47・書けるわけないだろう

 ジョン・ハードウィック男爵とジェレミー・ブレッド男爵が出会ったのは、一年前の社交会場でのことだったそうだ。

 貴族や富豪を主な客層としているジョン・ハードウィック男爵は、社交界にはなるべく顔を出している。

 そうして顔を売り、顧客である患者を確保しているそうだ。

 医者の倫理を説く者は、金持ちしか相手にしないのかと非難するが、しかし先立つ物が無ければ話にならないのも事実。

 貧しい者は治療費を払うことができず、そういった者だけを相手にしていれば、すぐに先行き立たなくなり、診療所は潰れてしまう。

 貧しい者を医者の立場から救うにしても、安定した収入が必要なのだ。

 さて、そんな日々のおり、社交会場でジェレミー・ブレット男爵に声をかけられた。

 彼とは直接の面識はなかったが、社交界では変人と噂されていた。

 錬金術の研究をして、金や人造人間ホモンクルスを作ろうとしているだとか。

 最近では、貴族の当主であるにもかかわらず、冒険者組合に登録したという。

 危険な冒険者になって一体何をするつもりなのか、皆が止めても聞き入れなかったそうだ。

 前当主は商売で大成しており、そのおかげで金銭面では一生働かなくてもまったく困ることなく、むしろ贅沢に暮らせるというのに。

 真偽のほどは定かではないが、正直 関わり合いたくない人物だった。

 しかし、いつか患者になるかもしれないのだし、話しかけられたのならば、対応しないわけにはいかない。

 覚悟を決めたジョン・ハードウィック男爵だったが、これが彼のその後を決定づける最初の選択肢だった。



 最初は当たり障りのない話から始まった。

 最近の社交界。貴族の勢力争い。政治動向。経済情勢。

 やがて、ジェレミー・ブレット男爵はジョン・ハードウィック男爵にいくつか質問してきた。

「医師としての腕は自信があるかね?」

「勿論だとも。だから開業して繁盛もしている」

「犯罪についてどう思う?」

「許されざることだ」

「小説は好きかね?」

「まあ、教養程度には読むね」

「自分で書いてみたいとは思わないかい?」

「それも良いとは思うが、文才があるかどうかと言えば、お世辞にもあるとは言えないからな。一から物語を作るとなると、僕にはとても無理だろう」

「では、体験談ならどうかな?」

「ああ、それなら書けそうだ。しかし、読者がおもしろいと思うような刺激的な事件など、僕の生活にはないからね」

「では、その刺激的な事件があれば書いてみるかね?」

「まあ、そうだな」

 だんだん なにかが おかしいと思い始めたが、その時には遅かった。

 ジェレミー・ブレット男爵は我が意を得たりと、満面の笑みを浮かべると、こう言った。

「ところで、君に少し手助けして欲しいことがあるんだ」

「手助け? それはなんだい?」

「なあに、簡単なことだよ」

 それが最初の事件だった。



 それ以来、なにか事件の依頼を受けると、捜査の助手としてジョン・ハードウィック男爵を連れ回す。

 しかもジェレミー・ブレッド男爵の推理はもっともらしいが穴だらけでいい加減。

 いつも、ジョン・ハードウィック男爵がそれを指摘して、正しい答えを導き出している。

 最初の事件の時もそうだった。

 それなのにいつも、

「どうだい、僕の推理通りだろう」

 と自分の手柄にしている。

 正直 腹立たしいことこの上ないが、事件解決の報酬はちゃんと山分けして、収入の一つにはなっているので、文句は言わない。

 そして今回の事件にも連れ出された。

 いいかげん断ってやろうかとも思ったが、ジェレミー・ブレット男爵に任せると、間違った推理へ展開するのは目に見えている。

 自称シャーロック・ホームズの代わりに、真実をつまびらかにしなければ、無実の人間が有罪になってしまうのは明らか。

 そういった理由で、今回も助手を引き受けた。



「しかも、解決した事件を小説にして出版しろとうるさいんだ」

「シャーロック・ホームズ・シリーズは、ジョン・ワトソンが事件を記録したという設定ですからね」

「まったく、書けるわけないだろう、あんな間違いだらけの推理など。あれでは推理小説ミステリーではなく喜劇小説コメディになる」

 イライラしているハードウィックさま。

 ちょっと怖い。

 私の怯えに気付いたのか、

「ああ、すまない。あたるつもりはなかったんだ」

「いえ、気にしていません」

 話しているうちに、事情聴取する最初の一人が来たようだ。

 さあ、捜査開始だ。



 最初の一人、マーガレット。

 年齢は二十歳。金髪に碧眼。スタイルは非常によく、出るところは出て、引っ込むところは実に引き締まっている。顔も中々の美人だ。

 要所にフリルのついたレオタードのようなピンクの衣装を着て、その魅力をより引き立てている。

 綱渡りスラックラインの名人で、高さ五メートルに張られた一本の綱を、五本の松明トーチを御手玉《ジャグリング》しながら渡るショーで観客を魅せるそうだ。

 ブレッドさまが先ず質問する。

「団長と会う前までの出来事を、簡単で良いので説明してもらえるかな」

「はい。まず、午前七時に起床。これは、曲芸団サーカスに設置した鐘を当番の人が鳴らすので、みんなこの時間に起きます。そして七時半に朝食。これは曲芸団員、全員で席について摂ります。食べ終えた人から席を離れていくので、解散はバラバラですが、みんな三十分ほどで食べ終えると思います。私もそれぐらいでした。朝食を摂った後は、午前の公演の準備。九時三十分頃に一段落して、その後は軽い練習です」

「練習はどこで?」

「舞台裏の外で。しばらくして団長が私を呼びました」

「団長と会った場所は? それと時間は分かるかね?」

「私が団長と会っていたのは、舞台裏の出入り口のすぐ隣です。私の演目が始まる少し前でしたから、午前十時三十分頃だと思います」

 まだ曲芸団サーカスに入って日の浅い彼女に、コックス団長は事あるごとに言い寄っていたそうだ。

「あの時も、そうでした。午前の公演が終わったら、簡易小屋に来てくれないかと誘われたんです」

「それで、君はその誘いを受けたのかね?」

「とんでもない! こういった仕事ですから、誘ってくる男性は多いのは知っています。ですが、だからこそ、身持ちは硬くしておかなければならないんです。いつものようにキッパリとお断りしました」

「なるほど。それで、その時 コックス団長になにか不自然な点は見られなかったかね? 右脇腹の動きがおかしかったとか」

「いいえ。事件の事を知って、私も思い返してみましたが、おかしな感じは受けませんでした」

「コックス団長と別れた後、貴女はなにをしていたのかね?」

「ショーに出演するため、舞台へ向かいました。予定通り綱渡りをし、その後はほとんど舞台裏にいました。兄や他の人たちもいたので、証言してくれると思います」

「ほとんどというのは?」

「閉幕の時にもう一度 舞台に出ました。演目の最後は、一部の人を除いて、出演者全員で観客に挨拶するんです」

 曲芸団に限らず、舞台劇や歌劇などでも、演目の最後は出演者たちの挨拶で締めくくられる。

「事件を知ったのは何時頃かね?」

「午前の公演が終わった直後ですから、十一時五十分頃だと思います。衛兵隊の方が二人来られて、舞台裏から出るなと言われました。無断で出た者は問答無用で捕えるとも。その方たちから、コックス団長が誰かに襲われたと聞きました。そしてコリンというかたが、私たちに色々質問してきました」

 コリンというと、事件当日 私たちに質問をし、ハードウィックさまとブレッドさまと話をしていた衛兵隊長か。

「舞台裏から解放されたのは何時頃?」

「午後一時半だったと思います」

 時間的にはコックス団長の簡易小屋に行く時間はなかったということか。

 ブレッドさまがパイプを指で器用に一回転させると、

「マーロウに付いて貴女はどのように思う? 犯人だと思うかね?」

「犯人のはずがありません。マーロウさんに人を傷つけることなんてできるはずがないんです。まして人を殺そうとするなんて。

 あの人はいつも安全第一を考えていました。どんなショーも安全を熟慮しなければ惨事につながると。

 それだけじゃありません。マーロウさんは私にとてもよくしてくださっているんです。まだ曲芸団に入って日の浅い私に、親切にしていただいて。ショーの指導だけじゃありません。団員の人たちとの仲も取り持ってくれたんです。おかげで早く打ち解ける事ができました。マーロウさんのおかげで本当に助かっているんです。

 そんな人が、人を殺そうとするでしょうか。

 どうか お願いします。マーロウさんの疑いを晴らしてください」



 マーガレットさまからの事情聴取は終わった。

 次の人が来るまで少し時間がある。

 ブレッドさまは思案気に火の付いていないパイプを咥え無言。

 ハードウッィックさまも無言で、手帳に証言を記していた。

 正直 意外だったのは、ブレッドさまの質問が的確だったことだ。

 私から質問する必要がなかったほど。

 次の人も、ブレッドさまに任せてみるか。

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