90・自分の弟を殺すって言ったの!?
アスカルト帝国。
大陸の北方の寒冷な地域に属し、大陸の国々の中で最も広大な面積を持つ国。
私たちはカナワ神国から、カノイ皇国を経由し、一カ月かけてその帝国に到着した。
そして到着したその日のうちに、ラーズさまはアスカルト皇帝と謁見する運びとなった。
そのさい、なぜか私たちも謁見するように言われた。
「よくわからないが、父は君たちの事も見ておきたいとのことだ」
そして玉座の間で私たちはアスカルト皇帝と謁見する。
「良く戻ってきた、ラーズ。そちの活躍は耳にしておる。父として鼻が高い。褒めてつかわす」
アスカルト皇帝はラーズさまを父として褒めるとは言っているが、明らかに皇帝として接している。
事務的で、親愛の情はまったくない。
皇帝の右の席には、皇后さま。
私が髪を染める前と同じ色の銀の髪。そして瞳も私と同じ紫。なんだか特徴が似ている。
皇后さまはラーズさまに母親としての純粋な慈愛の眼を向けている。
皇帝の左にはラーズさまの兄、ライザーさまが座っている。
癖のある髪は金。瞳も同じ色。光の魔力の保有者に多くみられる特徴。
ラーズさまを忌々しげに睨んでおり、なんだかメドゥーサと似たような印象を受けた。
アスカルト皇帝は私たちに順番に眼を向ける。
「そちらがラーズの家臣か。よくラーズを支えてやっているようだな」
「父上!」
ラーズさまが声を上げて、
「彼らは家臣ではありません。旅の仲間です」
「同じであろう」
「違います」
「どうでもいいことだ。それで、家臣の名は何と言う?」
たいした違いはないと言わんばかりに、私たちをラーズさまの家来ということにしているアスカルト皇帝。
「セルジオと申す。聖堂騎士が一人」
「キャサリンです。同じく聖堂騎士の一人」
「ほう、聖堂騎士か。して、残りは?」
「スファル・ルティス・ドゥナト。ドゥナト王国第一王位継承者」
「おお、これは失礼した。ドゥナト王太子であったか。以前、武闘祭で六回連続の優勝を果たしておったな。そちの国とは今後とも友誼を続けたいと思うておる」
そして最後に私に眼を向けて、
「して、そちは?」
「クレアです」
「どこの者だ?」
「……平民です」
本名や素性を教えるのは危険すぎる。
リリア・カーティスやリオンに伝わってしまう可能性が高い。
アスカルト皇帝は蔑んだ眼を私に向けた。
「平民……下賤の者を家臣に加えたのか、ラーズ」
「父上、家臣ではないと何度言えば……」
「ああ、よい。おまえが決めたのならば、平民であっても家臣に加えることを許す。ただし、面倒は自分で見るのだ」
なんかこの皇帝、選民意識が強い。
皇帝が庇護すべきは平民だと言うのに。
「それよりも、ラーズ。来月にはアスカルト帝国武闘祭が開かれる。そちも四度出場し、四度優勝した大会だ。
知っての通り、我がアスカルト帝国武闘祭は、世界で最も大規模に開催される武闘祭。帝国の威信をかけて滞りなく進めなければならぬ」
「俺に武闘祭の開催の手伝いをしろと?」
「いいや。そちは出場せよ。再び出場し、優勝して見せるのだ」
「父上。俺はもう武闘祭に出場する気はありません」
アスカルト皇帝はその顔に苛立ちを見せた。
「だからなんだ。私が出場せよと言っているのだ」
「しかし……」
「黙れ! 父にして皇帝である私に逆らう気か! とにかく出場するのだ!」
激昂するアスカルト皇帝は、次に咳き込む。
「っう……ゴホ、ゴホ……ゲホッ! ゲホッ!」
「父上?」
しばらく咳き込み続けたが、やがて治まる。
「……ふう。最近、体調が優れなくてな。しかし問題はない。武闘祭の運営は、私の代わりにライザーが取り仕切っておる。ライザーは実に頼りになる」
ハンカチで口を拭うと、
「とにかく、ラーズよ。武闘祭に出場するのだ。よいな」
皇帝は反論を許さない調子。
「これにて、謁見は終わりとする」
そして一方的に話を終わらせた。
なんなのよ、あの皇帝。
自分の息子に久しぶりに会ったっていうのに、全然 喜んでなかった。
国に戻らせたのも、武闘祭に出場させるためで、息子に会いたいって理由じゃなかった。
どういう父親なのよ。
私が内心 怒りを覚えながら、ラーズさまの案内で、ラーズさまの自室へ向かう途中、呼び止める人がいた。
「ラーズ」
ラーズさまの兄、ライザーさまだった。
騎士小隊を引き連れている。
ライザーさまはラーズさまの眼前まで顔を近づけると、憎々しげに歯を剥き出しにして、
「よく、おめおめと戻ってこれたな。おまえが国を出る時に私は言ったはずだ。二度と帰ってこぬ方が良いと。帰れば私がおまえを殺すとな」
なっ!?
この人、今なんて?!
自分の弟を殺すって言ったの!?
「父上がなぜおまえに武闘祭に出場せよと命じたか理解できるか? 貴様の不正を暴くためだ。貴様が過去に優勝できたのは、対戦者を買収したのだと見抜いておられるのだ。
だが 私は父上より早く、貴様が不正をするだろうとわかっていた。そして私が予想していたとおり、貴様は対戦相手を買収した。
いいか。今回の武闘祭の貴様の一回戦目の相手は私の権限でこの者にした」
そして若い騎士隊長が前に出て、不敵な眼で右腕を見せる。
「貴方に斬られた腕は、このとおり元に戻りましたよ」
「つまり、君が俺を負かせて、今までの勝利は不正だと証明すると」
「その通りですよ、ラーズ皇子」
「君はあの時、俺に負けている」
「同じ手は食いませんよ。私の右腕を切り落とした手口も、今回の武闘祭で暴いて見せる」
そしてライザーさまが勝ち誇って、
「こういうことだ。貴様がまた不正をする余地はない。無様な負け姿を観客に晒すが良い」
そしてライザーさまたちは立ち去った。
ラーズさまの部屋に到着した。
簡素な部屋で、家具の類は必要最小限。飾り付けの類は一切ない。
帝国の皇子とは思えないほど質素な部屋。
私たちはクッションの無い椅子にそれぞれ座る。
「兄は俺を心底 嫌っている」
ラーズさまはそう切り出した。
兄、ライザー・アルヴィス・アスカルトは第一皇子として生まれ、神々に祝福された光の魔力を持っていた事から、次期皇帝に決められた。
あらゆる人々から皇帝に相応しいと幼い頃から称賛され続けた兄だが、気に入らないことが一つだけあった。
弟である自分の存在。
闇の魔力を持つ忌子。
邪悪の証である呪われた闇の魔力を持って生まれたラーズさまだが、あらゆる面で兄であるライザーさまより優れていた。
学問、剣術、兵法、魔法。全てにおいて。
「それが兄には気に入らなかったのは間違いない」
兄は事あるごとに、ラーズさまの成績は不正によるものだと言い、教師もその言葉を受けて疑いの眼で見ていた。
だが、不正の証拠は見つからなかった。
当然だ。
不正などしていないのだから。
それでも、ライザーさまを始めとした、多くの人がラーズさまは不正をしていると決めつけ暴こうし続けた。
そしてアスカルト帝国武闘祭にラーズさまは十四歳で出場し、
その事も、ライザーさまはどのような不正をしたのかと、しつこく問いただしてきた。
ラーズさまはすっかり嫌気がさした。
同じ頃、魔力が急激に成長し、あらゆる剣がその膨大な魔力に耐えられなくなった。
そしてラースさまは アスカルト帝国を出ることにした。
闇の魔力を持っていると言うだけで、不当な扱いを受けるこの国から逃げ出すため。
そして、自分の魔力に耐えられる剣を求めて。
「あの騎士隊長は何者ですか?」
「騎士団で最も剣術に優れていると言われている男だ」
だが、他国からの出場者も多い武闘祭では、最高成績は剣術部門の三位。
「武闘祭でも他の試合でも、俺と対戦したことはなかった」
ラーズさまが旅に出る時、同行すると申し出てきた。
だけど、アスカルト帝国を出た途端、背後から奇襲してきた。
ラーズさまは反撃し、そのさい騎士隊長の右腕を切り落としたと言う。
「旅の仲間を組みたがらないのは、それが理由ですか?」
仲間になると言って油断させて、襲ってくるかもしれないから。
「今は違う。君たちがいる。君たちは俺の旅の仲間だ」
「……私たちの事、旅の仲間だと認めてくださるのですね」
「もちろん」
私たちはお互い笑顔を交わした。
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