81・美しい死に方だ

「貴様ぁ! リリアに愛を捧げたのは嘘だったか!」

 ジルドが剣を抜いた。

「リリアの清純な心を傷つけるとは許し難い」

 ジルド! ミューレンをやっつけて!

 ミューレンが兵士に命令する。

「兵士は下がれ! ジルド・ハティアは私が相手をする!」

「貴様如きが俺を相手にするだと? 思い上がりおって。貴様など俺の敵ではないわ。リオン!」

 ジルドがリオンに一声かけると、

音声遮断サイレント!」

 リオンはミューレンの魔法を封じた。

 やった。

 これで、ミューレンは魔法が使えなくなった。

 ミューレンは魔法でしか戦えないから、これで手も足も出なくなるわ。

「ふん。貴様など魔法がなければ何もできまい。リリアの心を傷つけたこと、後悔させてやるぞ」

 そしてジルドはミューレンに向かって駆け出し、剣を振り上げ、一気に下した。

 なんだか嫌な音が聞こえた。

 きっと、肉と骨が斬られる音ね。

 死んじゃったわね、ミューレン。

 お仕置きしてからにしたかったけど、しかたないわ。

 さあジルド、その調子で他の反逆者もやっつけて。

「……あ? ……なんだと?」

 ジルドがふらふらと後退すると、その腕からぼたぼたと血が流れている。

 ……え?

 ジルドの両腕が地面に転がっている。

「まったく。貴方 程度の剣の腕で私を倒せると思っていたのですか」

 呆れたように言うミューレンがいつの間にか剣を抜いていた。

 どういうこと?

 ミューレンがジルドの腕を斬り落としたっていうの?

「う……うぉおおおおお!!」

 ジルドがミューレンに突進して しがみついた。

「逃げろ! リリア!」

 え?

 逃げろって?

 え?

「リリア! なにをしている! 今のうちに逃げるぞ!」

 リオンが私の腕を引っ張る。

 そうよ、逃げないと。

 みんな、私を守って!

「まいった! 降参だ!」

「投降する! おとなしく捕まる!」

「命だけは見逃してくれ!」

 わたしの兵士が次々降参していく。

 なにやってるのよ!?

 あなたたち誰のおかげで仕事に就けたと思ってるの!

 ちゃんと働きなさいよ!

「かまうな! 逃げるんだ!」



 リリア・カーティスとリオンが逃走し、その後をキースと兵士たちが追いかけて行くのを、ミューレンは興味なさそうに見届けた。

 術者であるリオンが逃げたことで、音声遮断の魔法が解けている。

 そして、抱きついているジルド・ハティアに、無造作に膝蹴りを入れる。

 衝撃で体から離れるジルド。

「おのれぇ……軟弱者のふりをしていただけだったのか……」

「奥の手は隠しておくものです。貴方のように、いつも手の内の見せびらかしていては、対策を取られてしまう。さあ、もう良いでしょう。貴方はここで終わりだ」

「奥の手があるのは貴様だけではないわ! 火炎魔球ファイアボール!」

 火の中級魔法、火炎魔球。命中と同時に炸裂する攻撃魔法だが……

水氷障壁アイスウォール

 ミューレンの眼前に氷の壁が発生した。

 火炎魔球が氷の壁に着弾して炸裂する。

 ミューレンは無傷だ。

「この程度が奥の手なのですか? あきれたものだ。では 特別に、私の本当の奥の手を見せましょう」

 ミューレンは両手を頭上に掲げると、魔力を凝縮し始めた。

 膨大な魔力が、極小の密度となって集まる。

氷結フリージング処刑エクスキューション

 達人級の水の魔法。対象を一瞬で凍らせる。

 魔力の塊がジルドに命中した瞬間、その体が氷の結晶となり、絶命した。

「貴方には不似合いな、美しい死に方だ」

 ミューレン・ゼオランドは冷酷な眼でそれを見ていた。



 街外れにあった農家の馬を奪って、わたしはリオンと一緒に乗って逃げる。

 どうしてこんなことになっちゃったの?

 わたし一生懸命 頑張ったのに。

 魔法学園じゃゲーム通りに進めた。

 国の政策も良いことだけをした。

 わたしはみんなを幸せにしてあげた。

 それなのに、どうして?

 ……あの女。

 クリスティーナ・アーネスト。

 まさか、生きているの?

 そうだ、ジルドが言ってた。

 アドラ王国でクリスティーナに似た女を見たって。

 そうよ、あの女がまだ生きていて、なにかしたのよ。

 そうに違いないわ。

 リオン、竜の谷へ向かって。

「なんだって? あんなところへ行ってどうするというのだ?」

 いいから竜の谷へ行くのよ。

 私の言うことが聞けないの!

「わ、わかった」



 キースは兵士を従えて、リリア・カーティスとリオンを追跡していたが、竜の谷付近で見失った。

「おのれぇ!」

「キース様。リリア・カーティスとリオンはどうやら竜の谷に逃げ込んだようです」

「わかっている! あの女、なにを考えている? 竜の谷なにかあるというのか? それとも竜に我々の相手をさせて、その隙に逃げ切るつもりか? そうはいかんぞ。必ず見つけ出してやる。必ず見つけ出し、娘の倍する苦痛を与えてやる」



 竜の谷の谷底に着いたわたしは、クリスティーナ・アーネストの落ちた周囲を探し、死体を探す。

 ない。

 ないわ!

 あの女の死体がない!

「いまさら あの女の死体を捜してどうするつもりなんだ? それに見つけることなんて不可能だ。この谷じゃ 死体は竜に食われて、骨も残らない」

 違うわ。

 クリスティーナ・アーネストは生きてるのよ。

 そして陰で陥れていたの。

 わたしを陥れ続けていたのよ。

 そうに違いない。

 でないとこんなことになるはずがない!

 倒さなきゃ。

 見つけ出して今度こそ確実に倒さなくちゃ。

 でないと わたしが みんなを幸せにできない。

「「「グルルルルル……」」」

「リリア! 竜だ! 走竜ランドラゴンだ!」

 いけない!

「リリア、どうすればいい!?」

 戦うの!

 やっつけるのよ!

「わ、わかった!」

 剣を抜いて竜と戦い始めるリオン。

 でも、走竜なんてザコに苦戦している。

 リオン、なんて弱いのよ。

 それでも勇者なの?

 このままじゃ、ダメだわ。

「リリア、援護してくれ!」

 ええ、分かったわ。

 わたしは魔法を使う。

 ヒロインのわたしは当然、魔法を簡単に使えるんだから。

 光の矢エネルギーボルト

「ぐあ!」

 よし、リオンの足に命中。

「リ、リリア?! なにを!?」

 わたしはリオンを放っておいて走り出す。

 竜はわたしの狙い通り、動けなくなったリオンに集中して、わたしを追いかけてこない。

 安心して、リオン。

 あなたの犠牲は忘れない。

 あなたが囮になれば、わたしは助かる。

 わたしは助かって、クリスティーナ・アーネストを今度こそ倒すの。

 わたしは必ず、クリスティーナ・アーネストを倒してみせるわ。

 そうすれば、わたしはみんなを幸せにできるのよ。

 ヒロインのわたしが、みんなを幸せにして、聖女になるのよ。

 だからリオン、安心して死んでちょうだい。



「待ってくれ、リリア。君がいなくなったら、俺は何をすればいい? 全部、君の言うとおりにした。俺は君がいないと何をすればいいのかわからないんだ!」

 若獅子と称され、自分の意志を曲げないと思われていたリオンは、だが実は全部、誰かの言うことを聞いていただけだった。

 クリスティーナ・アーネストが婚約者になる時、不愉快な感情を隠そうともしなかったのに、父王の言われるがままに彼女を婚約者にした。

 クリスティーナが、もし お互いに好きな人ができた時は、婚約解消し、お互いに助け合おうと提案した時も、その意味を深く考えもせずに承諾した。

 そして 学園でリリア・カーティスが近付いて来た時も、リリアの友達と称する女生徒が、二人はお似合いだと言われたから、リリアと交際し始めた。

 学園生活でも、卒業式での断罪も、婚約破棄も、処刑も、民を幸せにする政策も、犯罪撲滅政策も、その他すべてリリア・カーティスが言った通りにしていただけだった。

 本質的に官僚の言いなりになっていた父親となにも変わらなかった。

 リオンは自分ではなにも考えることができず、そのくせ人に見下されたくないが一心で高圧的な態度を取り、だが決断が苦手でジレンマを嫌い、都合の良い言葉にすぐに乗せられる。

 そして、いままで自分でなにも考えず、決断してこなかったつけが払わされる時が来た。

 リリア・カーティスに囮にされたリオン・ウィルヘルム・オルドレンは悲鳴を上げる。

「リリアー! 助けてくれー!」



 キース・リグルドたちが竜の谷の谷底に到着し、そこでリオンと思われる、走竜に食われたズタズタの死体を発見した。

 だが、リリア・カーティスの姿はどこにもなかった。

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