70・こいつ馬鹿なの

「おまえ、どこかで会ったことがあるような気がする」

 不意に メドゥーサがそう言った。

「お嬢ちゃん、名前は」

 いきなり なによ?

「クレアよ」

「それは本当の名前?」

「……クリスティーナ・アーネスト」

「ふむ、心当たりがないわね。てっきり、今まで石にしてやった誰かの親戚かと思ったのだけど。ただの気のせいだったみたいね」

 オルドレン王国から こんな遠くの国に怪物退治に来た、先祖や親戚がいるとは思えないけど。

「まあ、いいわ。どっちにしろ、おまえは石になるのだから」

 みんながまだ現れない。

 走っている間に離れすぎてしまった?

石の矢ストーンボルト

 メドゥーサが魔法で攻撃してきた。

 私は咄嗟に伏せて石の矢を回避する。

大地突槍アースランス

 地面から槍状の突起が出現し、私を貫こうとした。

 地面を転がって回避。

 みんなはまだ現れない。

 このままじゃ、私が先にやられる。

 応戦しないと。

飛礫ストーン突風ブラスト!」

 メドゥーサは青銅の手で、私の魔法を防御した。

 青銅の手は石化の魔眼の次に厄介だ。

 青銅で出来ているのに、肉の手と同じ様に動かせる。

 ゲームでも攻撃と防御を兼ね備えていた。

 威力が低く効果範囲の小さい攻撃魔法は、防御されてしまう。

 かといって、規模の大きな魔法は使えない。

 魔眼に傷が付いてしまったら、さすがに石化の効果がなくなるだろう。

 だからメドゥーサの首は無傷で手に入れないと。

「二つの魔法を混ぜるなんて、面白いわね」

 余裕のメドゥーサ。

 私は攻撃範囲が狭くても強力な魔法を、その首を狙って放つ。

氷風アイスウィンド投槍ジャベリン!」

 メドゥーサは回避した。

 いえ、狙いが少し外れていたみたい。

 鏡で見ているから、精確性に欠ける。

 なら連続で放って命中率を上げれば良い。

大気ウィンド切断カッター・連撃!」

 八つの風の刃をメドゥーサの首を狙って放つ。

大地アース障壁ウォール

 メドゥーサは自分の前に、大地の壁を出現させて、カマイタチを防いだ。

「へえ。遊びで冒険者をやってる お譲ちゃんだと思ってたけど、私の誤解だったみたいね。なかなか、やるじゃない」

 メドゥーサは余裕を崩さない。

 それもそうだろう。

 彼女には 一度だけ私の眼を直接 見れば良いのだ。

 そしてこっちは、その一度だけで、終わりだ。

 本格的にピンチになってきたような気がする。

 みんなはまだなの?



大気ウィンド切断カッター!」

 キャシーさんの声だ!

 首を狙って放たれた風の刃を、メドゥーサは青銅の手で防ぐ。

 だけど、その時にはキャシーさんは鏡でメドゥーサの姿を確認しながら、疾風の剣サイクロンで首を切り落とせる間合いに入っていた。

 甲高い金属音。

 青銅の手で防御された。

 キャシーさんが剣を連続して振るう。

 疾風の剣サイクロンの敏捷力補正で、魔法が掛かった状態の様に速いけど、その剣は大振りで、剣筋も荒いから、全部 防御されるか 避けられるかしている。

 鏡で見ているから、いつものように戦えないんだ。

 そして剣を振り切って体勢が崩れた所を、メドゥーサが両手首を掴んで、正面を向かせる。

 キャシーさんは瞼を閉じて魔眼を見ないようにしている。

「うふふふ。やっぱり、あの娘は囮だったわね。お馬鹿さんね。そんな誰でも思いつくような単純な手を使ったのは、おまえたちの他にもたくさんいるわよ。そして全員 石にしてやったわ」

「くう!」

 メドゥーサの握力はかなり強いらしく、キャシーさんが苦悶の声を上げる。

「あら、おまえもなかなか美人ね。うふふふ。でも、おまえも誰も見向きされない石ころに変えてあげるわ。さあ、私の眼を見なさい」

 まずい!

 あのままじゃいつか魔眼を見てしまう。

 でも私が魔法で攻撃したとしても、メドゥーサの反応速度から考えると、回避するか、キャシーさんを盾にするかもしれない。

 どうすればいい?!



「させん!」

 セルジオさまが鏡を手に、メドゥーサに突進した。

 そして メドゥーサの顔を右手で鷲掴みにする。

 魔眼も大きな手の平で覆っている。

「これならば魔眼は使えまい!」

「確かにそうね。でも、これならどう?」

 メドゥーサがキャシーさんの手首を放し、セルジオさまの両腕を掴むと、黄金色の翼を羽ばたかせ、空へ舞い上がった。

「なに!」

「ダーリン!」

 あの翼 本当に空を飛ぶことができたの!

 しかも全身金属鎧フルプレートメイルを装備した筋肉の塊の二メートル近くの大男と一緒に飛べるなんて。

 メドゥーサはある程度の高さまで上がると、セルジオさまを放した。

 自由落下が始まった。

「ぬおおおおお!」

 この距離じゃ空中浮遊レビテーションの魔法が掛けられない。

 地面に激突するセルジオさま。

「グウ……なんのこれきし……」

 かなりのダメージを負ったみたいだけど、無事だ。

 さすが筋肉の塊。

 でも……

「ほーら! 私の眼を見た!」

 墜落の苦痛で眼を開けてしまっていたセルジオさまは、舞い降りたメドゥーサと眼が合ってしまった。

「ガッ……」

 一声呻いて、一呼吸の間に、硬直したように動かなくなるセルジオさま。

 石化してしまった。



「よくもダーリンを!」

 再び剣を振るうキャシーさんだが、メドゥーサは全て青銅の手で防御する。

 そして、キャシーさんの疾風の剣サイクロンを、メドゥーサの青銅の手が直接握って動きを封じた。

 さらにメドゥーサの蛇髪が触手の様に伸びて、キャシーさんの手足に絡みつく。

「なっ!」

 あんな攻撃、ゲームに無かった。

 冒険者組合にも報告されていない。

 瞼を閉じて、魔眼を防ぐキャシーさん。

「うふふふ。眼を閉じていれば大丈夫だと思ってるの? なら、これならどう」

 メドゥーサはキャシーさんの瞼を、蛇髪で強引に開けた。

「アア!」

 一呼吸でキャシーさんが石化した。



「さあ、仲間はこれで全員かしら? なら、次はおまえの番ね」

 メドゥーサは私に顔を向けた。

「そうはさせるか!」

 スファルさまが鏡も持たずに飛び出してきた。

 そして、メドゥーサの魔眼を直視して、石化した。

「って、スファルさまのバカ! なに考えてるんですか?! 鏡を使ってくださいって言ったじゃないですか!」

「誰がバカだ!」

 あれ?

 家屋の陰に隠れて、私に言い返しているスファルさまがいた。

 あ、今のは分身体ドッペルゲンガー

「くそ。分身体でも石にされるのか」

 しかし、メドゥーサは分身体の事など知らないので、呆れた顔で、

「こいつ馬鹿なの? 正面から来るなんて」

 そして、隠れているスファルさまに向けて、蛇髪が触手の様に伸び襲いかかる。

「くそ!」

 鏡水の剣シュピーゲルで次々と斬り落とすスファルさま。

「なかなかやるわね。だけど、私の髪は幾らでも生えてくるのよ」

 メドゥーサはそう言いながら、スファルさまに向かって足を進める。

「スファルさま! メドゥーサが近付いています!」

「わかってるよ!」

 スファルさまは私に応えると、メドゥーサに向って走った。

 鏡を手にしているけど、明らかに鏡を見ていない。

 それなのに、石化せずに刀の間合いまで入った。

「こいつ! 眼を閉じたまま!」

 メドゥーサの驚愕の声。

 スファルさまはメドゥーサの脇を疾走しながら、青銅の左腕を切り落とした。

「手応えあり!」

 そしてスファルさまは鏡でメドゥーサの姿を確認しようとした。

 だけど!

「スファルさま! 眼を閉じて!」

「え?」

 黄金色の翼で空中に飛んだメドゥーサが、上からスファルさまの眼前に回り込んだ。

「ばあ!」

「なにぃ!」

 スファルさままで石になってしまった。

 メドゥーサがスファルさまの顔を見ると怪訝に呟く。

「ん? 同じ顔? 双子か?」

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