89・この汚らわしい豚め
宿場町に戻った私たちは、町長さんに打ち合わせした通りの嘘を吐いた。
残念がる町長さんだったけど、ゴブリンを退治できなかったことを責めたりはせず、町民で力を合わせて対策を考えると言った。
そして深夜に宿に戻った私たちを、ラーズさまが待っていた。
「クレア、こんな夜遅くまでどこへ行ってたんだ?」
明らかに非難しているラーズさま。
「その……夜の散歩です。今日は月が綺麗ですよ」
「嘘だな」
うん。
すぐにわかるよね。
「でも月が綺麗なのは本当ですよ」
ラーズさまは嘆息して、
「クレア、俺の目の届かない所へ行くな。なにかあったらどうする?」
「大丈夫ですよ。セルジオさまとキャシーさんも一緒でしたから。それに私、一応ランクBですよ」
「それとこれとは話が別だ。いいか、忘れているようだが、俺は君を守ると約束したんだ」
あ、そう言えばそうだった。
竜の谷で、私が剣まで案内する代わりに、ラーズさまが護衛すると約束したのだった。
「そんな約束もありましたね」
「やっぱり忘れていたんだな」
いや、そんな約束、今更という感じが。
「とにかく今後、俺の目の届かない所へ行かないようにするんだ。いいな」
なんだか今夜のラーズさま、私に過保護の様な感じがする。
なにかあったのかな?
「聞いてるのか? わかったら返事をしろ」
「は、はい。分かりました」
「よし。今日はもう遅い。早く寝るんだ」
「はい」
「じゃあ部屋へ行くんだ。ただし、くれぐれもスファルの部屋には近づくな」
「はい? スファルさまがどうかしたんですか?」
「なにもない。とにかく、近付くんじゃない」
ラーズさまの様子がおかしい。
スファルさまとなにかあったのかな?
私は割り当ての部屋に入り、ベッドの上に寝転がった。
でも、眠れない。
気になって眠れない。
さっきのラーズさまは明らかに変だ。
今更 約束の事を急に言い出したり、スファルさまの部屋に近付くなって言ったり。
絶対なにかあった。
スファルさまと喧嘩でもしたのかな?
確かめないと。
お互いの命を預け合う旅の仲間に軋轢が生じたら大変だもの。
よし、そうと決まれば、いますぐスファルさまの部屋へ行くわよ。
ラーズさまはあの調子だとなにがあったのか説明しそうにない。
スファルさまからなにがあったのか聞き出して、問題を解決しないと。
スファルさまの部屋の前に来た私は、軽くノックをする。
「スファルさま。まだお休みですか?」
返事はない。
ゴブリン退治に向かう前はもう寝ていたけど、ラーズさまとなにかあったのなら起きたってことよね。
私はドアノブに手をかけると、軽く回して見る。
鍵は開いている。
「スファルさま、入りますよ」
私は断りを入れると、部屋の中に入った。
旅の荷物は部屋の隅に無造作に置かれ、持ち主のスファルさまは、ベッドの上で布団を抱きしめて、気持ち良さそうに眠っている。
熟睡している。
この様子だと、私が宿に戻ってくるまで起きたわけではなさそう。
となると、ラーズさまとはなにもなかったことになる。
私の思い過ごし?
「グフフフ……」
スファルさまが唐突に変な笑い声を上げた。
「ねえ、お嬢さん……あんな男より、俺にしない……」
また変な夢を見ているみたい。
「俺はラーズとは違うよぉ……ヌフフフ……」
ラーズ?
「クレアお嬢さん……そうさ、俺の方が良いって……」
今クレアって言った!?
私の夢見てるの!?
「うぅーん……いいよぉ……ああぁん……そう……そこぉ……」
ちょっとスファルさま!
私といったいなにをしている夢を見てるんですか!?
「クレア女王さまぁ……もっと踏んでぇ……」
……え?
女王さま?
踏んで?
「はぁい……そうなんですぅ……わたくしめは……お仕置きされると感じてしまうんですぅ……」
え?
え?
えぇえ!?
「女王さまぁ……もっとグリグリしてくださぁい……ああん……」
へ、へ、へ……
変態だー!
スファルさま変人の上に変態だー!!
「ほぉおん……お尻を叩いてくださるのですかぁ……」
ヤメテー!
私でそんなこと考えないでー!
私はそんな趣味ないからー!
「ああぁ……スファルめは……イっちゃいますぅ……」
イヤー!!
私は部屋から逃げ出した。
その夜、一睡もできずに過ごした私は、翌日、眼の下に隈ができていた。
「クレア、どうしたんだ? 酷い顔だぞ。眠れなかったのか?」
朝食を摂りに食堂に来た私に、心配そうに声をかけてくださるラーズさまに、謝罪する。
「ラーズさま、心配かけて申し訳ありません。あなたの忠告を守るべきでした」
「クレア、まさか……」
「しかし、同時に知っておかなければならないことでもありました。危険は事前に知っておかなければなりません」
「そ、そうか。知ってしまったのか……」
スファルが欠伸をしながら食堂に来た。
「ふわぁあああ……おはよう、みんなー」
私は無視した。
「あれ? どうしたの? お嬢さん、酷い隈だぞ」
「話しかけるな」
「え?」
スファルがショックを受けた顔をする。
「え? え? どうしたの? 俺、なにかした?」
「お黙り」
「ええ!? なに? なになになに!? どうしちゃったの!? お嬢さん機嫌が悪いよ!」
「黙れと言ったのが聞こえないの、スファル」
「なんか呼び捨てにされてる! 今まで一応さまって付けてたのに!」
「おまえに敬称を付ける必要はない。名前を呼んでもらえるだけでありがたく思え。この汚らわしい豚め」
「いったいなんなのー!? 俺なにかしたー!?」
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