80・貴女の様な愚かな女に

 どういうこと?

 反乱だなんて。

 ミューレンはなにをしていたの!?

 ジルドが来た。

「リオン、リリア。王宮はもう落ちる。逃げるしかない」

 逃げるって、いったいどうやって?

「リオン。たしか王宮には王族しか知らない秘密の抜け道があると聞いたことがある。それは本当か?」

「ああ、確かにある」

「よし。それを使って脱出しよう」

 わたしはリオンに付いて行く。

 その後にジルドと、私の雇用体制改革のおかげで護衛の兵士の仕事につけた人たち。

 王宮の地下室に到着した私たち。

 ジルドが地下室の壁を押すと、秘密の抜け道が現れた。

 リオンが先に入り、そして私を促す。

「入って、リリア」

 中はジメジメして気持ち悪い空気でいっぱいだった。

 早くこんなところから出て、同盟国に助けを求めるのよ。

 そして反乱なんて起こした頭の悪い連中を全員捕まえて、竜の谷に落としてやる。

 私は長く細い地下道を抜けて、街の外に出た。

 ふー。

 やっと外に出た。

 さて、これからどうしようかしら。

 やっぱり、アスカルト帝国かしら。

 あそこはわたしの国と交易しているし、反乱が起きたことを教えれば、救助の軍隊を送ってくれるはずよ。

 そんな事を考えていると、ジルドや他の兵士も出てきた。

 さあ、ぐずぐずしている暇はないわ。

 はやく助けを求めるのよ。

「それは不可能ですよ。リリア・カーティス」



 そこにはミューレンがいた。

 その周りには無数の兵士に、キースとかいうメタボ親父。

「リリア・カーティス。娘の苦痛を全て贖わせてやるぞ」

 なんでこいつがここにいるのよ?

 ミューレン! どういうことなの!?

「我々がここにいるのは、国王が その秘密の抜け道を教えてくださったからですよ」

 あの老害が教えた?

「命と その後の生活を保障することを条件にね。

 それと、私に王位を譲ることも承諾していただきました。

 つまり、リオンは廃嫡の上、処刑ということです。そしてリリア・カーティス、貴女も」

 え? どういうこと?

「貴女たちはやりすぎた。革命を起こさねば事態の収拾が不可能なほど。だから実行した。そして各地の抵抗軍やキース・リグルド一派に協力を仰いだ。現政権を打倒するために。そう、リリア・カーティス。貴女の政権です」

 ミューレン、なにを言ってるの?

「ふむ。これだけ言ってもまだわからないとは。本当に愚かな女だ。

 いいですか。貴方の政策は全て逆効果。民は苦しみ、国は傾いている結果にしかなっていない。それにもかかわらず、貴方たちはその事実を認めないどころか、見ようとすらしない。さらには反対意見を述べる者を犯罪予備軍として捕える始末。

 もう この国を救うには、このような事態を招いた貴女たちを処刑する以外ない。そして 私が王に戴冠し、国を立て直す」

 なにいってるのよ!?

 私はみんなのために一生懸命頑張っているのよ!

 それなのにどうして処刑されなくちゃいけないの!?

「ここまで説明しても理解できないとは。度し難いほどの愚かさだ。もう話は不要でしょう。兵士よ! 捕えろ!」

 やめて! ミューレン!

 私を愛しているならこんなことは止めて!

 わたしの必死な呼びかけに、ミューレンは感情がないのではないかと思うほど冷酷な眼で答えた。

「貴女の様な愚かな女に、愛情など抱くはずがないでしょう」



 時は遡り……

 キース・リグルドとその一派、そして脱獄の手引をした二人の抵抗軍を捕えた後、ミューレン・ゼオランドはキースを自分の館へ招いた。

「なんのつもりだ?」

 キースが警戒心を顕わに問う。

「そう警戒しないでください。お話があるだけです。いえ、提案と言った方がいいのでしょうか?」

「提案だと?」

「はい、提案です。私に協力していただきたい」

「なんだと?! 貴様に協力!? そのような提案に本気で私が乗ると思っているのか!? リリア・カーティスの崇拝者であるおまえに! 悪魔の手先などに誰が協力するものか!」

「誤解しないでください。私は彼女を崇拝も心酔もしていなければ、手先でもなんでもありません」

「ならば、なんだというのだ? 貴様はあのクリスティーナ・アーネストの処刑に賛同したではないか。それはいったいどうなるのだ?」

「それに関しては正直にお話ししましょう。あれはアーネスト侯爵家の権威を失墜させるためでした」

 リオン王子との婚約が決まった、クリスティーナ・アーネスト。

 そのまま順調に事が進み、王太子と結婚となれば、アーネスト侯爵家はさらに発展するのは間違いない。

 もしかすると、それまでの功績と合わせて、公爵の爵位が授与されるかもしれない。

 それは リオン王子が 正式に王位を継げば確実となるだろう。

 そうなれば ゼオランド公爵家にとって脅威となる。

 アーネスト家の権力は強くなり、その分 ゼオランド家は公爵としても宰相としても権力が弱まる。

 確実に政敵となる。

 そうならないためには、早めに潰してしまえばいい。

 その好機は、策略をめぐらす前に、思いがけず現れた。

 リリア・カーティス。

 彼女はリオン王子の心を掴み、そればかりか、将軍の息子ジルド・ハティアと、クリスティーナ・アーネストの弟ルーク・アーネストまで心酔させた。

 リリア・カーティスがクリスティーナ・アーネストを陥れていたのにも気付いていた。

 自分はほんの少し手助けするだけですんだ。

 ほとんど リリア・カーティスが自分で行っていた。

 そして仕上げに リリア・カーティスは、リオン王子と婚約するには邪魔な存在である、クリスティーナ・アーネストを処刑させた。

 自分はそれに賛同するだけでよかった。

 アーネスト侯爵家の権威は失墜し、唯一の跡取りであるルークもリリア・カーティスの言いなりだった。

 リオン王子もリリアに言われるがまま、王太子の権限を使って自らの婚約者を処刑し、それに賛同した将軍の息子であるジルドも、彼女に心酔していた。

 リリア・カーティスを利用すれば、彼ら三人を意のままに動かせる。

 そのはずだった。

 だが、リリア・カーティスはそれだけで終わらなかった。

 年金制度。生活保護。国の産業である小説の焚書や演劇などの廃止。オタクと称する犯罪予備軍。更生施設と称した強制収容所。共謀罪。爵位 財産 領地 などの没収。

 みんなの幸せのためと、それがどのような結果を招くかなど考えずに、思いつくままに何でもやった。

 その結果が、今の状態だ。

「私の見通しが甘かった。まさか、ここまでするとは。まさか国を滅ぼす寸前まで追い込むとは。

 事ここに至って、国を救う方法は一つしかない。私は革命を起こす」

 そのための準備は半分以上進んでいる。

 各地の抵抗軍と連絡を取り、そしてリリア・カーティスの息のかかっていない、貴族、軍部、商人と話を付けた。

 しかし、まだ足りない。

 勝利を確実なものにするには、必要な勢力があった。

「それが我々ということか」

「そのとおりです。まだ連絡を取る事ができない隠れた抵抗軍。それは貴方の脱獄を助けた二人から協力を仰ぎます。

 そして貴方の派閥。これらを味方につければ、革命は確実に成功する。そのために、貴方から彼らに話を付けていただきたい。私から話しても、彼らは信じないでしょう。寧ろ罠だと考えるのは確実」

「私がその提案に乗ると思っているのか。そもそも、貴様がリリア・カーティスを利用しなければ、こんなことにはならなかったのではないか。この事態の責任は貴様にもある!」

「その通りです。その責任を取って、私は革命を起こし、私が王位に就くことで、国を立て直す」

「馬鹿な! 貴様に都合のいいことだけではないか! そんなことに手を貸す気はない!」

「では、どうしますか? このまま収容所に戻り、また過酷な強制労働の日々に戻りますか? 国や民衆はどうなります? このままリリア・カーティスの好きにさせますか? 魔王が出るまでもなく、このままではオルドレン王国は滅んでしまいますよ」

「っく! 貴様!」

「それに、ただで協力して欲しいとは言っていません。私に協力していただければ、あなたの大切な一人娘の火傷を治して差し上げましょう」

「なに?! 娘を治すだと!?」

「ええ、そのための方法はあります。どうですか? 国のため、民衆のため、そして なにより、あなたの大切な娘のために、私に協力していただけませんか?」



 それは、悪魔の誘惑だったのかもしれない。

 だが、愛しい一人娘のために、そして悪魔に復讐するために、彼は悪魔と契約した。

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