95・最っ低!

 私たちが魔王の陰謀の対策を話し合っている間に、いつの間にかカスティエルさまは姿を消していた。

 食事のフルコースの前払いをして。

 うん。

 相変わらず気前が良い。

 そしてラーズさまが皇帝城へ向かい、スファルは武闘祭に出場の申し込みをした。

 以前にも出場し、優勝経験のあるスファルは、簡単に出場が受け付けられた。

 そして次の日、ライザーさま直属の騎士が一人、武闘祭まで安全を期するためにと、護衛に付くことになった。

 これは出場者全員への配慮だとも言っていた。

 ライザーさまなら、直属の騎士に出場者に薬を盛れと命令できるだろう。

 そして私たちは、さらに次の日の周囲に誰もいない時、問答無用でその騎士を気絶させ縛り上げて、持ち物検査。

 ポケットに粉末薬を発見した。

 カスティエルさまの言っていた、人間を凶暴化させる薬だろう。

 でも、これだけでは証拠不十分。

 薬を分析しなくてはならない。

 だけど この街にはお医者さんも錬金術師も、伝手がない。

 どうやって調べよう?

 考えているとラーズさまが戻ってきた。

「どうでしたか?」

 ラーズさまは暗い表情をしていた。

「やはり兄は魔王と結託していた」

 ライザーさまが騎士隊を掌握し、出場者に毒を持っていると言う会話。

 その犯人をラーズさまに仕立て上げる計画。

 魔王と結託した目的。

 そして体調を崩しているアスカルト皇帝に、薬を運んでいるのもライザーさま。

「ということは、やはり皇帝陛下が体調を戻されないのは……」

「この薬が毒薬である可能性が高い」

 ラーズさまは入手した薬を私に渡してきた。

「とにかく、成分を分析しなくてはなりませんね。ラーズさまはこの街に信用できる医者か錬金術師を知りませんか?」

「いや、あいにくだが、知らない。……待て。確かストラウス大公爵家が錬金術師に出資していた」

 ストラウス大公爵家。

 と言うことは、リコレッティさまの家。



 私たちはストラウス大公爵の館に来た。

「まあ、ラーズさま。貴方の方から会いにきてくださるなんて」

 リコレッティさまは心の底から嬉しそうにラーズさまを出迎えた。

 ラーズさまの前まで小走りで駆け寄って、てっきりそのまま抱きつくのかと思ったのだけれど、直前で停まって淑女の礼を取る。

「わたくしラーズさまに会いに行ったのですけれど、いつも御留守で。いったいどこに行かれていたのですか?」

 ラーズさまが皇帝城にいた三日間、リコレッティさまは毎日ラーズさまを訪ねていたそうだが、ラーズさまは居留守を使って会わなかったそうだ。

 たぶん調査があるからだろうけれど、知らない所で会っていなくて、私は安心した。

 安堵してしまった。

 リコレッティさまがラーズさまと会うのは良いことなのに、会っていないことで私はこんな気持ちになってしまった。

 私まだこんな気持ちを引きずってる。

 ラーズさまはリコレッティさまに、

「それより、今日はストラウス大公爵に頼みたいことがあって来たんだ」

「お父さまに頼みごと? それはなんですの?」

「ストラウス大公爵家は錬金術師に出資していただろう。その者を紹介して欲しいんだ。錬金術師に急いで調べて欲しいことがあって」

「あいにくですが、今 父は留守にしておりまして。皇帝城にいると思います」

 ライザーさまの手の者が大勢いる皇帝城で、錬金術師を紹介してもらうのは、さすがに危険だ。

 話を聞かれれば、私たちが陰謀を調べていることに気付かれてしまうかもしれない。

 ストラウス大公爵が帰ってくるまで待つしかないか。

「そうだ、わたくしがご紹介いたします」

 リコレッティさまが請け負う。

「いや、ストラウス大公爵に紹介状を書いてもらうだけで良いんだ」

「それでは難しいと思います。あの錬金術師さまはとても気難しい方で、紹介状 程度ではなにもしてくださらないと思います。ですが、わたくしは あの方とよくお会いしており、わたくしからのお願いなら聞いてくださると思います」

 ラーズさまは困ったように私に顔を向ける。

 なにを困ることがあるのか、私は分からなかった。

「ラーズさま、紹介してくださるのなら、構わないのでは」

 私の言葉に、ラーズさまはますます困ったようになったが、しばらくして意を決したように、

「わかった。ではリコレッティに頼もう」

「はい。任せてくださいませ」

 頼られたことが嬉しくて仕方がない取った様子のリコレッティさまだった。



 私たちはリコレッティさまの案内で錬金術師の家に到着した。

 街外れにある古い屋敷で、広さはそれなりだけど、庭は雑草が伸び放題で、家も手入れなどされておらず雨漏りでもしていそうな感じがする。

 リコレッティさまが呼び鈴を鳴らす。

「ソラリスさま。いらっしゃいますか? ソラリスさまー」

 三十秒ほど経過して、玄関のドアが開いた。

 現れたのは、背が高く、青い髪と瞳の若い男性。

 なぜか上半身裸。

「きゃあ!」

 リコレッティさまが可愛らしい悲鳴を上げて、両手で目を覆い逸らす。

 上半身裸の男性は不機嫌そうな顔で、

「なんだ、ストラウス大公爵のお嬢か。なんの用だ? 今 良い所だったのに」

「ソラリスさま! どうして裸なのですか!?」

「ちゃんと下は穿いてるぞ」

「下だけではありませんか! 上もちゃんと着てくださいませ!」

「相変わらず男に免疫ないな。裸を見たくらいでなにおたおたしてる」

「いいから早く服を着てください!」

「わかったよ」

 そしてソラリスという男性は玄関の床に落ちていたシャツを拾って着る。

 良く見ると、廊下にも服が散乱している。

「これでいいだろ。それでなんの用だ?」

 リコレッティさまは怖ず怖ずと指の隙間からソラリスさまがちゃんと服を着ているかどうか確認すると、安心したように息を吐いた。

「今日はお願いがあってまいりました」

「またお願いか。今度はなんだ?」

「この方たちが、錬金術師である貴方に、お頼みしたいことがあるそうです」

「断る」

 はやっ。

「話だけでも聞いてくださいませ。お願いいたします」

 涙目で食い下がるリコレッティさま。

「今日は忙しいんだ。また今度にしてくれ」

「急いでいるそうなのです」

「じゃあ他の錬金術師を当たれ。とにかく今日は予定がある」

 無下にしてソラリスさまは玄関を閉めようとする。

 だけどそれより早く、屋敷の奥から気だるそうな声がした。

「ねぇー、どうしたのー? 早く続きしましょうよー」

 下着姿の女性が現れた。

「ああ、少し待ってくれ。すぐに追い出すから」

 ソラリスさまが女性に返事をすると、リコレッティさまに、

「こういう言うわけだから、帰ってくれ」

 だけど、リコレッティさまは怪訝に、

「あの方はどなたですの?」

「見れば分かるだろ。恋人だよ、恋人。今日は彼女とずっと一緒にいるって約束したんだ。だから帰ってくれ」

「……恋……人?」

 その言葉が理解できないかのようにリコレッティさまは、

「どういうことですか? 以前お会いした女性とは違う方ではありませんか」

「あ! バカ!」

 下着姿の女性の表情が険しくなった。

「ちょっと、それどういうこと?」

「あ……いや……それは……」

 ソラリスさまはしどろもどろになった。

「あんた! 二股かけてたの!?」

「違う! 前の女とは別れたんだ! 今はおまえ一筋だ!」

 下着姿の女性は疑わしげな目で、

「……本当でしょうね?」

「本当だって」

 だけどリコレッティさまはおろおろと、

「え? え? 以前の女性にも同じことおっしゃっていましたわ。だけどソラリスさまはその時、二人どころか三人もお付き合いされていて、物凄い騒ぎになって、治めるのにお父さまは大変な思いをされたのですよ。あの時約束したではありませんか。一人に決めると。その方を一生守ると。それなのに他の女性とお付き合いされているのですか?」

 女性の目つきが鋭くなる。

「あんた……」

「違う! 今度は本当に別れたんだ! セリーヌともアリソンともステイシーとも、もうなんの関係もない!」

 しかしリコレッティさまが首を傾げて、

「ソラリスさま? 以前お付き合いされていたのは、エレンさまシャーリーさまミティアさまではなかったのですか?」

 下着姿の女性の眉目が危険な角度に吊り上がった。

「どういうことかしら?」

「違うんだ! ティリナともジェニファーともルーシーともちゃんと別れた!」

「さっきと名前が違うわよ」

「あ! え、いや、それは……」

「あんたって男は……」

 下着姿の女性はソラリスさまの頬を引っ叩いた。

「最っ低!」

 そして女性は廊下に散らばっていた衣服を拾うと、下着姿のまま大股で屋敷を出て行った。

「……ソラリスさま?」

 自分のしたことがよくわかっていないらしいリコレッティさま。

「……」

 ソラリスさまはしばらく沈黙して項垂れていたが、やがて、

「入れ。今日の予定はなくなった」

 と いうことになった。

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