88・家族を守ろうとして
ゴブリンの数は不明。
今のところ、被害は夜に畑に忍び込んで、作物を幾つか盗んでいくだけ。
目撃者の話では、ゴブリンであることは間違いないと言う。
目撃者はそのゴブリンを追跡して、住処となっている洞窟を突き止めた。
しかし何匹いるのか分からないので、宿場町の人たちは怖くて手が出せなかった。
私たちはゴブリンの住処となっている洞窟へ向かう。
「ラーズさまたちが気付く前に片付けましょう」
そう、私たちはラーズさまにはなにも告げなかった。
ラーズさまに言えば、必ず一緒に戦うと言ってくれるとは思うけれど、同時にアスカルト帝国騎士小隊が反対するのは確実。
騎士小隊の任務はラーズさまをアスカルト帝国に連れ帰ること。
ゴブリンが相手でも、ほんの少しの危険も認めないだろう。
そうなるとラーズさまは騎士小隊を説得しようとするだろうけど、騎士小隊が受け入れるとは思えない。
そんな無駄な時間を使うよりは、短時間で事を済ませた方がいいと、私たちは判断した。
ちなみに、スファルさまも置いてきた。
旅の疲れからか、私たちが町長さんの話を聞いている間に、食事を済ませ、割り当ての部屋でもう眠ってしまっていたのだ。
「うぅーん……カワイコちゃぁーん……あぁーん……いいよぉ……そこぉ……」
とか寝言を言ってた。
良い夢を見ているみたいだし、起こすのも悪いし、なんかもう放置することにした。
そして宿場町から一時間ほどして、私たちは洞窟が見える所まで来た。
ゴブリンの姿は見えない。
「どうしますか? 私が魔法で洞窟内を焼き払いますか?」
私の
でも、言ってはみたけれど、正直やりたくないという気持ちがある。
フェニックスの言葉を受けて、私は被害が大したことがないのなら、魔物を殺さずに追い払うだけで済ませたいと思うようになっていた。
「いいえ、それはやめておきましょう。万が一、中に人間がいると大変なことになるもの」
キャシーさんはどう思っているのか分からないけれど、安全の観点から反対した。
私はやらずに済むと思い賛成する。
「そうですね」
「ここは吾輩が洞窟に入り、吾輩の筋肉でゴブリンを洞窟から外に出そう」
もしセルジオさまが攻撃を受けたとしても、
「お願いします」
そしてゴブリンが私たちを容赦なく襲ってくるようなら、その時はやるしかない。
やらなければならない。
セルジオさまが洞窟に入った。
私は呼吸の数を数えて時間を測る。
十回。ゴブリンもセルジオさまも洞窟から出てこない。
二十回。まだ現れない。
三十回。遅い。なにかあったのかもしれない。
四十回。私の背後で草の音がした。
「アアアッ!」
剣を振り上げて跳びかかってくる小柄な人影が月明かりに照らされる。
私は細剣を抜き、その剣を弾き飛ばすと、続いて腹を蹴り込む。
「ゴブッ!」
私の蹴りをまともに受けたそいつは、苦悶の声を上げて地面に倒れる。
私は細剣を突き付けた。
「動かないで」
そいつは私の言葉通り動かなかった。
月明かりでそいつがなんなのか明確に見える。
身長一メートルくらいしかない、痩せ細った小さな体躯。頭に二本の小さな角。
ゴブリンのオスだ。
「ヒッ……ヒッ……ヒッ……」
その顔には明らかに恐怖が浮かんでおり、手足が震えている。
「他に仲間は?」
「ア……アゥ……ア……」
ゴブリンは意味のない呻き声を上げるだけ。
「他に仲間は!?」
私は強く問い質す。
「イ、イナイ。オレ、ヒトリダ」
一人?
「本当ですか?」
「ホ、ホントウダ。オレ、ヒトリダケダ」
「なぜ、貴方は一人だけなのですか? ゴブリンは群れを作るはず」
「ソ、ソレハ……」
「いや、一人ではない」
セルジオさまだ。洞窟から戻ってきた。
「ダーリン。そいつらは?」
セルジオさまは腕に二匹のゴブリンを抱えていた。
右腕にメスのゴブリン。
左腕に子供のゴブリン。
二体はセルジオさまの腕から逃れようと暴れているが、圧倒的なパワーの差でそれができない。
「どうやら、ゴブリンはそのオスを含めて、三体だけのようである」
「アナタァ」
「オットォ」
あなた。おっ父
このゴブリンたち、家族。
このオス、家族を守ろうとして。
私たちは三体を地面に座らせる。
「オ、オネガイ。コロサナイデ」
オスのゴブリンが、妻らしきゴブリンと、息子のゴブリンを庇う。
「私たちの質問に応えてください。ここに住んでいるのは貴方達だけなのですね?」
「ソ、ソウダ」
「なぜ貴方たちはここに住むことにしたのですか?」
「ニンゲンガ、チカクデ、ハタケヲ、ツクッテタカラ。タベモノニ、アリツケル」
「つまり、目的は食べ物だと?」
「ソウダ。オレタチ、ハラガヘッテ、シニソウダッタ。ダカラ、ココニ、スムコトニシタ」
「元々住んでいた場所はどうしたのですか? なぜそこを離れたのです?」
「ドラゴン、オソッテキタ。サンタイモイタ。フルサト、メチャクチャニサレタ。オレタチ、ニゲタ。イキノコッタノ、タブン、オレタチダケ」
三体の
「貴方達が元々住んでいた場所は何と言うのですか?」
「ナマエナンテナイ。ニンゲンガ、ナンテイッテルノカモ、シラナイ。デモ、ココカラ、キタニアル。ズットトオイ」
ここから北ということは、アスカルト帝国。
「オネガイ。コロサナイデ」
「……貴方は私を殺そうとしました。それなのに見逃せと?」
「モウシナイ。イママデ、ニンゲン、オソッタコト、ナイ。キョウガハジメテ。モウシナイカラ」
「なぜ私を襲ったのです?」
「オレタチミンナ、コロサレルト、オモッタ。ニンゲンハ、オレタチヲ、コロスノガタダシイ。ソウイッテルカラ」
人間は魔物を殺すことが正しいと言っているから。
「……私たちが貴方たちを見逃すとしたら、貴方たちはまだここに住むつもりですか?」
「イヤ、デテイク。ドコカベツノバショ、サガス」
「……」
私はしばらく考えて、セルジオさまとキャシーさんに、
「見逃しましょう」
キャシーさんは微笑んで、
「クレアちゃんなら、そう言うと思ったわ」
「吾輩も反対はしない。しかし、この者たちはこの先どうするのだ? また人里の近くに住み着きでもしたら?」
私は地図を頭に思い浮かべて、
「貴方達、方角は分かりますね」
「ワ、ワカル」
「では、ここから西へ向かいなさい。西に森があります。そこは人の手が入っていません。そこなら、人間に見つかることはないでしょう」
「ワカッタ」
「ただし、二度と人里に近付かないことです。もし人間に見つかれば、その時こそ死を覚悟なさい」
「ワ、ワカッタ」
「では行きなさい。今すぐに!」
「ハ、ハイ!」
ゴブリンの家族は逃げるように西へ向かった。
「見逃してしまいましたね。町長さんにはなんて説明しましょうか?」
「ゴブリンは洞窟にいなかった。探しても見つからなかった。それで良いんじゃないかしら」
「まあ、それしか方法はあるまい。町長殿も吾輩らが一晩しか滞在しないことを承知のはず。深くは追求せぬであろう」
「そうですね」
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