30・思い通りにさせちゃいけないんだ
アイリーンさまが目を覚まし、ゴドフリーさまと医師が彼女に話をした。
それが終わると、私は彼女との面会を求めた。
アイリーンさまはベッドの上でどこか呆然としていた。
「アイリーンさま」
「……あ……グレアざん……」
その声は見る影もなくしわがれていた。
「ごれじゃ、建国祭で歌えないばね……」
その痛ましいさまに私は胸が締め付けられる思いだったが、確認しなければならないことがある。
「アイリーンさま、襲われた時の様子を教えていただけないでしょうか」
調理場で料理人と一緒に昼食の準備をしていた時、窓から突然 何者かが三人 押し入ってきた。
料理人は果敢に襲撃者に立ち向かったが、斬り伏せられ、アイリーンさまは逃げる間もなく押し倒され、酸を無理やり飲まされたのだという。
その時、酸を飲ませた襲撃者が、
「俺の愛する人を中傷した報いだ」
と呟いたという。
ジルド・ハティアが愛する人と言えば、一人しかいない。
リリア・カーティス。
やっぱりあの女がジルドに指示を出したのね。
許せない。
私は怒りが込み上げてきた。
間違いなくリリア・カーティスは、
そのために、歌に人生を捧げている人の命である喉を酸で焼いたんだ。
「大丈夫……今年ばダメだげど、私の喉、元に治ぜるのでじょう。だがら来年、歌姫に選ばれるよう頑張るば」
……そんなのダメ。
「そんなのダメ。そんなことダメです! アイリーンさま! あなたは今年の建国祭で歌うんです! あなたは今年の歌姫に選ばれた人なんだから!」
そうよ。
アイリーンさまは自分の実力で歌姫になったのだ。
努力によって才能を開花させ、正当な方法で、多くの人たちの中から最も優れていると認められ、歌姫になったのだ。
それなのに、こんな手段で歌姫になろうとしている女の思い通りにさせて良いの。
いいえ、あの女の思い通りにさせない。
思い通りにさせちゃいけないんだ。
「でも、ごんな声じゃ……」
「治します! 私が治します! 建国祭まで間に合わせてみせます!」
私は誓った。
必ずアイリーンさまの歌声を建国祭で披露させてみせる。
館に戻って来たラーズさまたちに、私は頭を下げた。
「みなさん、お願いがあります。アイリーンさまの喉を建国祭まで治すために、力を貸してください」
ラーズさまは、
「スファルから事情は聞いた。今迄、君に助けられてきたし、アイリーンさんには泊めて貰っている恩もある。もちろん力を貸す。しかし、方法があるのか?」
「あります。それは
完全回復薬は医者や錬金術師にとって、それを創り出すことは夢の一つだ。
しかし成功した者は今迄に一人もいないとされている。
だけど 私は知っている。
一人だけ 完全回復薬の調合に成功した人物を。
「その人物から、調合法を記した手帳を、強奪します」
スファルさまが呆れたように、
「おいおい、強奪って、穏やかじゃねえな。事情を説明して丁寧に頼み込めば、一個くらい分けて貰えるんじゃないのか」
「それは無理です。なぜなら、その人物は
吸血鬼 カーマイル・ロザボスイ。
三百年前、錬金術師であるカーマイルは、不老不死の霊薬を開発し、自らに使った。
結果、彼は永遠の命を得た。
だが それは、不自由な不死でもあった。
太陽は業火の如く体を焼き、銀やニンニクは猛毒となり、普通の食事は体が受け付けず、その命を長らえるには、人の生き血を啜るしかなくなった。
呪われた不死者。
「カーマイルは不老不死の霊薬を作る過程で、完全回復薬の調合に成功したのです。その調合法を記した手帳はカーマイルが住む城に保管され、今もそこにあるはずです」
キャシーさんが怪訝に、
「ねえ、クレアちゃん。本当に神託を受けてないの? なんだか色々知りすぎているように思えるんだけど」
「私は神託を受けていませんし、聖女でもありません」
私はキッパリと否定する。
「でも、そうなるかもしれなかった人物を知っているんです。
それは、リリア・カーティス。アイリーンさまの喉を焼いた犯人、ジルド・ハティアが愛する者と言っていた女です。
リリア・カーティスは私と同じ、これから起こるかもしれない未来のことを知っているんです。そして、その知っていることを筋書き通りに進めるために、アイリーンさまにあんなことをしたんです」
私は自分がなぜ竜の谷にいたのかをみんなに説明した。
オルドレン魔法学園の卒業式での出来事。
陥れられ 処刑されたことを。
スファルさまが、
「じゃあ、お嬢さんが あのクリスティーナ・アーネストか。噂で聞いていたぜ。男爵の娘を妃に迎えるために、婚約者を処刑したって、周辺国にも伝わってる。
それだけじゃない。あちこちで噂を聞いたが、リオン王子はリリア・カーティスの出した改革案を次々実行してるそうだ」
雇用体制の改革。年金制度。生活保護。
だが、どれもまともに機能せず、民の負担が大きくなっているだけだと言う。
何 考えてるの、あの女。
少し考えれば、そんな改革案、今のこの世界じゃ不可能だって分かるのに。
どの政策も 実施する前に 解決しなくちゃいけない問題が 山とある。
それなのに、その問題を解決せずに、実行したっていうの。
「それから、オタクとかいう、犯罪者になる可能性のある人間を事前に捕まえてるとかって」
犯罪撲滅のために、犯罪の原因となる低俗で下劣で害悪と判断した演劇を廃止させ、同じように出版物も焚書している。
それらに耽溺した者は犯罪の危険があると見なされ、彼らをオタクと呼び、更生施設と称する収容所に入れて強制労働。
「あの女、そんなことまで」
信じられない。
演劇や本を禁止して、オタクは危険に違いないって決めつけて収容所に閉じ込めるって、どういうこと。
そんなの表現規制どころか、ナチスとかがやった弾圧じゃない。
ラーズさまが、
「リリア・カーティスは女神の神託を受けて聖女になるのか?」
「いいえ、私にはとてもそうは思えません。確かに私の知識ではそうなる予定でした。でも、自分の目的のために、なにも知らない人間の人生を平気で壊す人間が、神託を受けるとはとても思えません。これは私 個人の感情的な考えです。でも、他にも理由はあります」
私は自分の知っている出来事が、現実とは異なっていることを伝えた。
ノギー村での人狼部隊。場所も違えば、発生時期も違った。
アドラ王国建国祭の歌姫に贈られる神金の杯。時期が一年早い。
「それに ラーズさま、貴方です」
「俺?」
「貴方は私が知っていたとおりなら、オルドレン王国に親善大使として入り、リリア・カーティスの仲間になるはずでした。でも、そうはならなかった。貴方は親善大使ではなく、冒険者として自分の魔力に耐えられる剣を探し求めている。
その結果、リリア・カーティスたちがもっと後でなければ倒すことのなかったヴィラハドラを倒し、鏡水の剣シュピーゲルを手に入れ、それは今、スファルさまに。
本来ならリリア・カーティスが手に入れるはずだった剣は、貴方一人の、私が知っていた事とは異なる行動によって大きく変わり、他の人の手に渡った。
私の知っていたことは、ほとんど当てにならなくなっているんです。それは同時にリリア・カーティスの知識も役に立たないということです。間違った知識に基づいているならば、いくら行動しても、神託を受けることはあり得ない」
「ならば、吸血鬼カーマイルが存在するかどうかも怪しいのではないのか? もし、いたとしても完全回復薬の調合法を持っているのも不確かになる」
「確かにその可能性はあります。ですが、今迄の出来事を考えると、固定されている事は存在しているようなのです」
「固定?」
ヴィラハドラが竜の谷で鏡水の剣シュピーゲルを持っていた事。
疾風の剣サイクロンの化身である白剣歯虎が、滅んだ古代都市ガラモの
昔からそこにいたものは、現在も存在していた。
「つまり、時期を問わないものなら、一応 存在するということです。なら、吸血鬼カーマイルが完全回復薬の調合法を記した手帳を持っている可能性は高い。私はこの可能性に賭けます」
みんなが言葉を使わず目で会話している。
その眼は懐疑的な光があった。
それもそうだろう。
私は肝心の事を話していない。
前世の事。
ゲームの事。
でも これだけは言えない。
言えば 絶対に信じて貰えなくなる。
そうなるくらいなら、神託を受けた聖女だと嘘を吐いた方がましだ。
でも、私はみんなに嘘を吐きたくない。
だから、私は可能な限り、最も重要な真実を隠し続ける。
しばらくして、ラーズさまが、
「わかった。とにかく、君の知識をもとに行動しよう。アイリーンさんの声を建国祭までに治せる可能性があるなら、やる価値はあるはずだ」
「ありがとうございます」
私は必要な物をリストにして、ゴドフリーさまに大至急 揃えるよう伝えた。
ゴドフリーさまは、アイリーンさまが建国祭で歌えるならなんでもすると言って、なにも聞かずにその日のうちに用意してくれた。
そして明朝、私たちは早馬で隣国のコルトガ共和国へ出立した。
ゲームの知識が頼りの状態で、合っていたとしても、期限は後九日。
ぎりぎりだ。
でも間に合わせてみせる。
必ずアイリーンさまを建国祭で歌わせてみせる。
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