31・問題ないですね

 コルトガ共和国。

 この世界には珍しい 君主制でない国。

 その国の辺境に吸血鬼カーマイル・ロザボスイの居城はある。

 三日目の夕暮れになって、私たちはその居城近くの小さな城下町に辿りついた。

 アールレイ山脈の中腹にあるその城は、コルトガ共和国がまだ君主制だった頃、かつてカーマイルが伯爵として領地を治めるために使っていた。

 だが、吸血鬼となったカーマイルは住民を餌食とし、その恐怖に住人は街から逃げ出した。

 今では城下町に生きた人間はいない。

 彼らを除いて。

「へっへっへっ、獲物の方から来るとは珍しいこともあるもんだなぁ」

「ボス、五人もいますぜ」

「カーマイルさまもそろそろ生き血が欲しいっておっしゃられていたことだし、丁度いい」

「伯爵さまに献上するとするか」

 城下町まで到着した私たちを待ちかまえていたのは、吸血鬼ではない 生きた人間が十人。

 おそらくこの街に繋がる道を見張っていて、私たちが来るのを発見していたのだろう。

 ラーズさまが怪訝に、

「なぜ 吸血鬼の支配領域に人間が無事に住んで居られる」

 私は答える。

「カーマイルと取引したからです。自我を持たない下位ロゥ吸血鬼ヴァンパイアではなく、自我を保った中位ミドル吸血鬼ヴァンパイア以上に確実にする方法の開発に成功したら、自分たちを吸血鬼にする。かわりに彼らはカーマイルの下僕となり人間を調達する」

 吸血鬼と一口に言っても、その種類は大まかに四つに分けられると言われている。



 下位ロゥ吸血鬼ヴァンパイア。ランクはF、E。

 吸血鬼としての適性がなかった者の末路。知性は獣同然となり、生きた人間を認識すれば、生き血を求めて盲目的に襲う。ただし、吸血鬼にした者の命令には従う。しかし、複雑な命令は理解できないので、内容は単純なものに限られる。

 そして犠牲者を吸血鬼にする力がないことも挙げられる。吸血鬼としての能力が弱すぎて、他者に感染させるほどの力がない。だからこの世界の吸血鬼は、前世のゾンビ映画の様にネズミ算式に増えると言うことはない。

 弱点は、一般的に知られている通り、銀にニンニク、太陽の光に聖水。魔法や魔法の武器も効果的だ。



 中位ミドル吸血鬼ヴァンパイア。ランクはDからB。

 吸血鬼として適性を持っていた者。自我を保ち、身体能力が飛躍的に向上する。そして血を吸った者を吸血鬼に変える、感染の力を持つのは、この位になってから。しかし、弱点は下位吸血鬼と同じ。



 上位ハイ吸血鬼ヴァンパイア。ランクA、S。

 身体能力は中位吸血鬼より高く、弱点も克服しつつある。しかし完全ではないのでダメージはある。特に太陽の下では能力が半減する。



 不死の王ノーライフキング。ランクSS。

 全ての弱点を克服した、本当の意味での不死者。その力は魔王に匹敵すると言われている。



 ちなみにカーマイルはランクBの中位吸血鬼。

 つまり吸血鬼としての弱点はそのままだ。

 だから、その弱点を克服し、真なる不死者になるために日夜研究を重ね、不死の王になろうとしている。

 その研究が完成すれば、当然 他の人間も不死者にすることができると予想される。

 少なくとも、元々の自我を保てる中位吸血鬼にすることは可能のはず。

 それに目を付けたのが、私たちを取り囲む十人。

 吸血鬼となって永遠の命を手に入れるために、カーマイルと取引した。

 カーマイルは研究が完成した暁には、彼らを吸血鬼にする。

 代わりに、研究が完成するまで、彼らは人身売買や誘拐などの方法で、カーマイルに食料である人間を調達し続ける。

「と、言うことなのです」

「なるほど。容赦する必要はなさそうだ」

 ラーズさまは半身になって拳を構えた。

 私も細剣レイピアを抜く。

 セルジオさまとキャシーさんもそれぞれ武器を構え、スファルさまは抜刀術の姿勢を取る。

「ハハハッ、こいつら やる気でいやがる」

「こっちの方が数が多いって分かんねえかな?」

「腕によっぽど自信があるんだろ」

「じゃあ、万が一ってこともあるな」

「なら、念には念を入れるとするか」

 集団のボスだと思われる男が、懐からなにかを取りだす。

 拳ほどの大きさの赤い宝玉。

「来い! 骨野郎ども!」

 カシャンカシャンカシャン……

 奇妙に乾いた音が聞こえ始めた。

 そして現れたのは、人骨の集団だった。

 標本模型の様に綺麗に組み上がった人骨が、手に古びた剣や斧などを持ち、胸当て鎧ブレストアーマーを装着している。

骸骨兵スケルトンでありますな」

 骸骨兵。別名ボーンゴーレム。

 人間の骨を素材に魔法兵ゴーレムの魔法をかけた物。

 冒険者組合の規定では、ランクE。一般的な兵士と同等の強さと言うことだ。

 それが五十体ほど。

「こんだけの数に勝てるかぁ」

 にやにやと勝ち誇ったムカつく笑みを浮かべる男たちに、私は言ってやった。

「問題ないですね」

「なに?」

飛礫突風ストーンブラスト!」

 私は魔法で骸骨兵の一体を粉々に砕いた。

 骸骨兵は打撃や地系統の魔法に弱い。

 地と風の属性を合成させ、威力を高めた飛礫突風なら、一発で倒せる。

「なんだと!?」

 男たちの狼狽した声。

「飛礫突風! 飛礫突風! 飛礫突風!」

 私は続けて放つ。

 五体、六体、七体。まだまだいける。

「おっとぉ、お嬢さんだけに任せてらんねえ。新しい刀の切れ味、試させてもらうぜ!」

 スファルさまは閃光のように一直線に疾走し、五体の骸骨兵の脇をすり抜けた。

 いつの間にか抜刀していた太刀を鞘に収めると、五体の骸骨兵が鎧ごとバラバラに崩れた。

 本当に速い。

 一直線の移動だけならラーズさまやキャシーさんよりも速い。

「スゲー! 鎧と人骨がまるでプリンみたいにスパッと斬れたぜ!」

 鏡水の剣シュピーゲルの切れ味はお気に召したようだ。

「俺も負けられないな」

 次に動いたのはラーズさま。

 跳躍して、骸骨兵の頭蓋骨をカカト落としで砕いた。

 続いて一番近い骸骨兵の顔面を殴りつけ粉砕。

 さらに、中段回し蹴りで隣の骸骨兵の胸部を蹴り抜く。

「こうしてはおれん。ハニー、行くぞ!」

「ええ、ダーリン!」

 続いてセルジオさまとキャシーさんも動いた。

「フン! フン! フンフンフン!」

 セルジオさまは、ゴドフリーさまに用意していただいた大槌で叩き潰すという戦法で、次々と骸骨兵を砕いていく。

 技がどうのというより、工事現場の作業員のようなやり方だ。

「なにこれ!? 早い! 速い! はやーい!」

 キャシーさんは自分の動きの速度に歓喜の声。

 疾風の剣サイクロンの敏捷力補正の効果で、いつもより素早くなったキャシーさんは、骸骨兵を次々と斬り倒していく。

「ボス! まずいですぜ!」

「くそ! カーマイルさまにお知らせするぞ!」

 骸骨兵を簡単に倒す私たちに恐れをなしたのか、十人の男は城の方角へ撤退した。

 そして彼らの姿が見えなくなった頃には、骸骨兵は全て片付けた。

 いえ、散らかしたと言うべきかもしれない。

 骸骨兵の残骸が辺りに散らばっていた。

「さて、みなさん。行きましょう」

 改めて馬に乗り、私たちはカーマイルの城へ向かった。

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