93・魔物には難しいだろうね
「さて、僕がここに来たのは、君たちに伝えることがあるからなんだ」
「誰かを救う話ではなく?」
「それと関係無いわけじゃないけれど、もっと差し迫った困った問題が起こるんだ」
差し迫った困った問題?
「バルザックはこの国で、世界征服のために一騒動起こすつもりだ」
「一騒動とは なんですか?」
「彼女は武闘祭を利用して、人間の上位者を纏めて始末するつもりなんだ」
アスカルト帝国武闘祭は各国の騎士や軍人、兵士、そして冒険者、様々な強者が集い競い合う。
特に今年は、魔王復活が冒険者組合から各国に報告されたことで、立身出世を夢見る者達が名乗りを上げようと多く集まっている。
彼らが口にする飲食物に、凶暴的になる毒薬を混入させ、武闘祭まで少しずつ蓄積させる。
そして武闘祭 当日、闘技場に集まった出場者たちに最後の仕上げの毒霧を吸引させ、理性を失うほど凶暴化させて全員を殺し合わせる。
そうすれば、武闘祭に参加した戦士たちを一気に消すことができる。
また各国の重鎮も観戦に来るので、彼らも巻き添えにすることができれば、さらに好都合。
「という計画なんだ」
「そんな……そんなことをすれば、一般の人も巻き込んでしまうのに」
武闘祭には戦いに関係の無い人も大勢、観戦に来る。
魔王は人間を滅ぼすつもりはないとフェニックスさまは言っていた。
だけどバルザックは、世界征服を進める上で、民間人の犠牲を厭わないつもりだ。
「そんなこと止めないと」
でも、どうやって?
スファルが、
「なあ、飲食物に毒薬を混入させるって言ったけど、どうやってそんなことをするんだ?
それをするには先ず出場者の
毒を入れる機会がないからな。
そんなこと魔物にできるか?」
「その通りだよ、スファル君。魔物には難しいだろうね。魔物には」
カスティエルさまが嬉しそうに肯定する。
魔物には難しいけれど、
「人間にならできるかもしれません」
みんなが私に一斉に目を向けた。
キャシーさんが、
「人間が魔王に与したって言いたいの?」
「はい。人間になんらかの形で協力を取り付ければ、十分可能です。
しかし、誰でも良いわけではありません。普通の一般人が、出場者の名簿を手に入れることや、所在地を突き止めるのは難しいでしょう。人数が多ければ可能かもしれませんが、同時に、人数の数が多ければ計画が漏れる可能性も高い。
私が魔王の立場なら、アスカルト帝国の重要人物に協力させます。それも武闘祭の運営に関係している人間」
見返りは、世界の半分を与えるでもなんでもいい。
協力を取り付けることができれば、世界征服を推し進められるのだから。
ラーズさまが険しい表情で、
「クレア、魔王と結託したのは誰だと思う?」
その疑問に答えたのは、カスティエルさま。
「もう、見当はついているんじゃないかな」
武闘祭の運営を取り仕切っているのはライザーさまだ。
ライザーさまと結託することができれば、完璧だ。
それに確か、リッグスとかいう冒険者の騒動の時、騎士の人がライザーさまの命令で出場者には全員、安全のため護衛が就いていると言っていた。
護衛のためという名目で武闘祭当日まで一緒にいる騎士なら、出場者に薬を盛ることができる。
「……どうすれば止められる?」
質問してくるラーズさまに、私は答えられなかった。
「クレア、教えてくれ。君の知識では、どうすれば止められることになっている?」
「……知りません」
「なんでも良い。君の知識がヒントになると思う」
「知らないのです。私の知っている限り、こんなこと起きなかった。魔王バルザックはこんな計画を企んだりはしなかったのです」
ゲームではアスカルト帝国武闘祭に出場するイベントはあったけど、そこに魔王の陰謀が絡むということはなかった。
ミサキチもそんなこと言ってなかったから、隠しイベントというわけでもないだろう。
「今回はなんのヒントもありません」
ラーズさまは愕然としたようだった。
カスティエルさまが窘める。
「ラーズ君。彼女は全てを知っているわけじゃない。剣まで導いてくれるけど、それ以上の事は知らないんだよ。君、クレア君に頼り過ぎなんじゃないかな」
「……そのようだ。いつの間にか、クレアの知識だけを頼りにしていたようだ。すまない」
「なにもわからないからと言って、なにもしないわけにはいきません。魔王バルザックの陰謀を阻止しないと」
私たちはとにかく対策を考え始めた。
「まず、ライザー殿下が関与している証拠を手に入れなければなりませんな」
「それにはラーズ様が皇帝城に戻るのが良いんじゃないかしら。皇子ですから皇帝城で寝泊まりするのはなんの不自然もないわ。調べるには適任よ」
「ですが、ライザーさまはなんらかの手段で、ラーズさまにも毒を盛るでしょう」
「となると、皇帝城にいる間、ラーズは一切飲み食いできないぞ。できるか?」
「やれる。大丈夫、三日間程度なら断食できる」
「出場者に盛る薬をなんとかして入手すれば、解毒する方法もわかりましょうぞ」
「スファル様も武闘祭に出場するのはどうかしら。スファル様は以前六度優勝しているから、今からでも受け付けると思うわ。そうすれば、スファルさまにも毒を盛ろうとするはずよ」
「確かに俺が囮になって、毒を盛る所を抑えれば、薬も手に入るかもしれないな」
「俺が皇帝城で調べている間に、その辺りの事はみんながやってくれるか?」
「はい。私たちに任せてください、ラーズさま」
カスティエルはクキエルを撫でながら、五人の様子を嬉しそうに眺めていた。
これで良い。
魔王の計画を少し伝えただけで、彼女たちは率先して陰謀を止めようとしている。
期待通りだ。
他の人間なら事態に戸惑い対処できないかもしれない。
だが、彼女たちは違う。
どんな困難な問題にも立ち向かい解決しようとする。
そんな彼女たちだからこそ、やり遂げると信じることができる。
彼女はきっとあの人物を救ってくれるだろう。
そして、彼らはそんな彼女を支えるだろう。
神託や使命を受けなければなにもできない聖女や勇者とは違う、普通の人間である彼女たちだからこそ。
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