45・犯人は透明人間?
シャーロック・ホームズ。
どうして前世の世界で、世界一有名なミステリ小説の主人公がいるのよ?
前世でやったことのあるゲームの世界なのかと思えば、今度はシャーロック・ホームズ。
今までゲームの世界に転生したと思ってたけど、そうじゃなくて、この世界が前世の世界になにかの影響を及ぼしているということなの?
私は頭が混乱してしまっていた。
それに気付いていないのか、シャーロック・ホームズと名乗った男性は、医者の紹介をする。
「彼はジョン・ワトソン。僕の助手をしてくれている」
医者は不機嫌そうに、
「だからブレッド男爵、僕はジョン・ハードウィックだ。ワトソンと呼ぶのは止めてくれないか」
シャーロック・ホームズは戸惑ったように、
「なにを言ってるんだ、君は。僕が勧めた小説をまだ読んでくれていないのかい? シャーロック・ホームズの助手はワトソンと決まってるんだ。この間 話し合って、助手をすると約束してくれたじゃないか」
「ああ、確かに手を貸すとは言った。だが、呼び名までは承諾していない。せめてジョンと呼んでくれ」
「うーむ……わかった、ジョン」
不承不承ながら了承するシャーロック・ホームズに医者は、
「よし、ブレッド男爵。それで良い」
「君も僕の事を、ホームズと呼んでくれたまえ。せめて仕事の時だけは」
「……まあ、いいだろう。君がワトソンとかいう、変な名前で呼んだりしなければな」
「変な名前とはなんだ。良い名前じゃないか」
……
この二人 いったい なんなの?
私は確認する。
「あの、結局、シャーロック・ホームズさまは、ブレッドというのが本名なのですか? それにお医者さまは、ハードウィック?」
医者の方が答える。
「僕はジョン・ハードウィック。仕事はさっきも言ったが、医者だ。一応、男爵の爵位を持っている。
こっちの変人はジェレミー・ブレッド男爵」
パイプを咥えている男性、シャーロック・ホームズと名乗ったジェレミー・ブレッド男爵は、変人と言われたことをまるで気にしていないように、笑みを浮かべている。
「天才は往々にして奇人変人と見られるものさ」
「いや、君の場合はただの変人だ」
辛辣なハードウィックさま。
しかし、それで堪えた様子のないブレッドさま。
「ふふっ、まあいい。ところで、君たちの名前を教えてくれないかな」
そういえば、まだ名乗っていなかった。
「申し訳ありません。助けていただいておりながら、自己紹介が遅れました。私はクレア。ハードウィックさまが推察なさった通り、冒険者をしております」
続いてセルジオさまとキャシーさんが自己紹介する。
「吾輩はセルジオ。
「アタシはキャサリン。アタシも聖堂騎士で、夫と共に冒険者をしています」
それを聞いて、ハードウィックさまは、
「聖堂騎士。では君たちは
筋肉派って、私が知らなかっただけで、それなりに有名なのかな?
ブレッドさまがパイプを軽く振ると、
「ジョン、鍛えているからと言って筋肉派と決めつけるのは早計だよ。クレア嬢は筋肉質ではないじゃないか。僕が推理するに、セルジオ君が重戦士として前衛を受け持つので、筋肉を重点的に鍛えているだけだ。キャサリンさんが中衛、クレア君が後衛といったところか。単なる役割分担の問題で、筋肉派とは関係ないだろう」
今度はハードウィックさまの間違いを指摘したつもりになって得意げな顔のブレッドさま。
私は一応、答えを告げる。
「いえ、セルジオさまとキャシーさんは、ハードウィックさまの推察どおり筋肉派です」
ブレッドさまは、笑みを浮かべたままだが、その表情が動かなくなった。
以前、スファルさまも似たような表情になったことを思い出した。
そしてブレッドさまはあらぬ方向へ顔を向けると、パイプに煙草を入れ直して火を付け、深く紫煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
「ところで、君たちはコックス団長が ああ なったことについてどう思う?」
あ、話を変えた。
「そう言われましても、私たちはただ異変に気付いただけですので……」
「ふふっ、なるほど。そういうことにしておこう」
意味ありげな言葉だけど、多分 間違えている。
だんだん ブレッドさまの事が分かってきた。
「そうそう、連絡先を交換しておこうか。僕はこの事件に興味を持ってね。だから独自に調査するつもりだ。なにか思い出した事があったら教えてほしい」
そういって
私は名刺などは持っていないので、アイリーンさまの館に滞在していることを教えた。
奇妙な二人と分かれた後、私たちはラーズさまと合流した。
「クレア、マーロウが衛兵隊に連行されたが、コックス団長が殺されたのか?」
どうやらまだ事態を把握していないみたい。
「いえ、お医者様が偶然、居合わせたおかげで、手当が早かったため未遂に終わりました」
「そうか。俺は連行されるマーロウが馬車に乗せられるまで見張り続けていた。スファルは?」
「まだモランを見張っているのだと思います」
「これからどうする? スファルを捜すか?」
私が迷っていると、セルジオさまが、
「いったん館に戻るのがよいのではありませんか。時間が経てばスファル殿下も戻られるでありましょう」
キャシーさんも、
「アタシもそれが良いと思います。アタシたちが再び立入禁止の場所に入って、また見つかることになれば、今度こそ衛兵につきだされるかもしれません」
二人の意見を採用し、私たちは館に戻ることにした。
私たちが館に戻り、日が暮れて一時間ほどしてから、スファルさまは戻られた。
「聞いたぜ。コックス団長が殺られたんだってな」
帰ってくるなり、いきなり何を言い出すのか。
「未遂です」
「そうなのか?」
「そうなのです。いいですか、犯人は……」
「わかってる、みなまで言うな。犯人はモランで決まりだ。俺の目を盗んで犯行に及んだに違いない。安心しろ、モランの行動は逐一見張っていた。
モランはコックス団長の簡易小屋から出た後、女と小さな娘と合流した。たぶん、お嬢さんが言ってた、賭博場で働いている女とその子供だろうな。その二人に曲芸団を案内してたみたいだった。事件が起きるまでな。つまり、アリバイ作りってわけだ。
そこから導き出される結論は、モランは簡易小屋に入った時に、コックス団長を刺したんだ」
「その後、コックス団長が平気で出歩いていたのはどうしてです?」
「……どうしてだ?」
「わからないのに、わかったと言わないでください」
まったく、この人は。
「いいですか、衛兵はマーロウを容疑者として捕まえました。そして、私たちの見る限りでも、じっさいに犯行に及ぶことが出来た人物は、マーロウ以外いないのです」
ラーズさまが、
「いや、それもおかしい。俺もマーロウの行動はちゃんと見ていた。彼がコックス団長を刺したとは考え難いんだ。クレア、コックス団長の刺し傷の位置は右脇腹で間違いないな?」
「はい」
「そんなところを刺されたら、出血がすぐに始まって、十分も持たない。マーロウがコックス団長の簡易小屋に入った時に刺したとしたら、クレアたちが異変に気付いた頃にはもう死んでいるはずだ」
どういうこと?
キャシーさんが、
「それだけじゃありません。アタシたちもクレアちゃんの指示通りコックス団長を見張っていましたが、簡易小屋を出てからモランと別れた後、コックス団長と話をした人間は三人。でも、誰もコックス団長に触っていないんです。ねえ、そうでしょ、ダーリン」
「うむ。吾輩も確かにこの眼の筋肉で見極めた。誰もコックス団長に触れておらぬ。それに、気になることはもう一つ。事件が起きた時、簡易小屋は扉も窓も鍵がかかっていた。クレア嬢も承知のはず」
「はい、確かに」
あの時、扉は鍵が掛かっていたし、コックス団長をハードウィックさまが手当てしている間、窓も調べたけど、そこも鍵がかかっていた。
「魔力は感知したか?」
ラーズさまの疑問を、私はきっぱりと否定する。
「いいえ、魔法は一切 使われておりませんでした」
魔法使いなら、魔法が使われた時の魔力を感知することなど、誰でもできる。
スファルさまが頭の上に疑問符を浮かべているような顔で、
「つまり、どういうこと?」
「つまり、誰もコックス団長を刺しておらず、しかも機会があるだろう簡易小屋は密室だったということです」
真犯人が分からない上、謎が二つ。
この問題を解き明かすことなんてできるの?
セルジオさまが、
「まあ、全ての真相はコックス団長が意識を取り戻せばはっきりするでしょうな」
確かにそうだろう。
「でも、その場合、鍛冶師ムドゥマの紹介状は手に入らなくなりますね」
ラーズさまが、
「それはしかたないだろう。人が死ぬのを未然に防ぐことができただけで良いじゃないか」
「そうですね。ムドゥマに剣を打って貰う方法は、他になんとか考えましょう」
しかし三日後、コックス団長の意識が無事に戻った次の日の朝刊にこう書かれていた。
犯人は透明人間?
ジョルノ
事件当時コックス団長は、誰かに刺された事も見たという記憶もなく、右脇腹の違和感に気付いて、手を当ててみると出血しており、ほどなく意識を失い倒れたと証言している。
医師によれば、出血による記憶障害や意識障害によるものではないとのこと。
衛兵隊は花形
衛兵隊長コリンは、
刺された記憶がない?
そんなこと在り得るの?
みんなも疑念に満ちた表情をしていた。
同日、冒険者組合にジョルノ曲芸団副団長アネットが曲芸団員代表として、マーロウの容疑を晴らして欲しいと、依頼を出した。
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