17・だから大丈夫だろう

 古代都市ガラモ。

 千年前、栄華を極め、そして滅んだ廃都。

 当時の住人の性質は涜信不敬、淫蕩残虐であり、十二神への信仰を忘れ冒涜するどころか、邪神を崇拝していたという。

 そして神罰は下った。

 天使エンジェルの軍勢の攻撃を受け街は滅んだのだ。

 邪神崇拝の街であったことからか、その後のガラモを復興させようとする者はおらず、街は荒れ果て廃墟と化し、今では植物が群生し、野生生物と魔物が跋扈する状態になっていて、近づく者はいないという。

 幸い廃都ガラモへ続く道はまだ残っている。

 その道を辿って行けばガラモに到着する。

 見渡す限りの草原が広がり、木々が点在する光景は、これから魔物を倒しに行くのではなければもう少し楽しめたかもしれない。

 インパラに似た草食動物の群れが湖畔で休息している。

 私たちもそこで水の補給と休息を取ることにした。

 インパラに似た動物の群れは私たちを一瞥したが、人間を警戒していないのか、湖畔から離れることはなかった。



 さて、魔物と普通の生物の違いは何か?

 その答えは極めて単純。

 魔法を使うか否か。

 普通の生物は魔法を使わない。

 しかし、魔物は魔法を使う。

 最弱の魔物である子鬼ゴブリン犬頭鬼コボルトでさえ、初級ながら、しかも威力が低かったり、役に立ちそうもない物ではあるけれど、魔法を一つや二つは使う。

 魔法を使う生物。

 だから 魔物。

 そういった意味では、人間も魔物の一種とみるべきだという意見もある。

 しかし、決定的な違いがある。

 人間の魔法は美徳を司る十二柱の神々が伝えた奇跡の技であり、魔物の魔法は悪徳を司る七柱の邪神が与えた忌むべきものだ。

 魔物は七柱の邪神を崇拝し、邪神の与えた魔法を使うことから、十二柱の神々は魔物を滅ぼさなければならない邪悪な存在と定めた。

 ただ、魔物の多くは闇の属性の魔法を使うことから、闇の魔力を持つ人間も邪悪であると信じる者が少なくない。

 もちろん、闇の魔力はただの属性で、本人の性質に関係はない。

 じっさい、今まで闇の魔力を持って生まれた人たちのほとんどは、普通の人だったそうだ。

 それでも、多くの人が闇の魔力の保有者を邪悪な存在だと決めつけ、忌み嫌い差別してきた。

 ラーズさまもまたその様に見られてきた。

 でも、それですれた様子はないのは好ましく感じる。

 まあ、無駄に戦いを好む傾向にあるけれど。

「皆さま。ガラモに到着する前に、一通り説明しておきます。疾風の剣サイクロンを手に入れるには、ガラモの魔獣を従えている、白剣歯虎ホワイトサーベルタイガーを絶対に倒さなければなりません。

 三百年ほど前、ガラモに現れ、瞬く間に周辺の魔獣たちを従えるようになった魔獣。冒険者組合の規定で分類すれば、ランクSに達するでしょう。

 風の魔法を使ってくるので注意が必要です。そして白剣歯虎はとにかく俊敏で、普通に戦っては攻撃を命中させることが困難です。

 しかし、ラーズさまが加速ヘイストするか、あるいは火の魔法速力増強アジリティによって身体能力を向上させれば、白剣歯虎の素早さに対抗することができます。

 セルジオさま、キャシーさん。お二人は、魔法は使えますか?」

「吾輩は地の魔力を持っておる。中級まで行使できる」

「アタシは風の魔力よ。中級まではほとんどを。上級は暴風ストーム飛翔フライの二つを使えるわ」

「では、二人には私が速力増強の魔法をかけます。そしてラーズさまは加速する。あとは風の魔法に注意すれば、白剣歯虎に対しても勝機は十分あるでしょう。

 しかし、そこに辿りつくまでクリアしなければならない問題もあります。

 白剣歯虎には三体の特に強い魔獣、三獣士が従っています。ランクはB。この三体を倒さなければ白剣歯虎に辿りつくことはできないでしょう。

 一体一体戦うのならば、ヴィラハドラを倒したラーズさまの実力なら問題ないかもしれませんが、彼の様に一対一で戦ってくれるとは限りません。いえ、寧ろ同時に相手にしなくてはならないと考えたほうがよいでしょう」

 ゲームでは、白剣歯虎戦の前に登場するけど、これはゲームじゃない。

「最悪の場合、白剣歯虎を含めた四体を同時に相手にしなくてはならないかもしれません」

 三獣士の特徴は以下の通り。

 大魔蝙蝠アルファハフィーシュ。空を飛ぶので弓矢が有効。腹部が弱点。音響攻撃で聴覚をかく乱してくる。ゲームでは音響攻撃を受けている間は行動不能になった。

 巨大魔熊ドゥップ。単純に怪力で攻撃してくる。鋭い爪に注意しなければならない。

 巨大魔鹿アイル。植物を操り、鞭のように使ったり、蔦を体に絡めて束縛するなどする。鹿なのに肉食で凶暴。角による突撃の他、サメの様な牙で噛みつき攻撃もしてくる。

「他にも、魔犬ケレバ魔猿クルド魔獅子カシャームなど、多数の魔獣が潜んでいるので注意が必要です。これらは数が多く殲滅するのは不可能と考えた方が良いでしょう。あくまで狙いは白剣歯虎を始めとした、主要の魔獣に絞った方が良いと思います」

「わかった」

「わかったわ」

「わかり申した」

 理解したことを三人は告げる。

 本当に理解しているのか疑問だけど、この三人なら問題なく勝てると思う。

 セルジオさまとキャシーさんは人狼ウェアウルフ部隊をものともしなかったし、ラーズさまに至ってはヴィラハドラを倒した実績がある。

 だから大丈夫だろう。



 一休みした私たちは、再び出発し、やがて日没を迎え、道の脇で野宿した後、朝を迎えて出発。

 それを三回繰り返して、到着した。

 古代都市ガラモに。

 雑草と木々に埋もれ、半ばジャングルと化している、石材を主な建築材料としたその都は、前世の知識で照らし合わせれば、中南米のマヤ・アステカ文明の遺跡に似ている。

 前世のテレビで見ただけの浅薄な知識なので正確なところは分からないけど、私個人の感想としては似ていると思う。

 昼間だというのに、空を無数の吸血蝙蝠が飛んでいる。

 あの数の吸血蝙蝠に襲われれば、私たちは対応しきれずに、血を一滴残らず吸い取られてしまうだろう。

 私はゲームの知識を頼りに、三人を案内する。

 街は城壁に囲まれているため、東西南北の四ヶ所にある、主要門から入る必要がある。

 壁を登って入れないことはないだろうけど、私に壁登りはできない。

 それに、壁登りをしている最中に、魔物に見つかれば大変なことになる。

 しかし、主要門は当然ながら、魔物が警備にあたっている。

 少なくともゲームではそうだった。

 どこから入っても巨大蝙蝠アルファハフィーシュが出現し、ガラモでの最初の戦いになる。

「気を付けてください」

 私は注意を喚起して朽ちた門をくぐったが、しかしなにも現れなかった。

 私は最初の戦闘を回避できたことに安堵した。

「クレアちゃん、ちょっと神経質になってるんじゃないかしら」

 キャシーさんが言った。

「そうかもしれません。なにしろ、私はまだ駆け出しの冒険者なものですので」

 そう言っておくことにした。



 その後も魔物と遭遇することなく私たちは滅びた街を進む。

 ガラモは魔物の巣窟になっているはずなのに、一向に遭遇しないことに、私は不安を感じた。

 これは罠ではないだろうか。

 ヴィラハドラ、そして人狼部隊が何者かに倒されたことは、魔王側にもう伝わっているのかもしれない。

 それが魔物たちに伝達され、なんらかの対策をしているのではないだろうか。

 私たちは石造りの家の一つに入ってみた。

 三体のミイラが横たわっている。

 天使の襲撃で殺された人だろう。

 そのうちの一つは、体の大きさから明らかに子供だった。

 そして、その体を貫くのは一本の長い槍。

 邪神崇拝の都市だったとはいえ、天使は子供まで容赦なく殺したのか。

「酷いわね。こんな小さな子供まで」

 キャシーさんも同じことを思ったらしい。

 天使は神々の使者であり、正義の執行者。

 それは厳格に行われ、時に残酷なほど。

 神の命に従うことを至上とし、融通が利かないことで有名だ。

 正直、ちょっと怖いと思う。

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