82・みんな優しくするのが当然なのよ

 わたしは走り続けて疲れ果てた頃、農村に辿りつき、粗末な家の中に入った。

 誰もいないけど、食べ物があった。

 おなかがすいて死にそうだったわたしはそれを食べる。

 粗末な食事だけど、まあ、いいわ。

 今はこれくらい我慢しないと。

「おい! おまえ誰だ!? なにをしている!?」

 この家の人?

 農夫かしら?

 なんて貧相で惨めな格好。

 まあ、いいわ。

 あのね、わたしおなかすいてて、疲れてるの。

 休ませてちょうだい。

「なに言ってやがる!? 人の家に勝手に上がり込んで飯まで食いやがって! さっさと出て行け!」

 ちょっと!

 腕、引っ張らないでよ!

 わたしを誰だと思ってるの!?

 ヒロイン、リリア・カーティスよ!

「……リリア……カーティスだと……おまえが?」

 そうよ!

 わかったら早く手を放しなさい!

「おまえが……おまえのせいで息子は……」

 え?

 なに?

「おまえがオタクだとか犯罪予備軍だとかわけのわからねえこと言いだしたせいで息子は収容所に入れられたんだ! 息子はただ劇作家になりたかっただけなのに! 息子が書いた作品を悪書だと決めつけて収容所に入れやがって! 息子は収容所で死んじまった! おまえがわけのわかんねえこと言い出したせいで! おまえのせいで息子は死んじまったんだ! おまえが息子を殺したんだ!!」

 なによ、それ?

 わたしは犯罪をなくそうとしたのよ。

 息子が死んだ?

 だからなによ?

 オタクは死んで当然じゃない。

 なにかとんでもないことをする前に死んでよかったでしょ!

 犯罪者にならずにすんだんだから!

「テメエ!!」

 キャッ!

 わたしを殴ったわね!

 よくも!

 思い知りなさい!

 雷光電撃ライトニングボルト

「ギャアアア!」

 ふん。

 やっつけてやったわ。

 わたしに乱暴するからこうなるのよ。

 あ、死んじゃってる。

 まあ良いわ。

 それより、食事 食事。

「おい! どうしたんだ!?」

「雷が落ちたみたいなでっかい音がしたぞ!」

「なにかあったのか!?」

 村の人が集まってきた。

 そしてわたしがやっつけてやった農夫を見て眼の色を変える。

「おい、死んでるぞ!」

「死んでる!? なんで!?」

「おまえがやったのか!?」

「おまえは誰だ!?」

 な、なによ?

 このわたしを殴ったんだからあたりまえじゃない。

 ねえ、それより もっと良い食べ物ない?

 この家のご飯、不味くって不味くって。

「なにわけわかんねえこと言ってやがる!?」

「捕まえろ!」

「衛兵に突き出してやれ!」

 村人が襲いかかってくる。

 なんなのよ!? いったい!?

 雷光電撃ライトニングボルト

「「グギャアアア!!」」

 二人まとめてやっつけて、わたしは粗末な家を出て走る。

「追いかけろ!」

「逃がすな!」

「捕まえるんだ!」

 なんで?

 なんでこのわたしが農民にまで追いかけられないといけないの?



 また走り続け、そのうち雨が降ってきた。

 ちょうど洞穴を見つけて、わたしはそこで雨を凌ぐ。

 日が暮れたから魔法で光明ライトを使う。

 走り続けて足がイタイ。

 おなかすいた。

 あれっぽっちじゃ全然足りない。

 なんでこんなことに?

 わたしはみんなのために一生懸命 頑張ったのに。

 みんなを幸せにしてあげたのに、どうしてこんな目にあうの?

 クリスティーナ・アーネスト。

 あの女が生きてるから。

 おまえが素直に死んでくれなかったからよ。

 許せない。

 絶対に許さない。



「おい、こんなところでなにをしてるんだ?」

 洞穴の入口の所に、誰かいる。

 三十歳くらいの、毛皮を纏った不潔な感じのおじさん。

「なんだ? 綺麗なドレスがボロボロじゃないか」

 あの、これは……

「こんなところにいると、風邪引くぞ。俺に付いてこい。俺の家に連れてってやる。暖炉のある温かい家だ」

 まあ、優しい。

 でも、当然よね。

 わたしはヒロインなんだから、みんな優しくするのが当然なのよ。

「あんた、名前は?」

 リリア・カーティス。

「……へえ、良い名前じゃないか」

 そうでしょ。

「あの明り、魔法か? あんた、魔法が使えるのか?」

 そうよ。

 すごいでしょ。

「ああ、たいしたもんだ」



 しばらくして、森の中の家に到着した。

 ぼろぼろだけど、まあいいわ。

 これくらい我慢しましょ。

「さあ、入ってくれ。仲間もいるんだ。おーい、帰ったぞ」

 中には男の人が十人ほどいた。

 まあ、大勢で暮らしてるのね。

「ああ、そうさ。みんなで楽しく暮らしている」

 ちょっと不潔で臭うけど、まあ我慢しましょ。

 わたしは寛大なんだから。

「そうだ、これをつけてくれ」

 なに?

 おじさんが私の首に何かを嵌めた。

 これは?

「魔法封じの首輪だ。これでおまえは魔法が使えなくなった」

 ……え?

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