32・いいってことよ

 城に到着した時には日が暮れていた。

 夜は吸血鬼ヴァンパイアの時間だ。

 安全を期すなら朝が来るまで待つ方が得策だろう。

 でも 建国祭まで時間がない。

「みなさん、強攻策で行きます。良いですね」

「ああ、わかっている」

 ラーズさまがみんなの意見を代弁する。

 私は馬から降り、必要な物を確認する。

 特に重要な、私が抱えることができる程度の大きさの、木箱の中を確かめる。

 エサは ここに来るまで きちんと毎日あげていたけど、今日は戦いのため 凶暴になってもらう必要があるので、一食抜いてある。

 この子たちが頑張ってくれることを期待する。

 そして私は木箱を抱えて、城壁の門に手をかけようとした。

 すると、門が自動的に開いた。

 あの男たちがカーマイルに知らせたためだろう、私たちを招き入れている。

 明らかに罠が待ち構えているだろうけど、私たちは構わずに進んだ。

 城壁門を抜けて城壁の内側に入ると、そこには城下町にいた十人の男たちが待ち構えていた。

「へっへっへっ、今度こそおまえらはお終いだぜ」

骸骨兵スケルトンは倒せたみたいだが、カーマイルさまの本当の下僕には敵わねぇぜ」

「カーマイルさま! やってくだせぇ!」

 そう言って男たちが見上げた城閣のテラスには、表は黒で裏は真紅のマントを羽織った何者かがいた。

 長身痩躯の若い男。青白い肌。黒い髪に禍々しい紅い瞳。

 あからさまに正体が分かる。

 吸血鬼カーマイル・ロザボスイ。

 カーマイルは右手を掲げて少し動かす。

 すると城の門が開き、そこから無数の人が現れる。

 その眼は獰猛な紅い光を放ち、口から鋭く尖った犬歯を剥き出しにし、飢えた獣のように涎を垂らしている。

 下位ロゥ吸血鬼ヴァンパイアだ。

 その数、二百体 以上。

 これだけ多くの人間の命を、カーマイルは犠牲にしてきたのか。

 下位吸血鬼は、身体能力は普通の人間と変わらないが、恐怖と言うものが欠如しており、また普通の攻撃による傷はすぐに再生してしまう。

 だが、弱点を攻めれば話は別だ。

 私は短剣を抜いた。

 ゴドフリーさまに用意してもらった、硬質銀の短剣。

 短時間で入手できる希少な硬質銀の武器が短剣しかなかったのだけど、有るのと無いのとでは大きな違いだ。

 ラーズさまも同じ短剣を構えた。

 いつもは無手だけど、吸血鬼相手には弱点を攻める必要があるため、装備してもらった。

 セルジオさまも短剣を構える。

 キャシーさんとスファルさまは、魔法の武器があるので、用意していない。

「ヒャハハハ! そんな ちんけな物でこれだけの吸血鬼を倒しきれると思ってるのか!?」

「カーマイルさま! やっちまってくだせぇ!」

 そのカーマイルは私たちを見下ろしていたが、やがて一言。

「やれ」

「「「キシャアアア!!」」」

 下位吸血鬼が一斉に男たちに群がった。

「なに!?」

「うわぁあああ!」

「カーマイルさま! いったいなにを!?」

「止めてくれ! 伯爵さまあ!!」

 私たちには目もくれず、男たちに牙を突き立てて血を貪り飲む吸血鬼の群れ。

 やがて十人の男たちの悲鳴は途絶え、下位吸血鬼たちは私たちに目を向ける。

 襲って来る様子ではないが、空腹の闘犬がエサを前に待てと命令されたかのようだ。

 私はカーマイルに、

「なんのつもり? あなたの大切な部下でしょう」

「ふん。敵を排除することさえできぬ無能など用はない。それに、たまにはこいつらにも食事を与えねばな」

 こいつら というのは、下位吸血鬼の事だろう。

「さて、次はお前たちだ。やれ」

 カーマイルは下位吸血鬼に指示を出した。

 しかし それと同時に、私は抱えていた箱の中身を開けた。

「「「ニャーゴー!!!」」」

 声を上げて飛び出るのは三匹の猫。

 黒猫のクロ。白猫のシロ。三毛猫のミケ。

 三匹の猫は箱から解放された途端、牙と爪を剥き出しにして、下位吸血鬼に襲いかかる。

「なんだと!?」

 動揺した声のカーマイル。

 吸血鬼の弱点の中で特に面白いものに、猫がある。

 猫は吸血鬼に対して、ネズミを狩るとき以上に凶暴になり、その牙や爪の餌食にする。

 しかも、猫の爪や牙は吸血鬼にとって銀と同じ効果があり、体毛はニンニク、体液は聖水と同じ効果があるそうだ。

 つまり、猫は吸血鬼にとって天敵と言える。

 そして私が放った三匹の猫は、次々と下位吸血鬼を仕留めて行った。

 牙を突き立てれば、爪で引っかけば、その個所から一気に灰になっていく下位吸血鬼。

「さあ、みなさん、私たちもやりましょう」

 私は猫やみんなを巻き込まないよう魔法を行使する。

火炎魔球ファイアボール!」

 十体以上の吸血鬼を爆発で吹き飛ばす。

 魔法の攻撃による傷では、吸血鬼の再生能力は発揮されない。

空間斬撃スペースカッター・連」

 ラーズさまが魔法で、十三体の吸血鬼を輪切りにした。

「オラオラオラオラオラア!!」

 スファルさまが疾走しながら吸血鬼の首を次々と飛ばして行く。

 魔法の武器でも再生能力は役に立たない。

「ハニー!」

 セルジオさまが五つの小瓶の中身を空中に撒くと同時に、キャシーさんが魔法を行使。

暴風ストーム!」

 ニンニクを漬け込んである聖水が、キャシーさんの魔法で撒き散らされる。

「「「グァアアア!!!」」」

 ニンニクエキスたっぷりの聖水に、下位吸血鬼はまるで硫酸を浴びたかのように体が焼けただれてのたうちまわる。

 一気に四十体近くを仕留めた。

 だけど まだまだ 沢山いる。

「ニャーゴー!」

 私の後ろで猫の声。

 後ろから私に襲いかかろうとしていた吸血鬼を、クロが攻撃していた。

 バリバリと爪で引っ掻いて、吸血鬼を灰に変える。

「あ、ありがとう」

 いいってことよ。

 クロが不敵な笑みで応えた。

「フシャー!」

 シロが吸血鬼を仕留めると、私に寄ってきた。

 ここは私たちに任せて先に行きなさい。

「え、でも」

「ヴゥゥゥ」

 ミケが吸血鬼を威嚇しながら、

 早く行って。時間がないんでしょ。

「わかりました」

 猫たちの意を酌み取った私は、みんなに、

「みなさん、城へ入りましょう!」

 そして私たちは、猫たちと下位吸血鬼の戦いを後にして、城の中に入った。



 玄関大広間に入った私たちは、門を閉めて下位吸血鬼が入らないようにした。

 シャンデリアの灯りが玄関大広間を照らしている。

「みなさん、ここからは大規模な魔法や火は使わないでください。もしこの城が燃えたり崩れるようなことがあれば、完全回復薬フルポーションの調合法を記した手帳も一緒に巻き込まれてしまい、入手できなくなってしまいます」

 この城はかなり古く、火事や大きな衝撃で崩れる可能性がある。

 ゲームでもそれを理由に、いくつかの魔法の使用が制限されていて、そのためゲーム終盤になってからなのに、中位吸血鬼に苦戦する。

 現実でも それは変わらないようだ。

 みんなは頷いた。

「さあ、行きましょう」

 と、私が足を踏み出した瞬間、床が開いた。

「え!?」

 落とし穴!

 私だけがその落とし穴に落ちてしまった。

「クレア!」

 ラーズさまの声が頭上から聞こえたが、私は落下し続け、数秒で地面が見えた。

空中浮遊レビテーション!」

 地面に激突する寸前、魔法を行使して、体を浮かす。

 そして地面に着地。

 私は落とし穴を見上げたが、その時にはすでに落ちた場所の蓋が閉じていた。

 こう暗くてはなにも見えない。

 手探りでポケットからマッチを取り出し、火を付ける。

 小さな灯に照らされて周囲が見える。

 天然の洞窟を利用した地下迷宮の様だった。

 落とし穴は高い上に滑らかすぎて這い上がるのは無理だ。

 助けを待つ時間もない。

 なら、ここから一人で脱出するしかない。

 私は足を進めた。

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