48・本当に言い出すとは

 二人目。ユスタス。

 茶色の髪と瞳の、四十歳ほどの、とても小柄で男性で、身長は百四十くらいしかないのではないだろうか。

 猛獣ショーの調教師で、虎に火の輪くぐり等をさせるという。

「では先ず、団長と話をする前までの自分の行動を説明してもらえるかな」

「オラが朝起きたのはいつも通り、鐘の音でだから、七時のはずだ。三十分ほどして、みんなと一緒に朝ご飯を食べたんだ。んで、朝ご飯を食べた後、デイルにも朝ご飯を上げに行っただ」

「デイル?」

「オラの虎だ。お客さんにデイルの曲芸を魅せるだ」

「そこは動物小屋かね?」

「そんだ」

「なるほど。デイルに餌を与えた後は、なにをしていたのかね?」

「午前の公演の準備だ。みんなでやるだ。九時半頃に終わっただ」

「その後は?」

「練習だ。お客さんにデイルの曲芸を魅せる前に、軽く練習してただ。そのうち、デイルの出番が来て、アネット副団長が呼びに来たんで、舞台に上がっただ」

「舞台に上がったのは何時頃だね?」

「時計をみてなかったがら、確かなことは言えねえけんど、予定では十時二十分だっただ」

「ふむ。コックス団長と会ったのは何時頃だね?」

「それも、正確には分かんねえだ。でも、オラが団長と話をしたのは、ショーが終わった後だよ」

 猛獣ショーが終わった直後、マーガレットさまとコックス団長が一緒にいるのを見たという。

「マーガレットさんが団長になにかするところを見たかね?」

「あの方はなにもしてねえだ。団長に触ってもいねえ。オラ、確かに見てただよ」

 猛獣ショーの次に行われる予定の綱渡りにマーガレットさまが向かうまで、不審な点はなかったという。

「マーガレットさんがコックス団長と別れた後、君はその場で団長に話しかけたそうだね。一体何を話していたんだい?」

「あの方に言い寄るのは止めろって言ってやっただよ。あの方は団長に言い寄られて迷惑してたから。いくら団長でもあの方に迷惑かけるのは許せねえだ」

 ユスタスさまの話を聞いて気になるのは、マーガレットさまのことを、あの方と、崇拝するような呼び方をすることだ。

「貴方はマーガレットさまに好意を持っておられるのですか?」

「とんでもねえだ! オラ如きがあの方に好意なんてもんを持ったら、あの方の気分を悪くしちまうだ」

「では、自分から話しかけたりとかは」

「それこそとんでもねえだ! オラなんかに話しかけられたら、あの方の迷惑になっちまう。オラ、ただ遠くからお姿を拝見させていただくだけで良いんだ」

 この人、謙虚を通り越して卑屈だ。

 こういうタイプは、正直イライラする。

「でも、あの方は優しいから、オラのような人間に話しかけてくださるだ。それが嬉しくて嬉しくて。

 オラ、その御恩を少しでもお返ししたくて、勇気を出して団長に言ってやったんだ。あの方に近付くのはやめろって。でも、団長、鼻で笑ってオラのこと相手にしなかっただ。オラ、なんにもできなかっただ。ううぅ……」

 よっぽど悔しかったのか、泣きだすユスタスさま。

 事情聴取という空気ではなくなった。

 そのユスタスさまの背中を、アネットさまが思いっきり叩く。

「男がメソメソ泣くんじゃないよ! 情けない! シャンとおし!」

「はいだ!」

 アネットさまの勢いに乗せられて、元気良く返事をするユスタスさま。

「コックスのバカには私から言っとく。あんたはみなさんの質問に答えな!」

「わかりましただ!」

 ブレッドさまが質問を再開する。

「コックス団長と話をしている時、彼に不自然な点はなかったかね? 右脇腹の動きがおかしかったとか」

「わかんねえだ。オラ、無我夢中だったから、団長のこと、ほとんど見てなかっただよ」

「コックス団長と別れた後、君はなにをしていた?」

「動物小屋に行っただ。ショーの後はデイルにご褒美の美味しいゴハンをやるんだ」

「それからは?」

「ずっとデイルと一緒にいただ。衛兵隊の人が来るまで、動物小屋から一歩も外に出てねえだ」

「衛兵隊の人が来るまで、他に誰か一緒にいなかったのかね?」

「デイルがいただ」

「人間は?」

「……いないだ」

 ということは、団長と別れてからのアリバイを証明する人間がいないわけか。

「事件を知ったのは?」

「昼休憩の鐘が鳴る少し前だ。衛兵隊の人が来て、舞台裏に連れてかれただ。指示があるまで、そこにいろって」

 昼休憩の鐘が鳴る少し前ということは、十二時前。

 解放されたのも、マーガレットさまと同じ午後一時三十分だろう。

「舞台裏で衛兵に質問を受けたのだね?」

「そんだ」

「君はマーロウに付いてどう思う? 犯人だと思うかね?」

「正直、わかんねえだ。マーロウさんは良い人だ。でも、デイルの管理をもっとしっかりしろって、うるさく言うだ。油断したら人を襲うかもしれないって。そんなこと起こるわけねえのに。デイルはおとなしくて良い子だ。人を襲うなんてとてもできねえのに。安全の事になると、マーロウさんは人が変っちまうんだ」

「なるほど」

 ユスタスさまからの聞き取りは終わった。



 三人目。ディーパン。

 マーガレットさまと同じ、金髪に碧眼。

 身長は二メートル近くあり、筋骨隆々とした、三十歳の男性。

 怪力を魅せるショーを担当しており、重量のある鉄球を持ち上げては投げたり、体に鉄の鎖を巻きつけて、それを力任せに引きちぎるなどをするという。

 そのディーパンさまから事情聴取する前に、ちょっと問題が起きた。

 セルジオさまとキャシーさんだ。

「この素晴らしい筋肉の人物は犯人であるはずがない!」

「そうです! こんな素晴らしい筋肉を持つ者が人を殺すはずがありません!」

「聖堂騎士としてこの方の無実を主張致す!」

「アタシもです!」

 うん。

 そう言い出すんじゃないかなとは思ってたけど、本当に言い出すとは。

 しかもディーパンさままで、

「なんと見事な筋肉。どうだろう、聖堂騎士を辞めて曲芸団に入らないか。一緒に筋肉を魅せようではないか」

 とか言い出す始末。

 二人が小屋から出て貰うのに時間がかかった。

 無駄な時間を使ってしまったと心底思った。

 ともあれ、聴取開始。

「では、コックス団長と会う前の君の行動を簡単に説明してくれるかな?」

「ああ、いいぞ。朝七時起床。軽い筋肉鍛錬の後、みんなと朝食。無論、筋肉の素であるタンパク質たっぷりのミルクを飲むのを忘れない。

 朝食を摂取した後は、午前の公演の準備だ。曲芸団の器具は重い物も多いから、俺の筋肉が役に立つ。九時三十分頃に一通り終わり、その後、外に出て、ショーに向けて筋肉を温めるための軽い鍛錬。

 そして俺の筋肉の出番だ。出演時間は十時十分。俺の筋肉で観客を沸かせてみせた」

 筋肉至上主義者って、どうしてこう筋肉を連呼するんだろう?

「君がコックス団長と話をしたのは、何時頃だね?」

「午前十時四十五分頃だ。時計台の近くだったから良く覚えている」

「団長とはどういった話をしていたんだい?」

「ふん。あのエロデブ、給金を上げてやるから、俺の可愛い妹に口添えしてくれって言いだしてきやがった。もちろん俺は断ってやった。俺の大切な妹に手を出す奴は誰だろうとただじゃおかねえと」

「妹というのはマーガレットさんかね?」

「そうだ。マーガレットは俺の妹だ。俺の大切なたった一人の家族だ」

「では、マーガレットさんが曲芸団に入ったのは、君の影響かね」

「そうだろうな。俺が曲芸団に入ってから、あいつとは滅多に会えなくなってしまった。それであいつは、子供のころから自分で綱渡りとお手玉の練習をして、技を磨き、マーロウたちに認められて曲芸団に入ったんだ。まあ、あのエロデブはマーガレットの曲芸を見てなかったかもしれんが」

「なるほど。君がコックス団長と話をしている時、団長に不自然な点はなかったかね? 右脇腹の動きがおかしかったとか」

「いいや、気付かなかった。正直、殴り倒したいのをこらえてたんで、あまりよく見てなかった」

「コックス団長と別れてからはなにをしていたのかね?」

「マーガレットの様子を見に舞台裏へ行った。その後はほとんど舞台裏にいた。出たのは閉幕の挨拶に舞台に上がった時だけだ」

「事件の事を知ったのは何時頃かな?」

「十一時五十分頃だ。舞台裏の時計を見たから覚えている。衛兵隊が来て、舞台裏から出るなと言われた。その時、事情を聞いた。それで色々質問された」

 マーガレットさまの証言と同じ。

「では、解放されたのは午後一時三十分頃かな?」

「ああ、だいたいその時間だ」

「君はマーロウに付いてどう思う? 犯人だと思うかね?」

「それはないな。あの人は曲芸団員を家族と言っていた。あのエロデブのことさえ、俺に家族の一員だと言いきった。俺もマーロウの影響で曲芸団員を家族と思えるようになり始めたんだ。

 真犯人は別にいる。頼むぜ。この街の衛兵はマーロウを犯人と決めつけている。あんたたちが頼りだ。必ず真相を暴いてくれ」

 ディーパンさまの聴取は終わった。

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