忘れられたそれらを発見した。

 皇帝の自室にある、緊急時の避難経路の隠し通路も。

 それがまさかこんな形で役に立つとは。

 父と兄の会話が聞こえる。



「父上、薬の時間です」

「おお、もうそんな時間か……ふう。この薬は不味くてたまらんな」

「良薬口に苦しですよ、父上」

「そうだな。それより、武闘祭の準備はどうなっておる」

「滞りなく進んでおります。今年は例年になく盛り上がるでしょう。魔王復活が冒険者組合から報告されたおかげで、多くの冒険者が名乗りを上げようと集まっております。やはり、上位者を騎士に採り立てると宣伝したのが効果的でした」

「冒険者か。ふん、卑しい下賤の者どもが、おこがましい夢など見おって。ライザー、まさかとは思うが、本当に騎士に採り立てるつもりではあるまいな?」

「とんでもない。冒険者などを騎士にすれば、我がアスカルト帝国の恥。なに、騎士道も知らぬ無知蒙昧の輩には良い夢を魅せておけばいいのです。我がアスカルト帝国の誇る精鋭騎士の当て馬には丁度良い」

「ふははは、その通りだ、ライザー。おまえは実に頼りになる。

 それに引き換え、ラーズは我が息子とは思えぬほどの情けなさ。子供の頃からなにをするにつけても不正で誤魔化し、武闘祭では対戦相手を買収する。終いには探してくれると思い国を出る始末。まったく、呆れてものが言えぬ。全て母親が甘やかしたのが原因だ。もっと厳しく躾けるべきだった」

「父上、弟の事は私に任せてください。武闘祭で弟の不正を暴き、身の程を思い知らせてやります。そうすれば、少しは言うことを聞くようになるでしょう。後は私が自ら教育してやります」

「おお、そうか そうか。おまえの愚弟にじっくり現実の厳しさを教えてやるといい。あのままではアスカルト帝国の恥となる。いや、もう恥となっておる。帝国の名誉回復のためにも、手心加えず躾けるのだ」

「わかっていますよ、父上」

「さて、そろそろ行くか」

「大丈夫ですか、父上。まだ休まれた方が」

「そうはいかぬ。私は皇帝なのだ。愚民どもに隙を見せるわけにはいかぬ。少しでも隙を見せれば、奴らはすぐに歯向かうからな」

「その通りです。しかし体にはお気を付けください」



 二人の足音がして、扉の開閉の音がし、静寂になった。

 ラーズは皇帝の自室に入り、粉末薬が入っていた紙を手に取る。

 まだ粉末薬が少し残っている。

 ラーズはそれをこぼさないよう懐にしまった。



 ライザーは執務室で書類処理をしている際、あの騎士隊長と面会した。

 これも秘密の隠し通路から聞き耳を立てた。

「騎士隊長、騎士団の掌握はどうなっている?」

「ライザーさま、問題ありません。騎士団の掌握は進んでおります。とくにライザーさま直轄の騎士隊は皆、ライザーさまに付いて行く所存です」

「そうか。出場者に飲ませている薬の方は?」

「順調です。日に日に興奮状態になり凶暴化しています。卑しい性根を曝け出しておりますな」

「ふん。上手くいきすぎて返ってつまらんな」

「それはライザーさまの実力あってのこと。そう、祝福された光の魔力を持つライザーさまだからこそ、簡単に事が進むのです」

「当然だ。私は全人類の皇帝になるべくして生まれたのだからな」

「まさにその通り。貴方に相応しい玉座、全人類の皇帝となり、あのラーズ如きなどライザーさまの足元にも及ばないことを、知らしめてやりましょう」

「ふふふ、その通りだ。私は全ての人間の頂点に立つ。それこそ私の実力に相応しい」

「そのとおりです。人類皇帝ライザーさまに栄光あれ」

 ライザーがなぜ魔王と結託したのか、カスティエルはその目的まで言わなかったが、これで分かった。

 目的は、全人類の皇帝になることだった。



 ラーズは皇帝が服用している粉末薬の残りを三日間かけて集めた。

 少ないが分析するには十分な量だろう。

 そして三日目にしてライザーは執務室で何者かと接触した。

 ラーズはその者との会話を盗み聞きすることに成功した。

 ローブを羽織った人物が二人。頭もローブで覆い隠しているので顔は見えない。

 そのうちの一人がライザーに質問した。

「首尾はどうなっている?」

 ラーズはその声をどこかで聞いたことがあるような気がした。

 気のせいか? いや、確かに聞き憶えがある。だが、どこで?

 ライザーがその人物に応えた。

「問題なく進んでいる。我々の計画は順調だ」

「ならば良い。ただ、一つ確認しておきたいことがある」

「なんだ?」

「おまえはラーズを犯人に仕立て上げると言ったが、それで構わないのか?」

「どういう意味だ?」

 ライザーが聞き返す。

「血のつながった弟を、おまえは殺すつもりなのか」

「ふん。そんなことか。血のつながりなど関係ない。いや、血がつながっているからこそ好都合なのだ。人類の反逆者ラーズを、兄である私が討つ。そうすれば、誰も私がおまえたちと同盟を結んだなどと気付かない。もし気付いたとしても、その時には我々は世界を支配している。

 魔王バルザックは魔物の帝王として君臨し、そして私は人間の皇帝として君臨する。なにも問題はない」

 ラーズは拳を強く握り振るわせた。

 俺を犯人に仕立て上げて殺す。

 この時の感情が何だったのか、自分でも判らなかった。

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