69・なぜか不快に感じる

 さて、この世界のメドゥーサについて、私が知っていることをみんなに話す。

 メドゥーサは生まれた時から怪物だったわけではない。

 かつては人間であり、しかも絶世の美女で、その美貌は見る者 全てを虜にしたと言い伝えられている。

 だけど、やがて 彼女は自らの美しさに傲慢になり、天に向けて宣言した。

「私より美しい者は存在しない。神々でさえ私の美しさには敵わない」

 その声に応えて、二柱の女神がメドゥーサの前に降り立った。

 そして彼女は絶望した。

 自分の美貌は、女神の足元にも及ばないことを、思い知らされた。

 二柱の女神が去った後、メドゥーサの心は嫉妬と憤怒と憎悪に満ちた。

 自分より美しい者が存在することなど彼女には許せなかった。

 その心に邪神は付け入った。

「おまえに女神を超える美を与えよう。おまえが求めるのならば」

 彼女は邪神の言葉を聞き入れ求めた。

 そしてメドゥーサは女神を超える美を手に入れた。

 つまりは 怪物の姿になった。



「ふーむ。人の驕りや妬み、不当な怒りや憎しみ。つまりは悪徳。邪神はそういった人間の心に付け込むということでありますな」

「本当、アタシも気を付けないといけないわね。アタシも自分の美貌と筋肉には自信があるけど、それで人を見下したりしてはいけないわ。しかも自分より優れている人を見て、それだけで怒ったり憎んだりしたら、お終いよね。自分より優れた人を見たら、それを新しい目標にしなくちゃ。

 クレアちゃんも気を付けるのよ。麗しさに自信があっても、それを鼻にかけたりしたらダメよ。自分より優れた人には敬意を払って目標にするの。良いわね」

 いや、それ以前に……

「あの、前から気になっていたのですが……」

「なぁに? クレアちゃん」

「旅を始めてから、出会う人の多くが私の事を麗しいと褒めてくれるですが、どうしてですか?」

「だって、クレアちゃん麗しいじゃない」

「そうでしょうか?」

 オルドレン魔法学園での私の評判は、ガサツだった。

 礼儀作法の成績は平凡。

 女子同士の会話では、私の話し方は直接的で男みたいねとよく言われた。

 っていうか、貴族の女性の話し方って 回りくどいと言うか、まどろっこしくてイライラするのよね。

 あと体を動かすことが好きなので、体育関係や護身術などの授業では、自然と身が入り、男子の上位と並ぶ成績だったせいでか、生意気だ、おまえは女の自覚がないのか、と言われたこともある。

 この世界、基本的に男尊女卑だから。

 とにかく、旅を始める前まで、麗しいと褒められたことが一度もなく、物凄い違和感がある。

「クレアちゃんはとっても麗しいわよ。そうですよね、ラーズさま」

「え? ああ、そうだな。顔立ちは端正で、立ち居振る舞いは立派で堂々としている」

 続けてスファルさまが、

「いつも表情が晴れやかで、可愛いと思うぜ」

 そしてセルジオさまが、

「それに礼儀正しく、性格は真っ直ぐで曲がったところがない」

 なんか、急にみんな私の事ほめちぎりだした。

「あ、あの、やめてください……」

「クレアちゃん、嬉しくないの? 麗しいじゃ?」

「いえ、嬉しいですけど」

 とっても。

「なら良いじゃない。クレアちゃん、とっても麗しいわよ」

 とキャシーさんは私の頭を撫で撫でしてきた。

 なんだかキャシーさん、すっかり私のお姉さんみたいになってる。

 そして、頭を撫でられて嬉しくなってる自分がいる。

「ふにゅぅ」



 五日後の昼、目的地である宿場町跡に到着した。

 岩陰から窺うが、あちこちに石像がある。

 あの石像は間違いなく、メドゥーサが人間を石に変えた物だ。

 迂闊に宿場町跡に入るのは危険だ。

 メドゥーサに奇襲されて視線が合ってしまえば石になってしまう。

 位置を捕捉してからでないと。

 しばらく観察していると、大きな宿から誰かが出てきた。

 遠くからでも判る。

 髪は蛇。手は青銅。背に黄金色の羽。

 メドゥーサだ。

「では、みなさん。手筈通りに行きましょう」



 作戦は単純。

 一人が囮になって、他の人は残りの方向から攻撃する。

 メドゥーサが一度に見ることができるのは一方向なのは当然のこと。

 正面に立つ者が囮としてメドゥーサの注意を引きつけ、その間に残り三方向から攻撃して、仕留める。

 ただ、囮になる者は状況次第。

 まず私たちは分散し、そして魔眼を見ないようにして、可能な限り接近する。

 しかし、攻撃可能な範囲に入れば、メドゥーサに見つかってしまうのは必然。

 だからメドゥーサに最初に発見された者が、囮役となる。

 鏡でメドゥーサの姿を確認しながら、逃げの体勢で引き付け、その隙に他の四人がメドゥーサに攻撃を仕掛ける。

 もし攻撃を仕掛けようとした者に、メドゥーサが気付いて標的を切り替えたら、今度はその人が囮役になる。

 そして、その隙に他の人が攻撃する。

 これを繰り返せば、石にされない限り、いつかは倒せる。

 もし石に変えられる事があっても、完全回復薬があるので、治すことはできる。

 ただし、完全回復薬は八個しかない。

 治せる回数は八回だけ。

 だから理想としては誰も石に成らずに倒せるのが望ましい。

 それと、目的はクラーケンを倒すためにメドゥーサの首を手に入れることだ。

 つまり、石化の魔眼に傷を付けてはいけない。

 魔眼に傷がつけば、さすがにその効果はなくなるだろう。

 だから頭部まで巻き込むような、広範囲の攻撃魔法は使えない。

 吸血鬼カーマイルの時と似たような条件で戦うことになる。

 そのあたりも注意しないと。

 さあ、作戦開始だ。



 仲間と分散して宿場町跡に入り、私は家の陰から鏡を使ってメドゥーサの姿を確認。

 散歩でもしているのだろうか、メドゥーサはただ気の向くままに歩いているだけの様だ。

 その顔は意外なことに美人だった。

 髪は蛇で怪物としか評することしかできないけど、顔だけを見るなら、この世の者とは思えないほど美人だった。

 なるほど、見る者 全てを虜にしたと言い伝えられているだけの事はある。

 だけど、私はその美しさを、なぜか不快に感じる。

 髪が蛇だからだとかじゃない。

 その美しいはずの顔の表情になぜか嫌悪感が湧き上がる。

 なぜだろう?

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 私はみんなの姿を探す。

 ここから見えるのは、キャシーさんとセルジオさま。

 ラーズさまとスファルさまの姿は見えない。

 さて、どうするか?

 もうちょっと、メドゥーサに近付いてみるべきか。

「そこにいるのは誰だ!?」

 気付かれた。

 私は心臓が早打ちするのを感じた。

 落ちつくのよ。

 鏡で見る限り石にはならない。

 とにかく、私が見つかったのだから、私が囮役だ。

 鏡でメドゥーサの姿を確認しながら、一定の距離を保ち、注意を引き付けるんだ。

「私の姿を見たわね! 私の醜い姿を! 私の醜い姿を見た者は全て石に変えてやる!」

 メドゥーサが私に向かって走ってきた。

 まずい。

 正面に向き合ってしまったら、いつまでも魔眼から眼を背け続けられない。

 私も走り出す。

 囮として一定の距離を保とうとしたけど、しかしメドゥーサの足は意外と速く、このままでは追いつかれてしまう。

 私は家屋の陰に一旦隠れる。

「どこへ行った?!」

 十メートルも離れていない位置で、メドゥーサは私の姿を見失っていた。

 これじゃダメだ。

 囮になっていない。

 思い切って正面に出るしかない。

 よし、覚悟を決めるのよ、クレア。

 私は細剣レイピアを抜くとメドゥーサの前に出た。

「そこにいたのね」

 メドゥーサは私を見下した眼で見る。

 あの眼を直接見てしまったら石になってしまう。

 私は顔を横向きにして、鏡を使ってメドゥーサの眼を見据える。

「鏡? 考えたわね。確かに鏡で見る限り、私の眼を見ても石にはならない。どうやって知ったのかしら?

 でも、冒険者気取りのお嬢ちゃん。そんな方法がいつまで続くかしら? 私の命を奪いたければ、私の前に出続けるしかない。そうなれば、いつかは私の眼を見ることになる。そう、誰も私の眼からは逃げられない」

 倒すのは私じゃないから大丈夫なのよ。

 私はただの囮。

 貴女の注意を引き付けるだけ。

「あら、お譲ちゃん、なかなか美人ね」

 私の顔を称賛したメドゥーサの顔が醜く歪む。

「許せない。私は女神のせいでこんな姿になってしまったのに、他の女が美しいなんて私は許さない! おまえを石にしてやる! 石にして砕いてやる! おまえの美しさなんて石ころに変えてやる! 誰も見向きもしない石ころに!」

 美しい顔を憤怒と嫉妬で醜く歪めて叫んでいる。

 そうか。

 彼女の綺麗なはずの顔を、不快に思ったり嫌悪を感じた理由が分かった。

 醜い心が表情に滲み出ているんだ。

 自分がどんな存在よりも美しいと思っていた傲慢な心が。

 自分より美しい存在を許せない嫉妬心が。

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