46・面倒くさいな
「おや、あんたたちは」
私たちは冒険者組合の依頼を受けて、再びジョルノ曲芸団にやってきた。
そして依頼主であるアネットさまと会ったのだが、事件の時に、私たちが勝手に居住区域に入ったのを注意してきた人だった。
彼女も私たちが誰なのかわかったようだ。
「先日はすみませんでした。勝手に入ったりして」
「いいんだよ。おかげで団長が助かったんだから」
そう言って追求せずに許してくださったアネットさま。
歳は四十歳後半。金の短い髪に深く紅い瞳をしている、恰幅の良い女性だ。
五年前まで、マーロウと同じく道化師として活躍していたが、今は引退し、副団長として曲芸団を盛り立てているという。
「依頼を引き受けてくれた冒険者はあんたたちだったんだね」
「はい。出来る限りのことをさせていただきます」
「でも、ちょっと困ったね。依頼を受けた冒険者が他にもいるんだよ」
他に依頼を受けた冒険者?
まさか……
「その人たちは調査を始めたところさ。呼んでくるから少し待ってて」
十分後、現れたのは予想通り、ジェレミー・ブレッド男爵とジョン・ハードウィック男爵。
ブレッドさまはパイプを咥えながら、不敵な笑みを浮かべて、
「やあ、君たちか。依頼を受けにきた冒険者と言うのは」
「あの、ブレッドさま、貴方は……」
「ホームズ。仕事の時はホームズと呼んでくれたまえ」
面倒くさいな、この人。
「……ホームズさま。貴方は探偵ではありませんでしたか?」
「ふふっ、仕事に都合が良いので、冒険者登録をしているのだよ。なあ、ジョン」
「言っておくが、僕は冒険者でも探偵でもない。医者だ」
アネットさまが私たちに、
「見ての通り、もう引き受けた冒険者がいるから……」
「探偵。アネットさん、僕の仕事は探偵と呼んでほしいね」
本当に面倒くさいな、この人。
アネットさまは顔色一つ変えずに訂正する。
「もう引き受けた探偵さんがいるから。それに衛兵さんに聞いたんだけどね、お二人は衛兵隊に協力していくつか事件を解決したことがあるんだって。私としては、実績のある探偵さんの方を雇いたいと思うから、悪いけどあんたたちは……」
「待ちたまえ、アネットさん」
ブレッドさまがアネットさんを遮って、
「せっかくだ。競争といかないかね」
「競争?」
私は疑問符が頭に浮かんだ。
「そう、どちらが先に真実を解き明かすか、競争だ。依頼達成の報酬は、先に事件を解決したほうが貰う。どうだね?」
「人が死ぬところだったんですよ。それなのに競争だなんて」
「未遂で助かったじゃないか」
私の非難をそよ風のように受け止めるジェレミー・ブレッド男爵。
ジョン・ハードウィックさまが間に入って、
「合同捜査。僕としては合同捜査を願いたい。衛兵隊と違って、僕たちは人数が少ない。捜査に当たる数は多い方が良いと思うが。どうだろう?」
彼はとりなそうとしているようだ。
どうしよう?
ブレッドさまの推理は正直、当てにならない。
だけど、ハードウィックさまはそれなりに信用できそうだ。
私はみんなと
「……わかりました。合同捜査しましょう。報酬は折半ということで」
こうしてシャーロック・ホームズを名乗る人物と、その助手を一応しているジョン・ハードウィックさまと一緒に、私たちは調査に乗り出した。
調査は、事件当日コックス団長と話をした人達から事情聴取をすることから始めることにした。
ブレッドさまが得意げに、
「事件当日から僕たちは調べていてね。すでに君たちの知らない様々な事実が判明している。特に気になるのは、コックス団長と花形道化師マーロウが、最近 対立していた事かな。
新しいショーをコックス団長が発案したそうだが、安全面の問題でマーロウが反対していたそうだ。これは真犯人にとって有利だ。マーロウがコックス団長を殺害する動機になるわけだからね」
それ知ってます。
「それと、事件発生の前にコックス団長と会っていた人間はすでに特定できているんだ」
その人物たちも、セルジオさまとキャシーさんが見た人物と同じだった。
アネット副団長の簡易小屋を使用し、私たちはその人物たちを一人ずつ呼び出す。
聴取する人間が多いと、威圧されて話しにくいだろうと言うことから、人数を絞ることにした。
「俺たちからは、クレアに任せようと思う」
と、ラーズさまが、私に事情聴取を任せると言う。
「え、でも、良いんですか? 私だけじゃ見落としがあるかもしれませんよ」
「いや、俺たちに比べれば確実だと思う」
そして、みんなの期待の視線が私に集まる。
「頼んだよ」
ううぅ、責任重大だ。
結局、事情聴取を行うアネットさまの簡易小屋には、私の他に、ハードウィックさまとブレッドさま。付き添いとしてアネットさま。
入口の所でセルジオさまとキャシーさんが見張りをし、ラーズさまとスファルさまは簡易小屋の周辺で、不審人物が聞き耳を立てていないかどうかチェックしていただく。
道化師マーロウ以外に、コックス団長と会っていたのは、モランを含めて四人。
今は公演の最中なので、少し待っていてほしいとのこと。
コックス団長が刺されて死にかけたのだけど、その本人の意向でショーを続けることが決まったそうだ。
私は待つ間、ハードウィックさまに質問してみた。
ブレッドさまには聞こえないよう小声で。
「あの、ハードウィックさま。どうしてブレッドさまはシャーロック・ホームズと名乗っているのですか?」
「小説の影響だ」
「小説?」
「そうだ」
五百年前、印刷業界に革新的技術、植字方式が導入された。
それまでの木版刷というやり方から、植字方式になったことで、安価な大量出版が可能になったのだ。
その結果、教典や学術書、教科書の類は言うに及ばず、新聞や小説なども大衆に普及、浸透し、世界の識字率は大幅に向上することとなった。
そんな時代、エミリアという名の女流作家がいた。
彼女は多くの名作を書き残した。
ロード・オブ・ザ・リング。
ハリー・ポッター。
レコード・オブ・ロードス・ウォー。
他にも多数。
それらは今でも色褪せずに伝えられている。
そのうちの一つが、シャーロック・ホームズ・シリーズ。
その小説を読んだジェレミー・ブレッド男爵は大きな感銘を受けたという。
魔法を使わずにさまざまなトリックによって犯罪を実行する悪党たちに、敢然と立ち向かい、理論理性に基づいて推理し、真相を見抜き、真実を明らかにする名探偵シャーロック・ホームズ。
憧憬を持ったブレッドさまは、いつしか自分もそう成りたいと思うようになり、実行することにした。
探偵を名乗り、冒険者組合に登録するという形で。
女流作家エミリア。
間違いない。
その人も私と同じ世界から来たんだ。
五百年前にも私と同じ人がいたんだ。
そして彼女は、かつていた世界の名作をこの世界に伝えた。
「まあ、人が何に成りたいと思うかは自由だと思うが、人を振り回すのは止めてほしいね。一緒に部屋を間借りしようとまで言い出す始末だ」
「え? あの、貴方はブレッドさまと一緒に暮らしているのではないのですか?」
シャーロック・ホームズ・シリーズでは、ジョン・ワトソンとシャーロック・ホームズは基本的に同居しているという設定だった。
「いいや。僕は家族と暮らしている。なぜそんなことを聞く?」
「私もシャーロック・ホームズを少し読んだことがあるので、それで」
「そうか。僕は読んだことがないが、正直 読む気など湧いてこない。あの男といれば、つまらない話だとわかる」
「いえ、そんなことありませんよ。私は面白いと思いました。読まずにつまらないと決めつけないで欲しいです」
「そうなのか? すまない。しかし、それでも読む気にはなれないな。あの男に振り回されている身となると、その原因になった本なんて、手にしただけで引き裂いてやりたくなりそうだ」
「あの、お二人はいったいどういうご関係なのですか?」
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